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長編小説『くちびるリビドー』第5話/1.もしも求めることなく与えられたなら(5)

「私がウニみたいなギザギザの丸だとしたら、恒士朗は完璧な丸。すべすべで滑らかで、ゴムボールのように柔らかくて軽いの。どんな地面の上でもポンポン弾んで生きていけるし、水の上ではプカプカ浮くことだってできる。それに比べて私は、ところどころ穴だらけで、形も微妙に歪んでて、ギザギザの棘だって見かけだけで実際は簡単にポキっと折れちゃうし。そのくせ『きれいな水の中でしか生きられな~い!』とか言っちゃって、とことん自分が嫌になる」//この“満たされなさ”はどこから来て、どこへ向かっていくのだろう……。あの頃、私の頭の中は「セックス」と「母乳」でいっぱいだった。

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くちびるリビドー


湖臣かなた




〜 目  次 〜

1 もしも求めることなく与えられたなら
(1)→(6)

2 トンネルの先が白く光って見えるのは
(1)→(6)

3 まだ見ぬ景色の匂いを運ぶ風
(1)→(8)


1

もしも
求めることなく
与えられたなら


(5)


 誰も知らない過去の場面を幾つも共有し、そのときどきの互いの姿を目撃し合ってきた相手を前に、私は完全なる無防備状態で寛ぎ、めずらしく何杯ものお酒を飲んでいた。
 ほろ酔いでカウンター席に身をゆだねていると、どこか別の世界に運ばれていくような高揚感に包まれる。連れてって、帰りたくない、このままずっとここでこうして寧旺と向き合っていさせて、と声に出さずに思っていた。
 大人でも子どもでもない、美しく歪められたあの頃の私たちのまま、永遠のファインダーの中に閉じ込められていたい。どんなふうに生まれ、どんなふうに育ち、どんなふうに欠落しているか、そんなことを考えるのはもうたくさん。男とか女とかセックスとか、そんなもの存在しない世界で生きたい――。

 その夜の出来事は、酒に呑まれた私の妄想から漏れ出た夢だったのか、それとも寧旺が私だけに見せた美しすぎる魔法だったのか。
 いずれにしろ、それを私は一生忘れないと思う。


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“はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆