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小説 月面ラジオ

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30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。
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月面ラジオ { 0: "プロローグ" }

月面ラジオ { 0: "プロローグ" }

30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。よろしくお願いします。



夜空にアンテナを向けているのは十三歳の少女だった。

「わたしの言葉は粒子になるの。」
 少女はつぶやいた。

「粒子?」
 月美は首をかしげた。

「秒速三〇万キロで動く光の粒子。粒子は空をこえて宇宙をつき進むの。そして月ではね返って私たちのもとへ帰ってくる。たった三秒間の長い旅

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月面ラジオ { 1: "夢やぶれし月美" }

月面ラジオ { 1: "夢やぶれし月美" }



この世でもっとも顔の大きい人間がいるとしたら? その栄光は、私の姉に輝くだろう。
月美の姉「西大寺陽子」の顔が、アパートの壁一面にひろがって映しだされていた。

中古の「壁紙スクリーン」を月美は買ったばかりだった。
普段はただの白い壁紙だけど、好きなときに映画や衛星放送を映せるというすぐれものだ。
タバコで黄ばんだ壁紙をかえるついでに、部屋をまるごとデジタル化してみたわけだ。

せっかくだ。

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月面ラジオ { 2: "夢やぶれし月美" }

月面ラジオ { 2: "夢やぶれし月美" }

30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。



前回



次の夜、大学の研究室の帰りに陽子の自宅をたずねた。
都内の高層マンションの十九階だった。
ただのマンションではない。
中二階の吹き抜けの部屋で、月美の住んでいる二階建てアパートの建物とおなじくらいの広さだった。
おどろきだ。

さらにおどろくことに、陽子の住むマンションは地下鉄の改札と直通

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月面ラジオ { 3: "月面反射通信" }

月面ラジオ { 3: "月面反射通信" }

30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。



{ 1: 第1章, 2: 前回 }



陽子の部屋を出て月美はエレベーターに乗った。「屋上は禁煙でございます。ご協力くださるようお願いします」というアナウンスが天井から流れた。
エレベーターから出ると禁煙マークの看板があった。
月美はタバコの火を看板に押しつけたい気持ちになった。

屋上は芝生で囲ま

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月面ラジオ { 4 : "昼間の天体観測" }

月面ラジオ { 4 : "昼間の天体観測" }

あらすじ = [ "30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます”, "今日は、主人公の月美が彼と出会った過去の物語です ” ]



{ 第1章, 前回: 第3章 }



お父さんとお母さんへ。しばらく旅に出ます。
一週間くらいで帰るから心配しないでください。
くれぐれも通報しないこと。
私はぶじだから。
陽子によろしく。

「うん、なかなか。」

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月面ラジオ { 5 : "昼間の天体観測(2)" }

月面ラジオ { 5 : "昼間の天体観測(2)" }

30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。



{ 第1章, 前回: 第4章 }



月美が唯一幸運だと思えることがあるとすれば、それは、たまたま家出の最中で、自分のリュックサックの中に替えの服があったことだろう。
ずぶ濡れになった服をサックにしまったころ、少年が天文台の中に戻ってきた。

月美は少年・青野彦丸を睨んだ。
ビショビショにされただ

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月面ラジオ { 6: "廃墟の天文台" }

月面ラジオ { 6: "廃墟の天文台" }

30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。



{ 第1章, 前回: 第5章 }



天体少年のふたりが、太陽観測のやり方を月美に教えてくれた。観測のやり方は二種類あるそうだ。

ひとつは投影板という道具をつかう方法だ。
これは映画館のスクリーンのミニチュアみたいな道具だ。
望遠鏡の覗き穴の先にとりつけ、その状態で望遠鏡を太陽にむけると、陽光がレ

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月面ラジオ { 7: "廃墟の天文台(2)" }

月面ラジオ { 7: "廃墟の天文台(2)" }

30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。



{ 第1章, 前回: 第6章 }



所長室の扉をあけると、彦丸が机にかぶりついていた。
洗剤で机や窓をみがいていると思いきや、彦丸はなにやら必死の形相で電卓を叩いているところだった。

「掃除は?」
 月美はたずねた。

電卓を打ちながら、彦丸はアゴで部屋の隅をさした。
見ると、部屋の角にちりとり

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月面ラジオ { 8: "廃墟の天文台(3)" }

月面ラジオ { 8: "廃墟の天文台(3)" }

30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。



{ 第1章, 前回: 第7章 }



月美、彦丸、子安くんの三人は、二階の講義室に移動した。講義室はまっ暗だった。
窓のそばにある綱を彦丸が引っ張っると、引きずるような音とともにカーテンが開いた。
光が講義室を満たし、月美は眩しくて目をつむった。

かつてこの教室には、宇宙の果てに思いを馳せ、その深

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月面ラジオ { 9: "手作り望遠鏡" }

月面ラジオ { 9: "手作り望遠鏡" }

あらすじ: (1) 30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。 (2) 変な男の子ふたりと出会った月美は、望遠鏡を作ることになりました。



{ 第1章, 前回: 第8章 }



次の日の朝。月美、彦丸、子安くんの三人は、朝焼けの中で朝食をすませて山をおりた。
坂道をくだって町まで戻り、いったん別れて家に帰った。
お風呂に入って休憩し、お昼ごはん

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月面ラジオ { 10: "手作り望遠鏡(2)" }

月面ラジオ { 10: "手作り望遠鏡(2)" }

あらすじ: (1) 30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。 (2) 変な男の子ふたりと出会った月美は、望遠鏡を作ることになりました。



{ 第1章, 前回: 第9章 }



次の日、月美はハムエッグとトーストを食べてから工場にやってきた。まだ朝の八時半だ。
かなり早く来たのに、一番乗りは子安くんだった。
子安くんは、お父さんから借りた作業服

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月面ラジオ { 11: "手作り望遠鏡(3)" }

月面ラジオ { 11: "手作り望遠鏡(3)" }

あらすじ: (1) 30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。 (2) 変な男の子ふたりと出会った月美は、望遠鏡を作ることになりました。



{ 第1章, 前回: 第10章 }



こんな夏休み、月美にとって最初で最後だったけれど、その年の夏休みはすべて「望遠鏡の制作」に捧げられた。最初の二日間は設計作業だ。
担当の子安くんは、徹夜で考えた図面を

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月面ラジオ { 12: "月美の青春" }

月面ラジオ { 12: "月美の青春" }

あらすじ:(1) 30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。(2) 中学生の月美は、彦丸という男の子のことを好きになりました。



{ 第1章, 前回: 第11章 }



青野家の屋根に不審な人影があった。
人影を見つけたのは、受験勉強をしている最中のことだった。

月美は、自分の部屋で歴史の教科書を読んでいた。
けれど、大昔の政治改革について勉

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月面ラジオ { 13: "月美の青春(2)" }

月面ラジオ { 13: "月美の青春(2)" }

あらすじ:(1) 30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。(2) 中学生の月美は、彦丸という男の子のことを好きになりました。



{ 第1章, 前回: 第12章 }



彦丸と子安くんは月美よりも二つ年上だ。だから月美が中学二年生になると二人とも高校生になってしまった。
学校はもう別々なのだ。

全員が中学生だったころに比べ、平日の昼間から三人

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