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世界が急変しても、私が欲しいと思ってきたもの・必要だと感じてきたことは、変わらないから。

5月。一年で一番好きな、だからこの季節に生まれたんだろうな~~~と毎年みごとに確信させられる、5月、May。世界がこんなふうに変化して、でもこれは一時的なものなんかじゃなく、これからきっと私たち地球人は「こっち側、このnewワールド」を生きることになるのだろうな……と日増しに感じながら、でも “とにかくどこかに出かけたいよーーー!!” なんて募らせながら(さすがにここ最近はね。髪も切りたいし)、家の中でなにか特別なことをするわけでもなく(別に花も注文しなければ、どこかから食材などを調達するわけでもない)、たとえばただ、仙台に上陸したばかりのウーバーイーツのタイミングのよさに“ほぉー”と思ったり、でもまだ利用したことはないし予定もなくて、結局はびっくりするくらい……そう、ちょっと外に出にくくなった・出ても店が閉まってるってくらいでほんと、私の『日常』は笑っちゃうほど変わりない。……まじか? まじなんだ。



多くの人が、家で、“特別なこと”をしている・しようとしている空気に、呑み込まれそうになることもあるけれど、本当はわかってる。私には必要ないってこと。……そうだよ。そうなんだよ。友だちもいない。仕事もない。だから誰かと会ったり、スケジュールを組んだり、全然、まったく、必要ない。無。オンラインで飲み会?  誰と?? あるわけない。なんにも無い。そもそも無い。夫と猫、遠くにいる両親と妹、それだけ。今の私には、ほんと、それだけ。

わが家は夫婦それぞれ、自宅で仕事をしていきたくて……つまり「何かに属することなく自分の力で稼ぎを得ること」を目標に生きてきて、私の場合それは『作家=小説家』で、だからこそ「環境=HOME=サンクチュアリ」をますます重視するようになっていて。“引っ越したい!” “家がほしい!!”って、これはもうかなり前からの私たちの現実的な、できることなら今すぐにでも叶えたい、“必要事項”みたいなもの。

世界がこんなふうになって、自由気ままに外に出られなくなった今、この「家、環境、空間」というものについて考えるようになった人は少なくないのではないだろうか。

どうして“外に行きたい”と、私たちはこんなにも思うのだろう?

例えば“カフェ”に、どこかへ“旅行”に、どうしてみんな「外側」に〈心地よさ〉や〈リフレッシュ〉や〈リラックス〉を、求めることをやめられないのだ???



結婚したばかりの頃は、「家を持つこと」になんて興味がなかった(最初の数年間はいわゆる“転勤族”だったしね)。物理的(ex.土地)にも金銭的(ex.住宅ローン)にも縛られたくなかった。いつでも・どこへでも移動できるような、身軽な状態でいること=自由が、重要だと思っていた。そんな生き方を求めていた。だから「賃貸で十分」だったし「賃貸が合っている」と考えていた。

だけど今は……「カフェのように寛げるリビング&ダイニング」を、「旅先のように景色を楽しめる窓辺やバスルーム」を、未来のヴィジョンに想い描くようになっている。猫が来てからは、ほんとますます思うのだ。出かけなくても、最高の気分で過ごせる「HOME=サンクチュアリ」の必要性を。日常にカフェがあり、窓の外を見れば毎日が旅のよう……(そうだ、人生そのものが壮大な旅なんだ。私たちは皆、地球を味わいにきた旅人☺︎)と、そんな「基地/母体」を手に入れて(猫にとっても最善の環境で)、私は大切にしたいものを大切にしたまま&大切にしながら、最高の仕事がしたい。

そして、スペース。

窓から入ってくるタバコの臭いに、夏が来るたび腹を立てて、でもどうすることもできないまま生きていくような人生なんて、本当にばかげてる。


スペース、スペース、スペース!

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少し前、久々に公園に行ったとき痛感した。
広いって、狭くないって、人々が密集していないって、なんて豊かなことなんだろう!!!

マンション暮らしなんて、私には無理。
自分たちだけの、安心・安全の守られた(自分たちで自分たちを守ることのできる)、誰にも侵害されない「空間=家=土地?」がほしいよ、やっぱり(『ねじまき鳥クロニクル』のせいで、井戸まで欲しくなる。ちゃんと水が出るやつだけどね)。

世界がこんなふうになって、ますます思う。
私たちのヴィジョンは間違っていなかった。震災や豪雨などで、家を失う人をたくさん見てきたけれど、それでもやっぱり死ぬ瞬間までは生きているから。日々が、日常が、毎日が、目の前にあるのだから。生きてる限りは、自分を心地よくさせたい。寛がせたい。そういう最低限の権利みたいなものを、自分自身に与えることを……あきらめたくないし、世界がこんなふうであればあるほど、より真剣に、考えさせられる。求め続ける気持ちが、高まる。



……というわけで、本日は特別に(⁉︎)、今の私たち夫婦にとっての「そう遠くない未来に実現させたいヴィジョンの1つ」を発表してみたいと思いま〜す☺︎/*  ジャジャン♪

“蔵王にある温泉付きの中古別荘(もちろん土地付き)で、ひとまず猫が生きているうちは暮らしていこう(自然を満喫しながらね。新鮮な水と空気、そして土!)。その後のことは、今は未定(猫に20年は生きてもらうとして、私たちは60歳くらいか?)。老後を考えて、どこかに移動するのもいいかもね〜♪(それまではずっと同じ場所に留まるわけだから……猫がいるから二人で旅行になんて行かないだろうし、そのための“家♡最高♡”計画だし……なので「まずは豪華客船で世界一周だ!」なんて語り合ったりしてたけど、今回のことを受けて船のイメージもちょっと変わったからなぁ〜。ま、未来のことは未来の自分たちに任せます☆)”


です。ハイ。ちなみに……ずっと狙っていた新しめの、なのに1000万しない物件は、一年くらい前にとうとう誰かの手に渡ってしまった。内覧もして、その後も何度も勝手に見に行って(外から)、ずいぶん夢を膨らませてもらったよ〜、あの家は。私たちは“子なしの二人暮らし人生”だから(今は猫がいるけど)、中古の別荘ってけっこうちょうどいいんだよね、サイズ的に(ばかみたいにデカイ物件もあるけど&宮城蔵王の別荘地なんて、ほとんどの所が廃墟?ゴーストタウン??みたいだけど)。なにより金額が、現実的。ローンは組みたくないしさ。しかも温泉付きだし(温泉に関わる管理費などは、別荘地?管理している会社⁇によってかなり異なる。場所的に近くても、あっちの物件とこっちの物件で、いろいろ条件が異なったりするから要チェックなのだ☺︎)、中古別荘サイコー♡♡♡ そしてもちろん、お金があったら自分で設計した家を建てたい(私は間取図オタクなので、これまでにもその時々の理想とするマイホームの間取図を描きまくって生きてきたのデス)。



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カラーセラピーの「グリーン」のテーマのところで学んだ。

〈スペース〉=〈時間〉と〈空間〉

自分らしく生きていくためにはきっと、「人生の取捨選択」が必要不可欠で、何かを「決める」ためには「心の余裕=スペース」がとっても大切で。もしもあなたが「自分にとっての真実」(ex.快/不快、好き/嫌い、心躍る/心躍らない、何が重要で/何がどうでもいいことなのか、などなど)を感じ、見極め、選び取っていきたいと願うなら、まずは自分自身に “心から寛ぐことのできる環境(家、部屋、空間)” を用意してみることだ……とグリーンのテーマは教えてくれる。それだけで、人生の流れは驚くほどスムーズになるかもしれないよ、と。


私は『自宅をサンクチュアリに』を実現させたい。

心の余裕・スペースと、物理的・現実的なスペース(時間と空間、環境など)は、無関係でなないはずだ。

心に潤いを保ったまま、人生を、日々の暮らしを、創造し続けていくために……自分にとって何が必要か、本当はどんな理想を抱いているのか、あらためて再確認させられているこの「2020春」。このまま「2020初夏」へと移り変わりそうだけど、“Dancing On The Inside” ……そうだ、いつだって、世界がこんなふうになったって&ならなくったって、『自分』という “内側で” 踊り続けていたいから――。


誰かが上手に踊らせてくれることへの期待なんか吹き飛ばしてさ、

私が私を、踊らせる。

私は踊る。踊り続ける♪



そして……なにより『自分自身』が、この『肉体』こそが、最小のサンクチュアリであることを忘れずに♡




“はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆