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母への最後の親孝行

母は、元気な頃から何度も私たち

家族にこう言っていた。

「もし将来私が癌になっても、

絶対に私には癌だと伝えないでね。

癌になったと知ったら、ショックで

それだけで、もう生きていけそうに

ないから」

と、まるで少女の様なお願いをして

いた。


そして、本当に癌になってしまった。

だから全員で守った。

嘘をつき通した。

最期まで。

担当医にも頼んだ。


実は母の弟(叔父)は医師で、

母の入院している大学病院出身だ。

当時は他の病院に勤務しており、

真っ先に母の病状を担当医から

直接聞いていた。

そして姉である母に、こう語った

らしい。

「体力や免疫力が全体的に

落ちているから、エビオスとか

飲めばいいんだよ」と。

それを聞いて、母はえらく安心し、

喜んでいた。

絶大な信頼を寄せている弟から、

そう言われたからだ。

本当は、もう末期で何をしても

効果が無いと言うことだった。

エビオスは気休めでしかなかった。


病室に私が泊まった

ある晩のことだった。

「お母さんは、胃潰瘍でしょ。

こんなに治療しているのに、

どうして治らないんだろうね」

もとの気性の激しい母はなりを潜め、

すっかり大人しくなって

しまっていた。

痩せ細り、腹水が溜まってお腹だけが

出た弱々しい身体で、寂しそうに私に

聞いてきた。

「うん。でも、きっともう少しで良く

なるよ」

そう言って、私は必死に涙を堪えた。

胃潰瘍は疑っていない様子だった。

なにせ、担当医も医者である弟も

そう言ったのだから。


そう言うと、私は

「トイレに行ってくるね。」

と、病室から廊下に出て

トイレに向かった。

怪しまれないように、

普通の速度で歩いた。

夜の静かな病棟のトイレで、

声を殺して泣いた。

思いっきり泣いた。

本当の事は決して言えない。

病室に戻ると、母は眠っていた。

ほっとした。

あれほど辛い質問と嘘は、

私の人生で後にも先にも無い。


でも、考えようによっては、

母は幸せな人だったとも言える。

医者からも、家族親戚からも、

嘘をつき通してもらえて、

守ってもらえたのだから。

結局、母は自分の病名を知る事なく、

亡くなった。


これで良かったんだよね?お母さん。

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