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【SF長編小説】ユニオノヴァ戦記 I ー はじまりの事件  ③ ー

※NOVEL DAYSにも同じものを連載しています。

分析①

 騎士候補生たち一行が第一プラットフォームの閉じたゲートの前に到着すると、案内役のネウロノイドのネロに引き継ぎがされ、簡単な自己紹介や体験学習のグループ分けがされた。そして、プラットフォーム内での注意事項が伝えられると、目の前のゲートが開いた。

 第一プラットフォームは中継ステーションエルダ内で唯一、大型の宇宙船が停泊できる広大なスペースで、積荷作業や点検、メンテナンス、給油、簡単な修繕が行える場所だ。高さ十五階まで吹き抜け、面積は横300m、縦250mのプラットフォームに大型の車両運搬用宇宙船アリアが停泊していた。

 アリアはユニオノヴァが保有する宇宙船の中で最大の機体だ。全長150m、幅75m、高さ35mのフラットな楕円、横から見ると流線型だが底面の方が緩やかなカーブを描く丸みを帯びたフォルムをしている。マットで白銀色のその機体はプラットフォーム内を満たす鈍い光にその美しい姿を浮かび上がらせ、静かに鎮座していた。

 初めて見るその姿に、騎士候補生一同からは感嘆のため息が漏れた。そして、これから最終チェックの体験学習のために、アリアに足を踏み入れることができると思うと、期待に心を弾ませた。

 しかし、皆の反応とは裏腹に、ゲートをくぐり第一プラットフォーム内に足を踏み入れた途端,ヴィクトルの感じていたぼやけた違和感は、輪郭を見せたように思えた。同時に、シルヴィオも目つきが変わった。ヴィクトルはシルヴィオに視線だけ向けた。

「なあ…」
「…ええ」

 二人は周囲を警戒するように視線を走らせた。積荷は完了しているとはいえ、最終チェック段階に入ったばかりなのに、周囲は驚くほど落ち着いた雰囲気が漂っていた。

 同時にヴィクトルは視線を周囲に走らせ騎士候補生たちやギルバの様子をうかがったが、ヴィクトル以外誰もプラットフォーム内の雰囲気に不安や違和感を感じている人間はいないのがみてとれた。雑談をしたり、手首に装着した端末に目を落としたり、アリアをバックに記念撮影をしたりなど、学内でもみられるような光景しかそこにはなかった。

 警備体制がしっかりして、安全管理が徹底されているべき場所で、不測の事態が起きるわけがないという頭がどこかにあるのだろう。たとえ、多少の不幸な事件や事故があるとしてもごく僅かで、それが運悪く自分に降りかかる可能性など、皆無に等しいという、『不透明で得体の知れない安心感』があるのだろう。

「では、皆さん、ちゃんとついてきてください。広い場所ですから、迷子にならないように!」
「こんな視界が開けた場所で迷子になるかよ!」

 誰かがネロの言葉に反応すると、みんなから笑い声が上がったが、ヴィクトルだけがこの視界が開けすぎた状況に不安を覚えていた。

 宇宙船はアリアの他に、他の衛星からアリアに積む荷物を運んできた中型の宇宙船3機が停泊していたが、それ以外には特に大きなコンテナが積まれているわけでも、移動するためのカートがおいてあるわけでもなく、整然としすぎていて、何かあった時、身を隠し、安全を確保できる場所がなかった。

 一行は案内係ネロの説明に耳を傾けながら、プラットフォーム内をアリアに向けてゆっくりと歩き始めた。先ほどのまで案内を担当していたネウロノイドと違い、ネロはとても気さくで親しみやすい雰囲気とユーモア溢れる話し方で、すぐに候補生たちの心をとらえたようだった。

 クイズ形式でプラットフォーム内やアリアの説明を進め、メンバーの名前を呼び友好関係を築きながらゆっくりと彼らを誘導する姿は、宙港付きのネウロノイドというよりは、観光地のガイド型ネウロノイド以上の、そう、娯楽施設でガイドをする、エンターテイメント型ネウロノイドのようだった。案内係がネロに代わってからヴィクトルの中の違和感と懸念は更に広がりを見せていた。

 その時ふと、今は亡き兄の言葉が頭をよぎった。

「どんなに小さな違和感でも無視するなよ。違和感の原因を説明できるまで掘り下げろ。」

 ヴィクトルは一人で対応することを心に決め、違和感をはっきりさせるため、頭の中の情報を整理し始めた。

 まずは、プラットフォームのゲート前で交わされたネウロノイド同士の会話の違和感だ。

 そこまで案内していたネウロノイドが、プラットフォーム案内係のネロに交代したのだが、そこまで案内をしていたネウロノイドは「あれ?ファビーはどうした?」と相手に聞いた。するとネロは「つい先ほど時間が来て交代したんだ。」と答えたのだ。

 やり過ごすための、適当な受け答えだとヴィクトルは直感した。人間はどんなに努力しても集中が途切れたり、緊張感が保てない可能性が出る。それを埋めるための役割がネウロノイドだ。そう考えれば、一番緊張する局面を迎えている現場のネウロノイドが交代をするのは違和感があった。何の担当であれ、出航直前のこの段階でチーム内のネウロノイドが一体でも交代することはリスクしかないはずだ。

 そして、次の違和感はすぐ後にやってきた。引き継いだ直後、ネロは「実際のチェック業務を体験してみないか」と皆に持ち掛けた。ヴィクトル以外の参加者は退屈な説明に疲れていたこともあり、実体験できるのはまたとない機会と、皆前向きな返答をしていた。しかし、ヴィクトルにとっては大きな違和感だった。

 先ほどの説明では、最終チェック段階は一番集中力を必要とする場面と言っていた。そんな状況のところに、まだ実習生でもない見学者を実体験させながら、いつも通りの確実なチェック作業ができる余裕などあるものだろうかと。

 しかし、ヴィクトルの懸念をよそに、すぐに5つのグループに分けられ、実習する担当内容も決められた。そして、並んでプラットフォームの中に入ったのだった。当初の見学予定になかったにも関わらず、手際よくグループ分けされ、担当内容もすぐに決定する段取りの良さにも、ヴィクトルは違和感を覚えていた。


分析②

 突然、ヴィクトルの前を歩いていた候補生が彼の方に振り返った。

 驚いてヴィクトルが目を丸くすると、彼は無言で親指を立て、ネロの方を指差した。どうやら、ネロがヴィクトルに対して何か質問をしていたようだった。考察に集中しすぎて、周りの音が聞こえなくなっていた。ヴィクトルと目が合うと、ネロは目に笑みを浮かべた。

「すみません、聞いてませんでした。」
「上の空ですか!誰のことを考えていたんです?」

 候補生たちの間から笑い声が上がった。ネロはすっかり彼らの心を掴んでいる様子だった。一方ヴィクトルにとっては、一番苦手とする軽い上辺だけの会話だ。どう反応しようか迷っていると、子供の頃から知っているヴィラが助け舟を出した。

「ネロさん、ヴィクトルは昔から人見知りなの。友達と会話する時間があったら難しい本を読む方が好きなタイプ。」

 ネロはなるほどというように一つ手を打って、ヴィクトルに笑顔を向けた。

「では、あなたには別の質問にしましょう!アリアのフォルムと色の理由、知ってますか?」

 候補生たちは顔を見合わせた。皆、考えたこともなかったといった様子で、口々に隣同士で理由について確認をし合った。ヴィクトルは周りを気にかけることなく、無表情で口を開いた。面倒なことから早く解放されたかった。

「楕円流線型は、大気圏突入時の効果的な摩擦熱分散により損傷や加熱を軽減。フラットな形状は船内スペースの利用効率が高い。また、重心が低くなるため、積載物の配置やバランス調整においてもメリットが…」

 先ほどまでの和やかな空気は一変し、ネロを含め、騎士候補生たちが目を丸くしてヴィクトルに顔を向けた。しかし、下を向いたまま話をしているヴィクトルは、その様子に気づくことなく話を続けた。

「あとは、大気圏突入後のスムーズで安定した降下の実現。白銀色なのは高い反射率による温度上昇の抑制で、宇宙空間や大気圏突入時の宇宙船内部の温度を安定させやすいなどの理由。マット仕上げだけなら汚れや細かい傷対策とデザイン性の向上程度だけど、マット仕上げの表面に耐摩耗性や耐食性などの特殊なコーティングが施されていれば、その塗装の特性によって外部環境に対する耐久性が向上している場合もある…かな。」

 ヴィクトルは話終わって顔を上げた。皆シーンと静まり返り、ネロを含め候補生全員が唖然とした表情でヴィクトルを注視していた。シルヴィオすら目を丸くしてヴィクトルを見つめていた。なぜかヴィラだけが「ほらね」といったふうな満足げな表情を一同にむけた。

 一同の表情にヴィクトルもまた驚き、彼らの顔を見渡した。話が終わったことを確認すると、ネロは笑顔をヴィクトルに向けた。

「素晴らしい!!私とガイド、代わります?」
「あ、いや…」
「ヴィクトルは口下手だから無理。」

 ヴィラの言葉にみんな笑い、候補生たちの間には再び和やかな雰囲気が戻った。ヴィクトルは苦笑いをしながら下を向き、頭を掻いた。

「そうですか。残念。じゃ、引き続き、小職がご案内します。」

 ヴィクトルはヴィラの助け舟に胸を撫で下ろし、ネロの案内が開始すると、すぐに自分の頭の中を整理するために状況の分析に戻った。

 今までの考察を一度頭の中でおさらいをしてから、ヴィクトルは分析を再開した。次に気になったことは、プラットフォームに足を踏み入れた時だ。あまりに落ち着いている印象が想像と違いすぎて、大きな違和感を感じたのだ。

 これから出発する大型の宇宙船の最終チェックと言ったら、もっと活気があって忙しない状況を想像していた。しかし、いくら積荷を全て完了しているとはいえ、数体のネウロノイドがアンドロイドを取りまとめて、指示を出している状態など、あり得るのだろうか。その様子があまりにもイメージと違いすぎて、ヴィクトルの警戒感を掻き立てた。

 これにはさすがに、教官のギルバも違和感を覚えた様子で、「思っていたよりも静かですね。」と、ネロに話しかけていた。相手は「ちょうど休憩中なんです。」と適当なことを言っていたが、ギルバはこの返答に警戒感を持ったかどうか。

 見学前の説明の中で、『最終チェックは一番緊張する段階で、安全な航行をするため、細心の注意を払うことが必要』と説明係のネウロノイドは言っていた。最終チェックの担当になった人間たちは前日にしっかり疲れを取り、集中力と緊張感を切らさないように備え、更には、緊張と集中を切らさないため、チェック中には休憩を取らず一気に済ませると言っていた。説明と明らかに異なっている。

「キャハハ!」

 候補生の誰かの笑い声が聞こえた。その後、どっと笑い声が上がっていた。誰かがネロにお世辞を言われて照れくさそうに喜んでいる様子だった。いくら部外者を案内するとはいえ、出航を間近に控えたプラットフォームの雰囲気とはあまりにも違いすぎているように思えてならなかった。ヴィクトルの複雑な表情を気にして、シルヴィオが声をかけた。

「私も同感です。」
「察しが早いな。」

 ヴィクトルは少し嬉しそうな笑みを浮かべてシルヴィオを見た。彼がこの状況から異常を感じ取っていることがわかり、心強かった。そして、最大の違和感を整理することに意識を集中した。

 最大の違和感、それはアンドロイドの配置とその装備だった。

 コンコースのアンドロイドの配置で違和感を覚えていたヴィクトルは、プラットフォーム内の配置を目にして、違和感が警戒に変わった。プラットフォームの一階にいるアンドロイドのうち、百体ほどはそれぞれの作業をしている様子だったが、残りの十数体は、レーザー銃を抱えて警備の名目であちこちに立っていた。また、三階のバルコニーには二十体ほどのアンドロイドが武器を抱えてそれぞれの持ち場に立っていた。

 ステーション内の警備に使用されているレーザー銃は、殺傷能力や強力な破壊力を持つものは使用禁止とされ、人間の目や皮膚に強力な刺激を与えたり、人工人体のコアチップを破壊する程度のエネルギー出力のものが採用されている。破壊力の強いものを使用すると、誤射が発生した場合、ステーションに致命的な損傷を与えかねないからだ。

 コンコースとプラットフォームの一階に配備されているアンドロイドが抱えていたレーザー銃はステーション内での使用が許されているものだった。しかし、3階バルコニーに控えているアンドロイドのうち、半数ほどは、実弾入りの銃を抱えていた。更に4階以上には一体もアンドロイドの姿がないことから、何かあればすぐに発砲し、飛び降りて参戦できる場所にアンドロイドが配置されているのだとヴィクトルは理解した。

 しかし、実弾入りの銃を携えている個体の数が限られているということは、人を殺すことをできる限り避けようとしているようにも見えた。また、施設を破壊するリスクを十分に理解しているということなのかも知れなかった。その時ふと頭に浮かんだ。

『誰かが大規模な略奪を企てているのではないか。』

 しかし、もしもそうだとするならば、本当のターゲットは別のプラットフォームにあるだろう。

 シルヴィオはヴィクトルの表情が変化したのに瞬時に気づいた。これは何か閃いた時の表情だ。ネウロノイドにはない人間特有の現象だ。シルヴィオはヴィクトルの頭の中で何が起こったのか気になった。

「どうしました?大丈夫ですか?」
「うん…もう少し整理する…」

ヴィクトルは少し上の空といった感じで、シルヴィオに視線すら向ける事なく一言そう答えると、またすぐに考察に戻った。

 候補生たちを実習を兼ねた見学に突然誘ってきたのは、候補生をこの場所に繋ぎ止めておき、時間稼ぎをするためもあるかも知れない。候補生とはいえ、騎士として訓練されている人間だ。略奪する側にとっては面倒だろう。ただし、それだけではない。盗み出すとなれば、監視の目を撹乱する必要性もあるはずだ。

 このステーション内で最大の第一プラットフォームで大事おおごとが起きれば、まずは多くの警備リソースがこちらに向かうことになる。特に、今日ここを訪れているアカデミアの学生が巻き込まれるというのは一番避けたい事態のはずだ。ヴィクトルを含め、名門家の子女ばかりだからだ。おそらく、回される警備要員は通常想定されている緊急事態時よりも多くなるはずだ。警備の目を撹乱したい人間にとっては、絶好の条件が揃っていることになる。それは、学生たちの存在が警備リソースを分散させ、真の狙いを隠すための絶好のカモフラージュとなるからだ。

 ヴィクトルは、コンコースに足を踏み入れて以来感じた違和感を掘り下げれば掘り下げるほど、差し迫った危険が具現化していくような感覚を覚えていた。

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