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「女は境遇により菩薩にも夜叉にもなる」(ゼロが教えてくれた事)

 「ゼロ THE MAN OF THE CREATION」は、愛英史先生が原作、里見桂先生が作画の漫画で、集英社「スーパージャンプ」で1990年から2011年まで連載され、全78巻まであります。


 私にとってはバイブル(聖書)のような漫画、「ゼロから学んだ事」を紹介していきたいと思います。

 伊谷工業のオーナー・伊谷俊三は、妻子と共にエジプトのカイロを訪れています。娘の奈美は、露天商の老婆が持っている綺麗なガラス工芸品を買ってほしいと父にねだります。

 老婆は「それは売らない」と言って断りますが、どうしてもほしいと言う娘のために伊谷が「金ならいくらでも出す。いくらだね?」と言います。しかし老婆は売りません。

「この中に水を入れて覗きこむと、3年後の自分の顔が映ります」

 売らないけれど1ドルで見せてあげると老婆は言い、その中に水を入れます。そして奈美がそれを覗きこむと、3年後は大学生のはずなのに「しわくちゃの老婆の顔」が映ったのです。奈美は悲鳴を上げました。

 それ以来、鏡を見ると老婆が映るようになった彼女は「鏡が怖い」と言って割ってしまいます。

 エジプトの老婆が持っていたのは、フランスのガラス工芸家であるエミール・ガレで有名なアール・ヌーヴォー(19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に開花した国際的な美術運動)の一つ、「オルフェとゼウスの大杯」です。

 ”未来を映す大杯”と言われ、7年前にフランス博物館から盗まれたもの。それを老婆が手に入れて商売に使っていたとの事で、無事にフランス博物館に返却される事に。

 以前、この大杯を手にしたフランス貴族の婦人が水を入れて覗いたところ、美しいはずの彼女の顔が見るも無残な夜叉の顔として映ったと。その3年後、夫の子を宿した身分違いの娘に嫉妬した婦人は、その女をフォークで刺して腹の中の胎児を引きずり出したと。

 その時の婦人の顔がまさに、3年前にオルフェとゼウスの大杯に映った夜叉の顔そのままだったと。この話を伊谷が妻に話しているところ、扉の外で偶然聞いていた娘の奈美がショックを受けてしまい、寝たきりになってしまいます。

 このオカルトじみた大杯の謎を解く事が出来るのはゼロしかいないと聞いた伊谷は、金に糸目はつけないからと言ってゼロに依頼します。

 オルフェとゼウスの大杯が展示されているパリ博物館で、ゼロと会う約束をした伊谷。パリ博物館の館長は「あの男にだけは会いたくなかった」と言います。どんなに有名な美術鑑定家でさえも、ゼロの作る贋作を見破る事が出来ないからです。

「私が作るものは全て本物だからだよ」

 そう言って登場するゼロ。オルフェとゼウスの大杯を手にとって眺めながら、在りし日の父の事を思い出します。

 ゼロの本名は榊零(さかき・れい)。天才陶芸家・榊万作の息子です。万作はある日、美術商の日蔭(ひかげ)に頼まれて、平安時代の須恵器の壺の複製品を作ります。日蔭が、大臣に頼まれていた須恵器の壺を焼失してしまったと言うのです。

 本物が見つかったら返してもらうとの約束をして贋作を作ります。しかし日蔭は最初から本物を隠し持っていて、大臣には万作が作った複製品を「本物」と偽って5億円で売りました。そしてそれが明るみになり、万作は芸術界から追放。日蔭から真相を聞いて騙されたとわかった彼は、

「芸術家は命より名を惜しむ」

 作業場で自ら命を絶ったのです。まだ少年だったゼロが、父の亡骸を発見しました。

 遠き日の事を思い出しながら、オルフェとゼウスの大杯を眺めるゼロは、

「この世に、人の命より高価なものがあると言うのか……」

 そう思いながら、大杯を床に落として割ってしまいます。「何て事をするんだ!」と激怒する館長を尻目に、「完成次第、こちらから連絡する」と言って立ち去ります。

 パリ郊外の城のような別邸にこもって製作に取り掛かります。当時の材料を探し出し、コンピューターで本物のサイズを計算して、後は「作者に成りきって」作るだけ。

 この「作者に成りきる」というのが、本物を作る秘訣なのです。しかし、それは簡単ではありません。作者の生い立ちから全てを調べなければなりません。作者の人生を追体験する感じでしょうか。

 しかも今回は作者が不明の作品で、エミール・ガレの弟子の一人と言われています。そのため、伊谷が「遅い、遅いじゃないか!」と心配するほどに時間がかかったようです。

 そして遂に本物を作ったゼロは、フランス博物館に持ってきました。「では始めます」と言って大杯に水を注ぎ、奈美に覗いてみるように促します。彼女が恐る恐る覗いてみると、エジプトで見た時と同じように老婆の顔が映りました。

 大杯に水を注ぎ足したゼロは、恐怖に震える彼女にもう一度覗くように促しますが、奈美は怖くて出来ません。「やめろ!」と伊谷が遮ります。そんな彼らにゼロは、大杯の「カラクリ」を説明します。

 顔を変える役割を果たしているのは、日本の陶芸にある貫入(ひび割れ)の技法です。「水が少ないと老婆、中ほどで夜叉、八分目で美人」というように、内壁の貫入を三等分に分けています。

 エジプトの老婆は使っているうちにそのカラクリに気づき、商売に利用しました。「では、フランスの貴婦人の話は?」と尋ねる伊谷に、

「女は境遇により、菩薩にも夜叉にもなります。偶然だったのでしょう」

 そう言って、20億円を伊谷に請求します。「こんな法外な金……」と言う伊谷にゼロはこう言います。

「あなたの娘さんの命は、それっぽっちの価値しかないのかね?」

「娘のこれからの50年以上の人生を買ったんだ。私の財産、会社など全てを売ってでもお支払いする。娘の命を救ってくれて感謝する」

 そう言って深々と頭を下げます。ゼロが去っていった後に、館長はしみじみと言います。

「我々もこの土を探すのに1日5000人以上の人を雇い半年もかけたが、結局10億という膨大な金を使って無駄に終わった。それをこれほど短期間に探したと言う事は相当な人件費がかかったはず。30億、いや40億か

 館長曰く「作者こそ違うがこれは本物の大杯なのだ」と。そしてゼロが大杯を割ったのは「この世に本物は一つでいい」と言う事かと。


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