いつもお読みいただき、ありがたうございます。玉川可奈子です。私が大切にしてゐる本について、しばらくその眼目や感じたことを書きます。最後までお付き合ひいただけたら幸甚です。なほ、大切にしてゐる本とは、表題の『芭蕉の俤』(錦正社)です。
平泉澄先生の御著書の中で、異色を放つてゐるのが『芭蕉の俤』でありませう。いはゆる先哲や忠臣義士に光を当てられ、皇国に殉じた人物を顕彰された先生にして、何故、芭蕉なのでせうか。
私は本書を通読すること幾数回、やつと自分なりにその答へを導き出しましたが、改めて拝読すると他にも面白い点が多くありました。
なほ、表題の「俤」は「おもかげ」と読み、漢字は国字です。面影のことです。『万葉集』にも「おもかげ」といふ表現はたびたび使はれてをり、そのことは本書でも指摘されてゐます。
序文
まづは序文を見てみませう。
序文では、本書の眼目が余すところなく記されてゐます。
先生が東京帝国大学の教授を辞され、故郷白山神社に帰られて八年。
先生は芭蕉に心を慰められ、親しまれました。次のやうに芭蕉を評されます。
芭蕉は、ただの風流人ではなく、歴史に生き、歴史に涙を流した。さう、伝統と共に生きた人物であると先生は評価されてゐるのです。
西行
本書の目次を見ると、芭蕉を論じる以前に、西行から始まり、藤原実方や木曾義仲など平安時代まで遡つた人名が見られます。しかし、彼らは全て結論部分である「芭蕉の俤」を述べるために必要なのです。特に、西行は芭蕉の憧れの人物の一人でした。
「第一 西行」を見てみませう。
西行の歌は「月」が目に付きます。「百人一首」の歌にも「月」が読まれてゐますね。
西行は恋のために出家したといひます。月は恋人の象徴であつたのです。では、その恋の相手とはどのやうな相手だつたのでせうか。
西行の相手は、雲の上の人、すなはち身分高い人でした。つまり身分の差があつたのでした。かなはぬ恋ゆゑに芭蕉は出家を選択しました。
西行は、自らの「けじめ」を貫き通した人物であつたといへませう。そして、ある意味では彼も敗者でした。後に木曾義仲や源義経のところでもありますやうに、芭蕉は敗者に同情しました。
彼は源頼朝に対し弓馬の道を説き、その礼であつた銀の猫を子供に与へました。西行は、出家後も、武士たる面目を保ち続けてゐたのでした。ここが、芭蕉が彼に心服した理由でせう。
読めば読むほど、ただ西行の風流な点にのみ芭蕉が慕つてゐたとは思へないのです。
次回は「第二 実方」について見て行きませう。実方とは、藤原実方のことです。(続)