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短編小説:「雪女とロッキングチェア」

【前書き】

皆様、お疲れ様です。
カナモノさんです。
今回は〝妖怪ものを書きたい〟という気持ちと、〝夏場の雪女とか面白そう〟という妄想が合わさってできた作品です。
楽しんで頂けたら幸いです。


【雪女とロッキングチェア】

作:カナモノユウキ


その温泉宿の休憩所、誰も座って居ないのに、ロッキングチェアが揺れている。
「……え?なんで?」
窓は少し空いていて、外の風は穏やかに入り込んできてるけど、椅子を揺らすほどではない。
山々の間に清流が流れる景観を一望できる窓辺の椅子。
温泉を人浴びして涼むには、持って来いの場所なのに、異様な怖さを感じる。
そこに女将さんが立ちより、「あぁ、アレ気になりますか?」と言ってきた。
「そりゃもちろん、怪奇現象じゃないですか。」
「フフ、恐く見えますけどね、そんなこと無いんですよ。」
まるで〝いつものことなんです〟と言うように、女将は気にせす椅子に近づき。
手元のお盆に乗った冷たいお茶とお饅頭を、椅子の横にあるテーブル置いた。
「〝この子〟はね、ここが好きなんです。」
「平然とされると状況が呑み込めないんですけど、誰かそこに居るんですか?」
「ええ、うちの旅館をひいきにして下さるお客様です。」
「と、透明人間の……方なんですか?」
「そんなそんな、違いますよ。」
「じゃあ、なんで姿が見えないんですか?」
最近の旅館は宿泊客に、こんな手の込んだドッキリを仕掛けるのかと思った。
そうじゃないと、こんな現象見せる意味が無いじゃないか。
「この子はね、〝雪女〟なんです。」
「〝雪女〟って、あの日本の伝承とかに現れる?」
「ええ、こう夏場になるとうちの宿のこの風景を眺めに来て下さるんです。」
率直に面白い冗談だと思うしかなかった。
だって夏の温泉宿に〝雪女〟って、どんなファンタジーなんだとつい笑ってしまうじゃないか。
「じゃあ、その雪女さんが気持ちよくそこで涼んでいるってことなんですか?」
「そうですよ。冬場でないと姿が表わせられないようで、このように拝見出来ない状態ではありますけどね。」
「でも、本当は糸とかで揺らしてるだけ……とか?」
「やっぱり、疑われますよね?」
「やっぱり、怪しいですもん。理由を伺うとなおのこと。」
「では。」というと女将さんは僕の手を引いて、ロッキングチェアの手すりを触れるように言ってきた。
「これで大体わかりますわよ。」
触れてみると、見えないけどそこには確かに〝誰かの手〟がある。
それも凄く冷たい、まるで氷のような冷たい手が。
「ほらね?姿は見えませんが、お客様はここに居られるんでしょ?」
「え!?これなんなんですか?」
「だから言ってるじゃありませんか、〝雪女〟の女の子だと。」
「まさか……本物? ヒャッ!!」不意に首筋に冷たいモノが当たった。
でも物体は確認できない。
「こらこら、悪戯したらダメでしょ?」
「え、女将さんは見えているんですか?」
「ええ、もちろん。じゃないとお茶なんて運びに来ませんよ。」
「え、なんで見えるんですか?」
「ここに長く勤めていたら、自然と見えてきました。最初は貴方同様に不思議がっておりましたがね。」
「そんなもんなんですか……。」
こういう時、自分だけ見えないっていうのはもどかしいな。
「僕も見てみたいんですけど、何か方法はありませんか?」
「ではしばらく貴方様も涼むのはどうですか?横で涼んでいれば、薄っすら見えるかもしれませんよ?」
「じゃあ、そうします。」
僕はロッキングチェアの横にドカッと胡坐をかいて座り、まじまじと座っているはずの彼女を眺めた。
「では、あたしは貴方様のお茶もお持ちいたしますね。」
女将が居なくなった後、椅子をじーっと眺めてみる。
………見えない。
…………やっぱり、見えない。
……………どうしても、見えない。
「僕、女将さんにからかわれてる?」
ぼそっと出た独り言に反応するかのように、また首筋に冷たいものが。
「ヒャッツ!!あーっと……居るんですね、雪女ちゃん。」
きっと〝女の子〟と言っていたから、若い子なんだろう。
思い切って、また手すりを触ってみようかな。
「ちょっと、失礼します……おお、やっぱりいるんですね。」
冷たい手を覆いかぶせるように触っていたはずが、右手を包まれるような冷たさを感じる。
「あ…。」っと思わず声が出て、しばらくの沈黙が流れる。
外からの清流の音と、室内の扇風機の音。
その音に紛れて、微かに声が聞こえる。
『……手、暖かいですね。』
直ぐに他の音に搔き消えてしまったその声に問いかける。
「え?今、何か言いました?」
『手が、暖かいですね。』
「あ、……ハイ。」
『あたしのこと、気になりました?』
「そ、そりゃもちろん。雪女ってお話でしか聞いたこととかないですから。」
『みんな怖がるのに、不思議な人ですね。』
「温泉宿の休憩所で涼んでる雪女は、正直怖い感じしないです。」
『フフフ、そうかもしれませんね。』
しっかりと聞こえたその声は、とても綺麗で、澄んだ氷の結晶を思い浮かべるほどだった。
見てみたいな、その思いが強くなった。
「あら、もう見えました?」
「え!?あ、いや!ま、まだ…見えないです。」
「あら、手なんて握っているからてっきり。」
僕は雪女の女の子と手を繋いでいるようだった。
なんだか照れくさい。
「どうやら、気に入られたようですね。」
「え?そうなんですか?」
「ええ、雪女ちゃん今顔が真っ赤ですよ?」
「うわぁ、ますます見たいじゃないですか。……あの、ちゃんと見える方法ってないんですか?」
「ありますよ、今すぐではないですけど。」
「全然構いません!教えてください!」
「真冬になると、雪が降って体を見せられるようになるので、その時に来ると見えますよ?」
「真冬ですか、わかりました。その時に必ず来ます!」
仕事で疲れて、楽しみなんてそんなになくて。
人見知りだから、彼女なんていない、28歳の男の新しい夢は〝雪女をこの目で見る〟に、この時なった。
こんな歳になって、こんな摩訶不思議な体験なんて出来ないし。
この綺麗な声の女の子の姿、見たいに決まっている。
「あら、では予約入れます?」
「ハイ是非!」
僕は意気揚々と休憩所を後にした。

―――数分後。

「また一人釣れたね。」
『ねぇ、この方法で冬の予約取るの今年でやめない?可哀そうだよ。』
「男はね、江戸時代からずーーっとあたしらに目が無いからね。こうしていれば、ここは安泰だよ。」
『……あたし、疲れてきた。』
「もうひと踏ん張りだよ、ここを乗り切って予約を埋めれば、冬は男を食べ放題だよ。」
『……わかった、がんばる。』
「どうせ世の中は心さもしい男ばかりさ。食べても食べても、減らずにこうして夏になったら現れるのよ。
 あたしらはさもしい人間の口減らしをしてやってんだ、それに男どもは自分からノリノリでやって来る。
 同情なんてしてたら、あたしらが損するんだからね。」
『わかった、お母さん。』


【あとがき】

最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。

爽やかに終わらせようと考えていたら、何だか腹黒く終わりました。
でも書いてる最中に、「男って勝手に妄想膨らまして、勝手に期待する傾向あるよな。」と。そこを逆手に取ったビジネスってあると思うんですけど、〝夢だけ与えているいい妖怪〟に収めると、雪女が可哀そうに思い、この結末を選びました。

力量不足では当然あるのですが、
最後まで楽しんで頂けていたら本当に嬉しく思います。
皆様、ありがとうございます。

次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。

カナモノユウキ


【おまけ】

横書きが正直苦手な方、僕もです。
宜しければ縦書きのデータご用意したので、そちらもどうぞ。


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