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ショートショート:「明日なんて気にせずに」



【前書き】

皆様、お疲れ様です。
カナモノです。

この〝僕〟が出てくる話、気付けば三本目?何本目?

少しの間でも、誰かに寄り添えることを願います。


【明日なんて気にせずに】

作:カナモノユウキ


《登場人物》
・僕

…晴れているなあって、ただそう思っただけだった。
気付いたら、お気に入りのシャツを着て、靴下は中でズレない歩きやすそうなやつを選んで。
玄関でお気に入りのスニーカーを取り出していた。そう、僕は出かけるらしい。
らしいというのは、そこに僕の意志があるのではなく、ただ気分のまま外に出ようと思ったからだ。
本当に、特に理由らしい理由が浮かばない程に、無計画に家を出た。ちなみに財布には多少入っているだけ。
荷物はそんなに多くはないが、まぁ軽い遠出ぐらいの量を詰め込んだ。玄関の鏡で、自分の顔を見ない様に髪を直す。

―――「よし、行くか。」

玄関を開けた先はもう夏の日差しに近い、丁度いいとは言い難い暑さを帯びていた。
マンションの廊下を出て、出入り口を出ればいよいよ肌にその熱が移る。
遠くの道を眺めるとアスファルトの熱で景色がゆらゆらと揺れているのが見えて少しワクワクする。
子供の時、夏に市民プールへ行く時とか、友達の家に行ってお泊り会をするときによく見た光景だからだ。
歩き始めると、地面の熱でスニーカーを温めてられているような感覚がする。それがまた気持ちいい。
動けば身体が汗ばみ、足だけじゃなく身体全体が熱を上げていく。…そんな、当たり前の行為。
でも今の僕の周囲は、当たり前とは程遠い。何が程遠いかは一目瞭然だ、〝この世界に僕しかいない〟からだ。
テレビを着けても、ネットの中を泳いでも、こうして外に出て街を歩き始めても、〝人〟が見えない。
あるのは〝それ以外〟のモノばかり。食べ物、機械、電気、建物、動物、本当に〝それ以外〟はあるんだ。
なのに何故、この世界から僕以外の〝人〟が居ないのか…。今考えても、答えは出ないけど。
その答えを探すために僕は外に出た…訳ではない。正直、どうでもいい。
今はこの世界を探検してみたい、そんな好奇心でいつの間にか満たされていた。
いつも横切る公園…には誰も居ない。近所の主婦が押し寄せていた激安スーパーにも…居ない。
コンビニ、レンタルビデオショップ、病院、区役所、ハンバーガーショップにももちろん…居ない。


誰一人、気配というものすら感じない。この変化に気づいたのは、一か月前だった。


深夜にコンビニに入って、コーヒーを買おうとした時だった。店内はおろかカウンターにも〝人〟が居ない。
夜中2時のコンビニだ、お客さんは居ないのも何となくあるだろうし、スタッフは品出しか休憩か。
大体バックヤードに居ることが多いと思うけど…自動ドアの開閉で気付いて出てくるものだと思ったのだが…。
…出てこない。「あのー、すみません!」…出てこない。アレ?居ない?と初めて疑問が浮かぶ。
その後いくら大声を張り上げても人が出てくる気配がない。恐る恐るレジに中へ入り、奥の事務所っぽいとこを覗く、
「…え、誰も居ない。」その後も、トイレにジュース棚の裏、コンビニの裏口を覗いても…誰も居ない。
怖くなって家に帰り、布団にくるまって一晩過ごした。変な夢だと思いたかったからだ。
翌朝、起きてテレビを着けたが…何もやっていない。ワイドショーも、通販番組も、教育テレビも。
何もやってないって…もしかして昨日のコンビニ同様に人が居ないのか!?多分そう思った頃には既に世界は…。
そこからはさっき言ったとおりだ、調べようが何しようが〝人〟の痕跡はあるのに、見つけられない。
でも、厄介なのか幸いなのか食べ物は腐るほどある…というか腐り始めている。だからこうして生きて居られる。
最初は絶望した、こんな世界に一人っきりで居なきゃいけないと、嘆き苦しんだ…気がする。


でもさ、どんどん人間は順応する生き物なんだって…この状況で強く思い知った。
あのウイルスが蔓延した時の空気に順応した現在があったように、僕もこの状況に順応したようだった。
二週間もすれば、そんなこと気にせずゲームをやって、映画を見て。気にしないことが出来ていた。


そして、今日…朝にカーテンを開けた時だった。
強く差し込んだ太陽の光、その温かさに…泣いたんだ。僕にも、今日っていうのがちゃんと来ているって。
…正直、この世は〝温い地獄〟だと思っていた。変わっていくようで変わらない日常。
人とすれ違い、摩擦を起こして、離れたり仲良くしたり。でも、必ず終わりが来るんだ。
それをただただ繰り返すうちに、心の原石みたいなものが削れていって…いつか心が無くなるんじゃないかと思った。
ただ幸せを願いたかった、ただひたすらに笑いたかっただけなのに。その摩擦は容赦なくやって来る。
〝普通こうでしょ〟〝分かるでしょ〟〝察して〟そんな摩擦で、心は簡単に削られてしまう。
僕は、多分〝普通〟じゃないから。その摩擦に耐えられるほどの心じゃなかったんだ。ただ、それだけ。
それはきっと、人それぞれの〝温い地獄〟の内の一つで。僕はそれに出ない声で叫び続けていた。
そんな時に、この状況だ…僕にとってはもしかしたら救いだったのかもしれない。
他の人にとっては分からない、けど…少なくてもそんなことに気を使わなくてもいい世界になったのは確かだ。

明日なんて気にせずに、今日を楽しむ…でもそんな時にも思う。

僕はこんな状況にならないと、今日を楽しめなかったんだって。色々な人を気にして、色々な環境を気にして。
承認欲求を気にして、一人かどうかを気にして、色々な渦の中を泳ぐしかないと諦める中で。
今日を捨てて、明日を気にし続けていたんだ…そのことに、この状況になるまで気づけなかったんだ。
本当に僕は、馬鹿だなって。でもそれを笑って受け入れられるのも、この状況だから何だろう。
この誰も居ない状況の答えなんてわからない、今の所知ろうとも思わない。それは人恋しさがまだ無いからだろう。
先ずは…今日を楽しもうと思う、精一杯歩いて、精一杯空気を吸って、一歩一歩を踏みしめていることを感じて。


明日なんて気にせずに、考えの赴くままに。
明日なんて気にせずに、思いの赴くままに。


【あとがき】

最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。

ちょっと前に、「低山病。」って話を書いたんですけど。
特に気にしていなかったんですけど、ちょっと繋がる思いもあるのかなと。

でもね、最初はそんな気さらさらなかったんですよ。
何かいいフレーズじゃん、〝明日なんて気にせずに〟って。

それだけ浮かんだはずなのに…不思議だ、何か暗い。

明るい話…カキタイ。

では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。

カナモノユウキ


【おまけ】

横書きが正直苦手な方、僕もです。
宜しければ縦書きのデータご用意したので、そちらもどうぞ。


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