恋が下手な教師から教わったこと
10代という多感な時期に読んだ文章の中には、心の奥深いところに残って長い間消えないものがある。20年以上経ったいまも忘れられない文章を紹介したい。
高校生の頃、学校の先生がリレー形式でおすすめの本の紹介文を書き、生徒全員に配るという企画があった。私は先生たちの本音が垣間見えるこの企画が大好きだった。
授業中に笑わない古典の先生は、『源氏物語』を紹介していた。
「古典の本当に面白いところは、高校の授業では教えられない(笑)」
という文章が添えられていて、
「あ、実はお茶目な人だったんだ」
と気づいた。
いつも優しい生物の先生はアリの本を紹介していた。担当教科に関連する本をおすすめするあたりがいかにも教師らしい。
もっとも印象に残っているのは、化学の先生が書いた文章だ。
「僕は恋をするのが下手だ」
で始まり、
「どうしようもないくらいに一人の女性を好きになった時、僕はいつも臆病になる」
と続く。
先生がおすすめしていた本は、確か海外の冒険物語だったと思う。本を読んでいる時は自分も主人公のように勇敢になれる。でも、読み終わるとまた恋に臆病な自分に戻ってしまう。そんなことが書かれていた。
最後は、
「不器用な僕にとって、本はなくてはならないお手本のような存在だったのだと思う」
と締めくくられていた。
教師が生徒に弱みをさらけ出すのは、勇気がいることではないだろうか。
しかし、小手先の技で書いた文章よりも、ありのままの思いを伝える文章の方が、圧倒的に強く人の心を動かすものだ。
当時高校生だった私にとって、先生の率直な思いが綴られた文章は、エッセイや小説を読む以上に新鮮で面白いものだった。
身近な大人が文章を通して向き合ってくれたことで、高校生の私はほんの少し、大人に近づけたような気がした。
高校時代に心を揺さぶられた文章をもうひとつ紹介したい。それは、大学受験を終えた先輩が後輩のために書いてくれた合格体験記だ。中でも一番好きな文章は、浪人して教育学部に合格した先輩の体験記である。
小学校の教師を目指していた先輩は、国立大学の受験に失敗して浪人生になった。同級生が大学生活を謳歌する中で、浪人生活に苦悩する気持ちが綴られている。
「それでも教師になるために大学へ行くんだ」
そう何度も自分に言い聞かせながら勉強に励む日々。
そして迎えた二度目の大学受験。先輩はまたしても国立大学の受験に失敗し、失意に打ちひしがれていた。
しかし、奇跡は起こる。
大学から、欠員が出て追加合格になった旨の電話がかかってきたのだ。
私はこのシーンを読んだ時、思わず涙ぐんでしまった。それくらい、臨場感あふれる文章だった。
先生や先輩が書いた文章を読んで、「体験談」はその人にしか書くことができない特別な文章なのだと知った。
高校時代の私は、将来の夢なんて分からなかった。ただ私はあの頃から、誰かの心を動かす文章が書ける人に憧れていた。
あれから何年も経ち、私はライターという仕事を選んだ。
「文章で人を笑顔にしたい」
それが、私がライターをしている理由。
高校時代、文章を書くことの素晴らしさや、文章で思いを伝えることの大切さを教えて下さった方々に、心からの「ありがとう」を今ここで伝えたいと思う。
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