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ウズベキスタンに行くから乙嫁語り全巻読んだら、紀行文として面白かった

今度ウズベキスタン旅行に行くので、乙嫁語り既刊14巻を一気買いした。昔連載開始時話題になったときに3巻くらいまで読んでたときは、あまりピンとこなくて、ストーリーもあんまり進まないし読み進まないなあと思ってたんだけど、現地に観光に行くと思って、ガイドブック補完として読んでみたらこれが面白いのなんのって。

以下ネタバレも含みます。
たしか漫画の連載開始当時は19世紀中央アジアの色んな「お嫁さん」のオムニバスストーリーと紹介されてたと思うんだけど、連載から10年以上経って一気読みすると、全体の印象はイギリス人フィールドワーカーによる紀行漫画なのです。みんな大好き(私が大好き)旅行もの。
ブハラ→カラカルパクスタン→アラル海沿岸→テヘラン→コーカサス→アンカラ、折り返してアンタルヤ→テヘラン→アラル海沿岸、この先辺りの13巻でロシア侵攻のためイギリスに帰ることになる。
すべての話にフィールドワーク研究者が出て来るわけではないが、フィールドワーカー無き小話では、もはや完全に読者が疑似研究者にさせられてる。我々読者がフィールドワーカーの眼になって、近代化された社会から中央アジアの文化生活を眺めてるんです。
途中の女達の恋愛や結婚に向けた細々した感情の変化とか恋愛的な話は、血沸き肉踊るストーリー漫画を求めてる人は退屈と思うかもしれない。(昔の私だったら読むのをやめてたかも。)でもこれがフィールドワーカーの文化人類学的調査ものだと気づき、通しで眺めると、とっても非常に興味深いのです。
フィールドワーク的に眺められる、これが本当にあったんだと思わせる、この漫画の物凄い説得力はやっぱり絵がすごいからです。顔は少女漫画風のキラキラなのに、背景もキャラクターも書き込まれすぎてて白いところが全然ない。動物の迫力もすごいです。動物って漫画家によっては全然描けてない人もいるのに。。。

この漫画のフィールドワーク的な興味深さのひとつが、出てくる民族みんなオールイスラム教というところ。イスラム教にはほんわかとした興味があって、自分でも興味が出たときだけ調べたり読んだりしてるんですが、漫画で描かれてる各地域の文化・生活、登場人物のこの行動あの行動が、イスラム教義のあれのことかあ、と、詳しくない自分でもははーんなるほどと理解できる。

また、同じイスラム教でも、地域によって生活や特に女性の扱われ方がかなり異なるのが面白い。遊牧民族や狩猟民族の女達と、イランのテヘランあたりの、よりメッカに近い砂漠の女達の扱われ方がだいぶ異なる。そのへんを作者も意識して描いてるのがわかる。
ちなみに同じ遊牧民族でもモンゴルの方はほとんどがチベット仏教徒だとグーグル先生が言ってた。
モンゴルの騎馬民族とこの漫画に出てくるようなムスリム遊牧民族で、家畜の屠畜方法も違う。これは「天幕のジャードゥーガル」でも描かれてたよな〜
イスラム教ではイスラム教義に則った殺し方をしないとその肉を食べられない。(最初に血を抜くというやつ。「天幕のジャードゥーガル」ではモンゴル人が血が美味しいのにそれを捨てるなんて回教徒は物知らずだわ、と言う。余談ですがすんごく若い頃に行ったモンゴルでは、肉料理に全部匂いがあって全く食べられなかった。血抜きの方法によるものだったのかも。)
この屠畜のやり方は今ではハラルサーティフィケートとして、世界各国のハラル認証機関での基準の1つになってるはずです。

ところで、どうして女性に不自由を強いる(※個人の感想です)イスラム教はこんなに世界に広まったのかなあと、たまに考える。サウジアラビアの厳しい砂漠の気候で産まれた宗教が、中央アジアの遊牧民族を席巻し、中国の一部にも浸透し、アジアまで布教されていて、インドネシア・マレーシア・パキスタン・バングラデシュと、東南アジアでも一大宗教になってる。

乙嫁語りの1〜3巻あたりのストーリーを読んで、中央アジアの民族の元々の土着の慣習が、イスラム教と親和性が高かったのが理由の1つかなとふと思いついた。
一度嫁に出された娘を別の一族の嫁にするために、実家とその集落の全家族が娘を取り返しに嫁ぎ先に急襲する。女が家のもの、父親の物、という価値観がはっきり描かれている。イスラム教でもやっぱり女性を徹底して隠し保護し、男と対等ではない、付属物のように扱う。
女性の扱いをはじめとする価値観の親和性、元々の土着の慣習にスルスル溶け込める土壌が、現在イスラム教国の各国にはあったのかもしれない。

イスラム教から離れる。漫画の中で恐らくコーカサス付近の険しい崖際を通る際にちょろっと出てくる「血の掟」、(家族の誰かを殺されたら末代まで絶対に復讐するというやつ)、は、昔コーカサスの国ジョージアを旅行したときにその掟のあるという山奥まで行ったことがあったので、懐かしかった。
ジョージアは紀元4世紀頃からずっとキリスト教国なんだけど、その時も復讐という、キリスト教義と相容れない土着の慣習が残ってることを興味深く思ったものです。

冒頭にも書いたけど、19世紀という時期が舞台のお話なので、そろそろロシア侵攻が現実味を伴ってくる。イギリス人フィールドワーカーも紀行を断念してしまった。14巻を読むと、今後は紀行漫画ではなくロシアとの戦争漫画になりそうな予感。それはそれで歴史漫画として面白そう。また数年後に一気読みしたい漫画です。

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