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【読書日記R6】6/16 父と子の連弾(つれびき)を聴く梅雨の夜。「独り剣客山辺久弥 おやこ見習い帖/笹目いく子」

独り剣客山辺久弥 おやこ見習い帖
著者:笹目いく子 発行:アルファポリス

※盛大に話の内容に触れています。悪しからずご容赦ください。

小説を読んでいる間、ずっと耳の奥で音が聞こえているようでした。

三味線の、時に激しく時に嫋々と掻き鳴らされる調べ、それを切り裂くように剣戟の鋭く硬質な音。
その主旋律に鳥のさえずり、蝉の声、子供たちの笑い声、棒手振りの売り声等々日々の暮らしの音が加わります

大名の父と三味線の名手の間に生まれた久弥。
市井にあって三味線の師匠をしながら暮らしていますが、本人の意思におかまいなく生家の大名家の跡目争いの余波で常に危険ととなり合わせの日々。

かつて自分をかばい「精進しな」と言い遺して逝った母。
その母から受け継いだ三味線と母と自分を守るために身につけた剣術だけが生きる縁(よすが)。
愛おしく思う娘がいて、その娘から向けられる切ない思慕を悟っていても己の境遇を顧みれば手を差し伸べることもできず、しかし思いきることもできず立ち尽くすしかない。

そんな久弥が大火の朝、無惨に焦土と化した江戸の町でぽつんと佇む十才くらいの男の子に手を差し伸べた。

「青馬」の名を与えられた少年は、三味線に天賦の才を示し、久弥とともに暮らし始めます。
青馬の抱えた事情も解決し、久弥の弟子で密かな想い人である柳橋の芸妓・真澄とともに穏やかな暮らしを営めるかと思いきや、久弥の実父の治める藩の御家騒動の状況が悪化して「若君」とならざるを得なくなります。

引き裂かれた青馬と真澄との絆、真っ二つに割れた藩の行く末。
久弥の剣が禍根を絶ち、三味線の音色が傷を癒す。

かりそめの家と名で生きてきた男が 家もなく名もない男の子と出会い、真の家と真の名を見つける物語。

「艶(えん)」のある物語だと思いました。
誤解のなきように書き添えると「お色気」ではありません。

「艶(えん)」は、人や物事、自然の華やかさやあでやかさ、みやびやかな美しさを表す概念で、姿形が整った端正さだけではなく、そこに「色香」が加わる。
人肌の匂い、ぬくもり、愛しさと切なさを内包した美しく優しい物語。

久弥という男が、真澄という女が、心の奥底に秘めた情念が抑えきれずにふとこぼれる様が三味線と長唄の艶やかさと重なります。

つらいとき、哀しいときに口遊まれる長唄
その歌詞は、あふれる心情が豊潤で艶めいた日本語で綴られていて、今まで意識してこなかったのがもったいないと思わせられました。

さて、私が二十年(三十年?)若かったなら「久弥さま、かっこいい~」となったと思うのですが、枯れ始めた今の私としてはとにもかくにも「青馬くん、かわいい~」です。

不幸な生い立ちで小さな身体に押し込められていた心が慈雨を浴びるように愛情と教育を受けて、眠っていた種が目覚めて芽吹くような成長がうれしいですし、その健気さに抱きしめたくなるような愛おしさを感じます。

久弥の半纏にくるまってとことこ歩いているところなど、そうそう、子供ってお父さんやお母さんの大きい服着たがるのよね!その姿がなんとも可愛いのよ!と我が子たちのもう少し幼かった頃のことを思い出して甘やかな気持ちになりました。

青馬が小さな手で折った折り鶴。
江戸時代に出版された「千羽鶴折形」に「一羽の鶴に千の寿があるのなら、千の鶴には百万の寿あり」と書かれているそうです。
千羽鶴に願いを込める風習が既にあったことを伺わせますが、この折り鶴が久弥の心を守り、また絆を結び付けるお守りとなったのだな、と久々に鶴を折りたくなりました。

そして、もう一人、私が惹かれたのは「宗靖様」です。
跡継ぎがいないため分家から養子に迎えられたのに、その後、正室に実子が生れたことで立場が微妙となり、野心家の次席家老の旗頭とされた人。

この宗靖さまの努力が素晴らしいのです。
配下の人々をよく見てその力をどのように藩政に活かすかを見極めようとしている。
藩を栄えさせるのは地域の活性化であることを理解し、殖産興業に務めている。

養子として迎えられた己の役目を自覚し、直系でない血筋が引け目にならぬように精進し、自分にできること・自分にしかできないことは何かを考えて着実に実行してきたのだなと思います。
その日々の積み重ねは下のものたちにも伝わっていたことが何よりもうれしく心が熱くなりました。

久弥のように自分自身が「個」として優秀でその道を突き詰めていく人よりも、宗靖さまのように回りの人を動かし活かせる人が長に立つ方が組織としては上手くいく。
幸い、そのお力が今後も発揮できそうなので、藩は今後も発展するだろうなと寿いでおります。

というわけで、めでためでたの錦秋に彩られての大団円。
灰色の焦土からよくぞここまで、とじんわりと涙がにじんできました。

しあわせな読書時間でした。
著者の笹目いく子先生は、noteでご縁をいただき、この物語を手に取りました。
素敵な物語をありがとうございました、

PS 艶なる物語、音曲あり活劇あり、美男美女に可愛い子供。
映像化に向いているのではないかな~というより、私がいつか実写で見たいな~と願っています。

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