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そうか、もう人生Uターンしていたんだ
ちょうど1年前の今頃。私、どん底でした。俗に言う中年の危機「ミッドライフ・クライシス」の波に飲まれて、暗い海で溺れる日々。そこからどうやって、息を吹き返したのか。少しは波に乗れた今、振り返りってみたいなと思います。
やりたいことをやった、その先は?
過去を超えたい、超えられない
氷河期世代ど真ん中。大学は出たものの、定職に就いたのは卒業から一年後。社会人としてのスタートは遅く、そして低い位置からだったものの、コツコツと歩み、気づけば公私にわたって目標を達成。望んでいたことはほとんど叶い、その人生は十分過ぎるほど。
「去年よりも今年、今年よりも来年」と成長を止めないことがその秘訣だと思っていたし、それはずっと続くものだと思っていた。会社からも、常に前年を上回る成果を求められていたのだし。
40歳を過ぎた頃、ずっとやりたかったプロジェクトを完遂。成果も認められ、評価もされた。ただ、そのプロジェクトを上回るような機会はなかなか訪れず焦る日々。
このままだと、成長が止まってしまう。過去を超えることができない。
キャリアアップはしたけれど
評価は昇進という形で現れ、気づいたら管理職。プレイングマネージャーとは言うものの、現場作業は一般職のメンバーが担当することがほとんど。上司として彼らを支えて、見届けて。そうするうちに自分の腕も衰えて。
本来ならば彼らの成長は喜ぶべきところ。流れの早いIT業界、もう自分は彼らと同じレベルで働けないのではという不安も拭えず。かといって管理職の自分にも違和感があって。現場に戻るという選択はあるものの、不安がゆえにその選択も先延ばし。
先延ばしは良い結果を生まないもの。だましだまし働く中で、折り合いがつかない案件に見舞われ、途中で離脱することに。悔しいし、情けないけど、ホッとして。そしてたどり着いた答えは「もう、働きたくない」。
やりたいことをやりきった先には、さらにやれること・やりたいことがあると思っていたのに。こんなことになるなんて。
そうだ、旅に出よう
年に一度か二度ばかり、旅行に行くのが楽しみだった。コロナはそんな楽しみを奪って、フラストレーションはたまるばかり。旅行支援が始まり、少しずつ世の中が動き出した頃、私も動き出すことに。
飛行機にたくさん乗って上級会員を目指す「ステータス修行」。長いこと出かけられなかった反動が背中を押したのか、こんな贅沢な遊びに目がくらむ。自分で稼いだお金だもの、どう使おうがいいじゃない。
全国を飛び回る日々が始まります。毎月のように目的地やコースを考えて。ただ飛行機に乗るだけではつまらないので、目的地でいかに楽しむか。あれこれ調べて、計画を立てて。
※この時期に編み出した旅行計画の方法がこちらです
行ったことがない場所へ行く。新しい何かに出会う。仕事では得られなかった「新しい経験」が、心の隙間を埋めていたのかもしれません。仕事だけじゃなく、何か趣味を持った方が良い。今ならその意味も分かります。
かつて好きだったものは、今も好きだった
音楽も本もデータで済ませていたのに、モノとして手元に残しておきたくなったという記事を以前に書きました。
新しいモノを手に入れるには、古いモノを捨ててスペースを空けておく。そのために空けておいたスペースに、今、手元に残そうとしているモノは、ほとんどがかつて好きだったモノばかり。
いや、違う。そもそもiPhoneに入っているほとんどが昭和と平成の曲ばかり。物理的なスペースは空いていたけど、自分のキャパシティは「好きだったモノ」で埋め尽くされていた。とっくの前に。
かつて好きだったモノは、今も好きだった。ずっとその事実を認められずにいて、新しいモノを求めていたのだけれど、もうそのステージではないのだと思う。
好きだったモノをまた好きになっても、いいじゃない。だって、50年近くかけて選んできた自分の「好き」は、もう揺らぐことなんてないのだから。ここからまた、一つ一つ「好き」を拾い直すのはきっと楽しいはず。
仕事以外でアウトプットをしてみたら
プレゼン用の資料を作る際に、ちょっとしたコピーやアピールポイントを書くのが地味に好きで。いい文章が書けたときは、それだけで達成感を感じたり。ただ、あくまで、それは仕事だけ。プライベートで文章を書くなんて、面倒なだけと思っていました。
それがどうして、今年に入って始めてしまいました。note。「面倒だけど、何か書きたい」という長年の課題にケリを付けたくて始めたのですが、これが思いのほか良い効果を得ておりまして。
自分の気持ちや考えを文章にすると、頭の中がスッキリ整理される。上手くまとめられたら、さらに満足。それだけでも十分なのに、その記事に「スキ」なんていただいたら、もう自己肯定感が爆上がり。
これまで自分の中に溜め込んでいく一方だったので、これからは少しずつでも形にして残していきたい。好きなモノを手元に残すように。
Uターンも悪くない
仕事は頭打ち。もう成長は望めないし、望まない。どこへ向かえばよいか分からず、途方に暮れていた中で気づいたのは「もう自分は人生の折り返し地点を過ぎていた」ということ。
気づくのが遅いと言われたら、ごもっとも。髪も薄くなって、お腹も出てきて、風邪の治りも遅くなって。カラダはオッサンになっても、ココロはまだ若いつもりでいたかった。
折り返していたのなら、もう過去は超えられない。いや、過去は超えるものではなく、認めるものではないか。だって、十分やりきった。何もこれから先まで気負う必要ないじゃない。よくやったよ、自分。
そんな風に思えたら、あんなにもがいていたのが嘘のよう。穏やかな波に浮かぶ日々。
これからの楽しみは、これまで好きだったモノから拾い上げるだけでも十分。これまで溜め込んだモノは、アウトプットすると楽しいことも分かったし、新しい経験は旅行で得ることができる。
ここ最近の出来事は、すべて良い形に繋がっていた。
Uターンも悪くない。
これからはどんな波も乗れそうだ。
そう思っていた矢先、上司から降格を通達されました。
新しい波
すでに人生を折り返していたとはいえ、オフィシャルに烙印を押されるのはやっぱりツラい。どこかで覚悟はしていたけど、いざそうなると、やっぱりね。そんなさなかに、コンペの話がやってきました。
久々の現場仕事。不安なのは否めない。それでもここで波に乗れば、もっと遠くへ行けるはず。そんな予感に動かされ、持てる力を注ぎに注ぐ。そしたらなんと勝ちました、このコンペ。
よかったよかった。だけど、これを機に過去を超えようとは思いません。そもそもこの案件、今までとは毛色の違うモノ。過去は過去として、これは新たなフィールドに踏み出すその一歩。だから頑張れたのだと思います。
ミッドライフ・クライシスはこれで終わりとは限りません。もし、また溺れらnoteに書こう。苦しい日々もnoteのネタになる。それを知っているだけでも、人生の後半戦は心強くなれるから。
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