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【小説】マザージャーニー

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NewsPics主催・大友啓史監督×佐渡島庸平さんのスクール「ビジネススクールメイキング講座」を受講しながら、ひとつの物語をつくり、誰かの世界へ届けるまでの制作過程と、本編。
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記事一覧

【小説】マザージャーニー / めぐる、冬 2

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帰りの車のなかは、ひんやり冷たかった。流れてゆく景色は、少しずつ夜に溶けて色をなくしていった。

信号で止まった時、お父さんが口を開いた。

「お母さんの仏壇の、写真の裏に、手紙、挟んであるから。―双葉には、これからも、生きててほしいから……」

「……」

……私は、この世界に残りたくなかった。
なのに、残ってしまった。
どっちの世界に

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【マザージャーニー】めぐる、冬 1

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ヨワオのことばを思い出した。

『ずっとねむくて、ねて、ねて、そしたら起きれるようになった』

……ほんとだ、ねむくて、ねむくて……

―ママ、今日、となりでねてもいい?

―ママじゃないよ。もう恥ずかしい年齢だから、私のこと、お母さんって呼びなさい。

遠くからは、かすかにお父さんの声が聞こえたが、私は暗くて深い眠りの沼に沈んでいった。

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【小説】マザージャーニー / つきる秋 5

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今日だ。

全ての稲刈りが終わった。

終わった途端、秋の冷たく、長い雨が続くようになった。お父さんやケンさんはお米の乾燥や出荷準備で、作業場にこもるようになった。刈って終わりではない。雪が降るまでにと、まだまだ忙しそうだ。

私は部屋を簡単にそうじした。
旅の終わりは、農業を始めたあの日と同じように、と体操服に着がえた。

鏡に映る自分

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【小説】マザージャーニー / つきる秋 4

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あたりが夕日にそまるころ、立派なはざかけが完成した。

みんなで、はざにかかった稲を見上げた。

木々の隙間から漏れる夕日は、稲の上でまだらに揺れていた。そのせいか、稲穂の黄金のカーテンは、静かに風に揺れているように見えた。

登さんが何気なしに、稲をひとつひとつなでていく。女の子の髪をなでているようだった。その姿は、おじいちゃんの登さん

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【小説】マザージャーニー / つきる秋 3

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そこらじゅうでコンバインの音が聞こえる。田んぼの周りには稲の粉がはじけ、太陽の光を浴びて、粉々の宝石になって舞っていた。眩しい。その中を赤とんぼたちがスタッカートを刻みながら飛んでいた。

稲刈りが始まった。

「さぁ、今日はプレミアムだぞ!」
ケンさんが今日も真っ赤なつなぎで、両手を広げた。

「プレミアムって、なんのことですか」
私は、稲刈りカマを片手に提げ、ぷらぷ

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【小説】マザージャーニー / つきる秋 2

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「明日から、しっ新学期なんだ」

ヨワオが私の少し向こうで、草取りをしながら言った。顔を上げると、ヨワオの丸いフォルムの向こうに、輪郭のくっきりした入道雲が見えた。目を細める。

ふつうの世界では、夏休みが終わる。

「行かないよ」

「いいと、お、思う」

「……私、もっとちゃんと変わった方がいいと思う?」

「えっ、ええと……」

また私たちはしばらく無言になって、

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【小説】マザージャーニー / つきる、秋 1

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田んぼは少しずつ黄金色に変わっていった。
畦に立つと、生あたたかな風が吹き、大きなくじらが山のあいだをゆったり通っていくように、稲穂の海は波打った。

その波は、私のところまでやって来る。
やさしくて、おだやかってこういうことかな。風が汗をすくい取ってゆくままに、私はずっと畦に立っていた。

お父さんは電話をすることが多くなった。田んぼから帰ってきた私は、台所のテーブル

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【小説】マザージャーニー / 変われ、夏 3

【小説】マザージャーニー / 変われ、夏 3

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今日も田んぼの畦の草取りをしていた。と、聞きなれた声が背中から聞こえた。

「おうい。双葉ちゃん、スイカ食わねえか」

振り向くと、山笠をかぶった登さんが、向こう側の畦に立っていた。

「わ! えっ! 登さん! 帰ってきたんですね! よかったあ! よかったあ!」勢いよく立ち上がり、飛びはねた。

「スイカ食って、ちったあ休まねえかい」

「はい! 食べます!」

登さん

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【小説】マザージャーニー / 変われ、夏 2

【小説】マザージャーニー / 変われ、夏 2

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翌日、鏡の前に立った。できることを、やろう。
作業場で、草刈機を修理していたケンさんに声をかけた。

「ケンさん、綱あります?」

「網ぃ? 何に使うんだ」

「田んぼ、ぐるっと囲いたいんです」

「あー、獣対策?それなら奥に双葉の母ちゃんが昔使ってた、ネット柵ならあるかな」

「そうなんですか!」

「今出すよ」

「あと、川の水をくみ上げる何かってないですか」

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【小説】マザージャーニー / 変われ、夏 1

【小説】マザージャーニー / 変われ、夏 1

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なんで、こんなことになってしまったんだろう。

私は田んぼの前で、立ちつくしていた。

梅雨が明けたとたん、空気がガムみたいにべたべたくっついてくるようになった。私の背中をけたたましく打つ、セミの声。長靴の底から、地面に溶けそうな暑さ。自分の皮をべろりと剥いで、ごしごし洗う想像をいくつもした。

 

早朝に草取りをするようになってから、夜にお母さんの農業日記を読み、そ

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【小説】マザージャーニー / うごけ、春 8

【小説】マザージャーニー / うごけ、春 8

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土がしめったような、すっぱい雨の匂いがする。

毎日草取りをしつづけて、二週間。誰からもにげたくて、ほとんどの時間を田んぼで過ごすようになった。そうしているうちに、田んぼがきれいになってきた。

「おうい」と、軽トラに乗った登さんが通りがかった。

「あっ、こんちは」

荷台には草刈り機が積んであった。

窓からこげたパンみたいに黒くてシワがある腕がだらんと出てた。真っ

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【小説】マザージャーニー / うごけ、春 6

【小説】マザージャーニー / うごけ、春 6


そんなに楽には進まない。何度か夜を越えるごとに、田んぼが青くなってきた。よしよし、と思っていたが、よく見ると、稲の青さではなかった。植えた覚えのない草が、わたしも稲ですよって顔で、稲の間を埋めるように、伸びていた。

「なんでこんなに草の方が、元気なんですか」

「草の種は強いからなぁ」と登さん。

「なんでみんなの田んぼはきれいなんですか」

「普通は除草剤撒いてるから。無農薬やる人たちは、除

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【小説】マザージャーニー / うごけ、春 5

【小説】マザージャーニー / うごけ、春 5



「おはよう」

朝ごはんの食卓に、お父さんがのそりとやって来た。

「……はよ」

気まずい。いや、分からない。

お父さんはあべこべなのか、私があべこべなのか。昨日から、はずかしい気持ちと、分からない気持ちがごちゃまぜになって、どうしたらいいか分からなくなった。

「昨日は、」

 とお父さんが言いかけたところで、ごちそうさま!と早口でかぶせて、私は逃げた。

******

 ふう、とため

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【小説】マザージャーニー / 2章 うごけ、春 4

【小説】マザージャーニー / 2章 うごけ、春 4



お父さんと一番上の田んぼで待っていると、ケンさんが乗ったトラクターが到着し、ゆっくり田んぼに入った。

「山は水が少ないから、昨日の雨でこれくらい田んぼに水ある方がいいですね」

ケンさんがひょいとトラクターから降り、お父さんを呼んだ。

「よ、ようし」

お父さんの顔じゅうの線が、まっすぐに固まった。

「習ったトラクターと、ちょっと違うな……ええと」
ブルン!と大きな音とともに、トラクター

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