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【超ショート】地底人と帰った朝

「俺はな、地底人なんだ」
 酒場で隣の席に座った男がいきなりそう言った。
「町にあいた穴があるだろ? あっこから来たんだ」
 たしかに男の言うとおり、町には数日前から原因不明の穴があいていて、みな一様に首を傾げていたのだった。
 グラスに残った酒をあおって男の方を見る。
 口髭を蓄えた小柄な男は太陽を知らない月のように青白い肌をしている。
「地上には何用で?」
 地底人がわざわざ地上にやってくるなんて、さぞかしたいそうな理由があるのだろうと思って尋ねたのだが、男はなんてことなさそうに、
「ここでしか呑めない酒があるんでね」
 と言う。
「この町の水でつくった酒は美味いからね」
「おお! あんたわかってるじゃないか。呑め呑め」
 地底人にすすめられるままに酒を呑んでいたら、こちらの方が呑まれてしまった。
 見れば彼も見事なまでの赤ら顔をしている。
 呂律の回らないふたりがお構いなしにわめき立てる。
 よろめく身体を支え合い、路を行く彼らの背後から太陽が顔を出している。

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