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【小説】マザージャーニー / めぐる、冬 6【完結】
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山から降りると、作業場に消防団の人たちが集まってて、わっと私たちに集まった。
お父さんは「すみませんでした」と深々と頭を下げた。
お父さんを囲む輪の外で、ケンさんが
「双葉あ、がんばったな」と私の頭をぐしゃっとつかんだ。
とたんにまた鼻の奥がツンとした。
……がんばった。
私、ずっと、がんばってきた。ずっとずっ
【小説】マザージャーニー / めぐる、冬 5
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思い出した。
床に落ちた、ぐちゃぐちゃのミルクレープを。
私の誕生日のケーキだよってテーブルに出てきたミルクレープは、ところどころ破けていて、みっともなかった。想像していたいちごのケーキではなかった。
今までだってそうだ。みんなみたいにか
【小説】マザージャーニー / めぐる、冬 4
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「お父さーん!」
山に入る農道を走りながら叫ぶ。夜の山はそれ自体、大きなおばけのようで怖い。けどたぶん、お父さんはこの山のどこかにいる。私の勘だ。
「お父さーん。お父さーん」
走って走って走った。
知っている田んぼ、畑、道、ぜんぶ頭の中で塗りつぶし、走り尽くした。
「お父さん……」
咳き込みながら膝に手をやる。と、お父
【小説】マザージャーニー / めぐる、冬 3
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夜明け、まどろみの中で、遠くから軽トラのエンジン音を聞いた。
あれはなんだったのか。
あまりよく眠れないまま朝が来た。
洗面台の前に立つ。そこには、お父さんの黒い歯ブラシと、お母さんのピンク色の歯ブラシが並んでいた。
台所に行くと、つんと空気が冷たかった。
昨日のままのにおい。
私はまた、バクダンおにぎりをにぎった。
8時を
【小説】マザージャーニー / めぐる、冬 2
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帰りの車のなかは、ひんやり冷たかった。流れてゆく景色は、少しずつ夜に溶けて色をなくしていった。
信号で止まった時、お父さんが口を開いた。
「お母さんの仏壇の、写真の裏に、手紙、挟んであるから。―双葉には、これからも、生きててほしいから……」
「……」
……私は、この世界に残りたくなかった。
なのに、残ってしまった。
どっちの世界に
【マザージャーニー】めぐる、冬 1
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ヨワオのことばを思い出した。
『ずっとねむくて、ねて、ねて、そしたら起きれるようになった』
……ほんとだ、ねむくて、ねむくて……
―ママ、今日、となりでねてもいい?
―ママじゃないよ。もう恥ずかしい年齢だから、私のこと、お母さんって呼びなさい。
遠くからは、かすかにお父さんの声が聞こえたが、私は暗くて深い眠りの沼に沈んでいった。
【小説】マザージャーニー / つきる秋 5
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今日だ。
全ての稲刈りが終わった。
終わった途端、秋の冷たく、長い雨が続くようになった。お父さんやケンさんはお米の乾燥や出荷準備で、作業場にこもるようになった。刈って終わりではない。雪が降るまでにと、まだまだ忙しそうだ。
私は部屋を簡単にそうじした。
旅の終わりは、農業を始めたあの日と同じように、と体操服に着がえた。
鏡に映る自分
【小説】マザージャーニー / つきる秋 4
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あたりが夕日にそまるころ、立派なはざかけが完成した。
みんなで、はざにかかった稲を見上げた。
木々の隙間から漏れる夕日は、稲の上でまだらに揺れていた。そのせいか、稲穂の黄金のカーテンは、静かに風に揺れているように見えた。
登さんが何気なしに、稲をひとつひとつなでていく。女の子の髪をなでているようだった。その姿は、おじいちゃんの登さん
【小説】マザージャーニー / つきる秋 3
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そこらじゅうでコンバインの音が聞こえる。田んぼの周りには稲の粉がはじけ、太陽の光を浴びて、粉々の宝石になって舞っていた。眩しい。その中を赤とんぼたちがスタッカートを刻みながら飛んでいた。
稲刈りが始まった。
「さぁ、今日はプレミアムだぞ!」
ケンさんが今日も真っ赤なつなぎで、両手を広げた。
「プレミアムって、なんのことですか」
私は、稲刈りカマを片手に提げ、ぷらぷ
【小説】マザージャーニー / つきる秋 2
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「明日から、しっ新学期なんだ」
ヨワオが私の少し向こうで、草取りをしながら言った。顔を上げると、ヨワオの丸いフォルムの向こうに、輪郭のくっきりした入道雲が見えた。目を細める。
ふつうの世界では、夏休みが終わる。
「行かないよ」
「いいと、お、思う」
「……私、もっとちゃんと変わった方がいいと思う?」
「えっ、ええと……」
また私たちはしばらく無言になって、
【小説】マザージャーニー / つきる、秋 1
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田んぼは少しずつ黄金色に変わっていった。
畦に立つと、生あたたかな風が吹き、大きなくじらが山のあいだをゆったり通っていくように、稲穂の海は波打った。
その波は、私のところまでやって来る。
やさしくて、おだやかってこういうことかな。風が汗をすくい取ってゆくままに、私はずっと畦に立っていた。
お父さんは電話をすることが多くなった。田んぼから帰ってきた私は、台所のテーブル
【小説】マザージャーニー / 変われ、夏 3
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今日も田んぼの畦の草取りをしていた。と、聞きなれた声が背中から聞こえた。
「おうい。双葉ちゃん、スイカ食わねえか」
振り向くと、山笠をかぶった登さんが、向こう側の畦に立っていた。
「わ! えっ! 登さん! 帰ってきたんですね! よかったあ! よかったあ!」勢いよく立ち上がり、飛びはねた。
「スイカ食って、ちったあ休まねえかい」
「はい! 食べます!」
登さん
【小説】マザージャーニー / 変われ、夏 2
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翌日、鏡の前に立った。できることを、やろう。
作業場で、草刈機を修理していたケンさんに声をかけた。
「ケンさん、綱あります?」
「網ぃ? 何に使うんだ」
「田んぼ、ぐるっと囲いたいんです」
「あー、獣対策?それなら奥に双葉の母ちゃんが昔使ってた、ネット柵ならあるかな」
「そうなんですか!」
「今出すよ」
「あと、川の水をくみ上げる何かってないですか」
「
【小説】マザージャーニー / 変われ、夏 1
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なんで、こんなことになってしまったんだろう。
私は田んぼの前で、立ちつくしていた。
梅雨が明けたとたん、空気がガムみたいにべたべたくっついてくるようになった。私の背中をけたたましく打つ、セミの声。長靴の底から、地面に溶けそうな暑さ。自分の皮をべろりと剥いで、ごしごし洗う想像をいくつもした。
早朝に草取りをするようになってから、夜にお母さんの農業日記を読み、そ