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黒いとんがり帽子 SS0018

ハロウィン 2018/10/31

 玄関のインターホンが、鳴った。

 土曜の午後、和室でうつらうつらしていた私は、首を傾げ、玄関に向かう。私の住んでいる家族向けマンションは、オートロックだ。営業なら、共同玄関のインターホンが鳴る。

 玄関の覗き窓から確認したら、黒いとんがり帽子を被った、小学生の女の子が見えた。
 ああ、同じマンションの子供の、少し早いハロウィンだろうか、と思いドアを開けた。

「トリック・オア・トリート」女の子は、かわいらしく恥ずかしげな声で呟いて、かぼちゃの小物入れを、私の前に掲げた。

 近所付き合いはあまりない。初めて見る子供だったが、その愛らしい仕草に、「ちょっと待っててね」とリビングに戻り、個包装のせんべいを持ってきて、かぼちゃに入れた。
 女の子は頭をぺこりと下げて、帰ってゆく。

 リビングに戻る途中、玄関横の子供部屋だった部屋で、足が止まってしまった。壁には娘──優(ゆう)の古びた写真が、飾ってある。
 先天性の病気を持って生まれたきた我が子は、三歳の秋に亡くなった。その後、私たち夫婦は、何度か妊娠したが、全て流産だった。

 やがて夫との関係も悪くなり、別れた。結婚時に買ったこの広いマンションには私が一人住んでいる。風の噂で夫は、再婚せずに一人暮らしをしているらしい。古い過去の話だ。


 翌日、日曜日の午後にも、玄関のインターホンが鳴った。覗き窓から見てみると、今度はお姉ちゃんだろうか、中学生くらいの女の子が、黒いとんがり帽子を被り、立っていた。
 急ぎ足でリビングに戻り、残していたおまんじゅうの袋を手にして、扉を開けた。
「トリック・オア・トリート」と呟く、若々しく、みずみずしい声に、目を細めた。


 月曜日は仕事帰りに、子供の好きそうなお菓子を多めに買って、早めに家に帰った。
 期待して待っていたら、玄関のインターホンが鳴った。そそくさとお菓子を持って向かうと、今度は大学生くらいの女の子が、黒いとんがり帽子に黒いドレスを着ていた。

「トリック・オア・トリート」ドレスの裾を持ち丁寧に頭を下げる華やかな姿に見とれた。
「すてきよ。妹さんたちにもあげてね」とお菓子をたくさんかぼちゃの小物入れに入れた。


 翌日にも玄関のインターホンが鳴った。今度は花嫁姿に黒いとんがり帽子を被っていた。

 ──さすがに鈍い私にも分かった。

「もしかして、私、死ぬのかしら」

 私の問い掛けに、女性は私の両手を握った。とても冷たい手だった。愛読していた小説と同じだ。この女性は、私の死んだ子供で、成長した姿を私に見せてくれているのだ。悔いはない。もう死んでもいいと思ったら、娘は優しくほほ笑んでから、首を横に振った。

「お母さん、ありがとう。私は幸せだったから、お母さんも幸せになって……」そう呟き、すっと姿が消え、黒い三角帽子だけが残った。


 三十一日の夜、私は黒いとんがり帽子と、娘の写真を、一人でぼんやりと眺めていた。

 今度は共同玄関のインターホンが鳴った。液晶画面には、別れた夫が映っていた。
 数十年ぶりに会った白髪頭の夫は、部屋に上がるなり、「優が来たんだ……。お母さんのところに行かないと、いたずらしちゃうぞって……」と、嗚咽の声を漏らした。夫の手には、かぼちゃの小物入れが握られている。

 ──ああ、昨日は娘の、三十三回忌だった。

「残りの人生を、一緒に暮らさないか……」

 夫の声に、娘の声が重なって聞こえてきた。

「幸せにならないと、いたずらしちゃうぞ」

 黒いとんがり帽子が、お辞儀をするかのように、ぺこり──と折れ曲がった。

第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞して自衛隊ミステリー『深山の桜』で作家デビューしました。 プロフィールはウェブサイトにてご確認ください。 https://kamiya-masanari.com/Profile.html 皆様のご声援が何よりも励みになります!