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〖短編小説〗11月20日は「多肉植物の日」

この短編は984文字、約2分40秒で読めます。

はじめて彼の家にいった時のことを今でもたまに思い出す。
狭い玄関で靴と靴の間に、無理やり自分の靴を脱いだことや、入ったときは他の人の家の匂いだ!と思うんだけど、しばらくいると匂いに慣れてしまっていることなど。

お邪魔しますといったかなわたし、ちゃんとよそ様の家にお邪魔するときは、お邪魔しますって言って、脱いだ靴を揃えてないといけないってお母さんが言ってたな。

あ、よそ様の家にお邪魔するときは、手土産をもっていかなきゃいけないのに忘れてた。ごめんね、お母さん。まぁ、彼の家だからよしとしておこう。

「狭くて悪いんだけど、まぁ、くつろいで」

「あ、うん。ありがとう」
なんと、くつろいでときたものだ。くつろぐとは具体的にどうすればいいんだろう。とりあえず、座るか。ってどこにだ、まぁソファーかな。

「きれいにしてるんだね。ものも少ないし」

「仕事が結構忙しくて家で過ごす時間が少ないだけだよ」

ベットに、小さいソファー(今わたしが座っています)、テーブル、小さい本棚くらいしか目につくものがない。

「コーヒーでいい?」

「うん、コーヒーでいい?」

「え、なんで聞き返したの?」

「え、コーヒーでいいよ」

「あ、そう」

彼はコーヒーを淹れてくれているが、わたしはあるものに釘付けになり、
彼の質問に質問で答えてしまった。

「あの、窓際に並んでいる植物はなに?」

コーヒーをもって台所から戻った彼に聞いてみた。

「あーあれは、多肉植物だよ」

多肉植物、わたしのあたまの中の漢字変換はうまく起動しなかった。

「はー、たにくしょくぶつ」

「あれ、知らない?多肉植物。けっこう流行っていると思ったんだけどな」

うーん、わたしの今までの人生の中には多肉植物なるものは、残念ながら一度も登場しなかった。

「あの、ちなみにたにくってどういう字書くの?」

「多いに肉だよ」

その答えを聞きながら、わたしは多肉植物にかなり接近した状態で観察していた。

多いに肉だと。なんだかいやらしい漢字だな、多肉植物よ。お前のぷにぷにとした見た目に大変マッチしているではないか。

まぁ、そんなことは言葉には出さずに、わたしは
「なんだか、かわいいね」とだけ答えた。

わたしがはじめて多肉植物を知った日、そしてそれから何度も彼の家を訪れた日々、最後に彼の家にいった日。そのすべてにあの多肉植物はあった。

多肉植物ってけっこう無口なのね。

11月20日は「多肉植物の日」

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