【雑記R6】7/7 アンソロジー「不思議な糸仕事~織姫の妹たち~」
最近、noteの中でアンソロジーについての話題を多く読みました。
おおいに触発され、私だったらどんなアンソロジーを編むかしら、とあれこれ考えて、私のもう一つの趣味である手芸に関する描写のある作品はどうだろう、ちょうど七夕も近いことだし、と「不思議な糸仕事~織姫の妹たち~」というテーマを設定しました。
糸をつむぐ、布を織るということは太古より女性の聖性と結びついて語られることが多くありました。
聖性と魔性は表裏一体ですから、時に不思議で恐ろしい力を宿すことも。
そこで、「織る、縫う、編むという糸仕事と不思議の物語」を詩と短編12篇選んでアンソロジーを編み上げてみました。
1. Can you make me a cambric shirt?/マザーグース
マザーグースのなかの相聞歌。
「針を使わず縫い目もつけず 亜麻布のシャツを仕立ててください」
と、男性が女性に三つの難題をだし、女性がそれを上回る三つの難題を出すという求愛の掛け合いの歌です。
パセリ・セージ・ローズマリー・タイム というハーブの羅列が魔女の呪文風で好きです。
2.グロースターの仕立屋/ビアトリクス・ポター
マザーグースつながり(※)で、二作目は「グロースターの仕立て屋」を。
ピーターラビットの作者ビアトリクス・ポターによる「小人の靴屋」です。
私は昔ながらの「いしいももこ」さんの訳で。
グロースターに住む仕立て屋さんが市長さんの婚礼用の服を仕立てなければならないのに病気になってしまい、彼の代わりにネズミたちがとびきり美しく縫い上げてくれたというお話。
何よりも挿絵が美しい。布も糸も美しくて眺めていて飽きません。
布の光沢、繊細な刺繍、ボタンホールの穴かがりは細かくて細かくて「まるで小さなねずみが刺したようにみえる」と評判の出来栄えです。
こんな服がきてみたい。
※物語の中で、ネズミたちがマザーグースのわらべ歌をうたいながら針仕事をしています。
「怖がりの仕立屋さん」の歌やネズミ穴で紳士服の仕立てをするネズミたちに「(牙で)糸を切ってあげようか?」と下心たっぷりに話しかける猫の歌など、そんな遊びも楽しいのです。
3、銀の糸あみもの店 / 瀬尾七重
イギリスの仕立て屋さんの次は日本の編み物店のお話を。
さほこは、編み子として住み込みとなった親友の葉子から、みごとなレース編みのスカーフが送られてきます。
細い細い糸で丹念に編まれた金色のスカーフの繊細な編地の一部がよじれて不揃いになっています。よく見てみると「サホコ タスケテ」と編み込まれているのです。
驚いてお店に出かけ、「ゆるく波打った栗色の髪、緑色の目、手足の長い若者」である店主に「葉子に合わせて!」と直談判します。さて、その結果は?
行きて帰らぬ物語。
・・・じんわりと怖いです。
4.コンのしっぽは世界一 /あまんきみこ
ぞくっとした後のお口直しに、抱き心地抜群のぬいぐるみのお話を。
おばあさんが作ったきつねのぬいぐるみのコンは、ある日、しっぽをなくしてしまいました。
おばあさんと探しに行ったのにコンのすてきなしっぽは、卵からかえったばかりのヒナたちのお布団になっていました。
しっぽを取り返すのをあきらめたコンのために、おばあさんは新しいしっぽを作ろうとしますが、なかなかちょうどよいしっぽができません。
結局コンのしっぽはどうなるでしょう?
なんということもないお話ですが、お気に入りのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた時のようなあたたかな掌編です。
5、Extra Yarn(邦題:アナベルとふしぎなけいと)
マック・バーネット 文/ジョン・クラッセン 絵/なかがわちひろ 訳
「あたたかい」糸仕事は、やはり編み物。ということで次は絵本を一冊ご紹介。
アナベルは、灰色墨色どんよりと暗くて寒い町である箱を拾いました。
箱の中にはあらゆる色の毛糸が入っていました。
アナベルは自分のセーターを編み、ペットの犬にもセーターを編みました。
しかし、毛糸はまだ少し残っています。
うらやましくて意地悪を言った男の子にも派手すぎると注意した先生にも色鮮やかなセーターを編んであげました。
それでも、毛糸はまだ少し残っています
町中のひとたちに
町中の動物たちに
町中の家や車に
町中がふんわりとやわらかくあたたかな色合いの編地で覆われました。
喜んでいるのか何なのかわからない動物たちの表情がじんわりとおかしい。
海外からオシャレ好きな王子様が箱を法外な高額で買い取ろうといってきましたが、きっぱりと断りました。
王子様は泥棒を雇って盗み出しますが・・・。
6.地下室からの不思議な旅より抜粋「ケイトウ町の話」/柏葉幸子
前半最後の作品として美しい毛糸の登場する物語。
自由で変わり者のチィおばさんに振り回されながら不思議で美しい町や村を巡る長編作品ですが、この中の「ケイトウ町」のエピソードを抜粋してアンソロジーに編み込みました。
ケイトウ町では、むくむくした綿羊を育て、糸につむぎ、赤いけいとう色に染め、セーターなどを編んで生計を営んでいます。
赤いけいとう色の毛糸ばかりで編み物をするのに飽きてしまって、失敗も多く元気のなかった町の人々に、編むことの楽しさを思い出せるように、と様々な色糸を提供することになり、糸の在庫を調べる場面が大好きです。
アカネの代わりに手伝いたいくらいです。
沼地の黒 ・・・ ぬめぬめした照りをおびた、とろりとした手ざわりの糸
夏のたそがれどきの黒 ・・・すこし青みをおびた、しゃきっとした手ざわりの糸
のように、黒にもいろいろ、
そして、白もいろいろ。
さぎ草のさきはじめの白
夕立ぶくみの夏の雲の白
あわ立てクリームの白
くもの糸の白・・・
様々な糸の色の美しい表現にうっとりします。
この物語については、他にも書きたいことがたくさんある「私を作ってきた100冊」の中の一冊なのでまた改めて紹介しようと思います。
7、月夜とめがね/小川未明
アンソロジーの折り返し地点。
少し雰囲気を変えて小川未明の童話から「針仕事をしているおばあさん」の出てくる物語。
おだやかな、月のいい晩のことであります。静かな町のはずれにおばあさんはすんでいましたが、おばあさんは、ただひとり、窓の下にすわって、針仕事をしていました。
おばあさんは、針仕事をしながら、「自分のわかいじぶんのことや遠方の親戚のことやはなれて暮らしている孫娘のこと」などを空想しているのです。
年をとって、針のめどによく糸が通らないおばあさん。
ある日、旅の行商人からめがねを買ってあちこち眺めて大喜びです。
めがねがめずらしくてかけたりはずしたりしているおばあさんのところに、香水製造場で働いているという十二、三の美しい女の子が、たずねてきます。
指にけがをしてしまった、と助けを求める娘。その傷をよく見ようと眼鏡をかけたところ、それは「きれいなひとつのこちょうでありました。」
娘は、おばあさんの家の裏の花園でいつのまにかきえてしまいます。
針仕事の場面はほとんど出てこないのですが、月光に照らされる花園に舞う胡蝶の場面が美しい。
「みんなお休み、どれ、わたしも寝よう」と娘が人外のものとわかっても変わらず穏やかでやさしいおばあさんが印象的な物語です。
私もここ数年でぐぐっと目の老化が進み、糸を針のめどに通すのが本当につらくなりました。おばあさんに共感しています。
8、蝶を編む人/立原えりか
「蝶」つながりで次の作品は「蝶を編む人」
大好きな童話作家さんのひとり、立原えりかさんの作品です。
蝶の羽は、なんでこんなに繊細なのだろうと不思議になることがあります。
その秘密をときあかしてくれる物語。
森に囲まれたしずかな美しい村のホテルに長期滞在しているおばあさん。
ずっと部屋に閉じこもって何か花びらのようなものを編んでいます。
みどりのほうきから、新しい木の芽のにおいをぷんぷんさせたうすみどりの若者が訪ねてきた以外は部屋を一歩も出ずに編み物をしているのでホテルの人たちに不思議がられています。
そして、「太陽がうっとりするほどあたたかくおだやかに光っている朝」おばあさんは、大きなバスケットをさげて野原へ出かけました。
ポケットから温度計をとりだして温かさを確かめて、バスケットを開くと、「百とも千ともしれない蝶の群れ」が跳び出します。
次の朝、おばあさんは旅立ちます。北のほうへ出かける、と言い残して。
万物の美しさをこうやって保っているひとたち(人?妖精?)がいる。
ああ、だからこんなにも蝶の羽は美しいのね、と納得してしまいます。
9.日暮れの海の物語/安房直子
人の糸仕事は、時に不思議な力を宿すことがあります。
海のほとりの小さな村の「お仕立てもの」を営むいとばあさんの家で縫い仕事をしてひっそりと暮らしている娘、さえ。
さえは、村に来る前、愛おしく思う人の病を治す薬を手に入れるために海亀の嫁になる約束をしていました。
以来、どこへ行っても「約束忘れちゃいけないよ」と海亀がささやくので、逃げて逃げて逃げてこの村にやってきたのです。
しかし、二年が過ぎ、なんとか海亀をふりきることができたと思った頃、海亀は現れて、婚礼衣装にする布を置いていきます
いとばあさんは、かつて古老に習った「たくさんの針刺しに新しい縫い針を一本ずつさして海に流す」という方法で、さえを守ります。
百花繚乱の布で作られた魔除けの針刺しが暗い海面に散らばる様を想像すると、その幻想的な美しさにため息が出ます。
しかし、その後のさえは、「海亀を裏切った」自責の念から逃れることはできず、「約束忘れちゃいけないよ」と波の音に交じる海亀の声は耳から消えることはなく、うつむいて暮らしているのだとか。
強い魔力を秘めた糸仕事の物語です。
10.白鳥の王子/アンデルセン
魔を破る糸仕事の話を続けてもうひとつ。
女性鬱屈した思いを抱くアンデルセンらしく、女性にやたらと厳しい試練がこれでもか、と降りかかります。
ある国に11人の王子と1人の御姫様がおりました。
彼らの母が亡くなり、やってきた後妻によって、王子たちは白鳥に姿を変えられ、姫も散々嫌がらせをされてとうとう城を追い出されます。
そして、王子をもとにもどす方法を教えてもらうのですが、これがひどい。
棘だらけのイラクサ(しかも、寺の墓地に生えているもの、という限定)を素手で「火ぶくれにするほど痛かろうけれど、がまんして」摘みとり、足で踏んで糸をとり、布に織り上げて長いそでのついたくさりかたびらを編んで白鳥に投げ上げれば呪いは解けて人に戻れる。
しかし、仕事を始めたら、終わるまで口をきいてはならない。もし口をきいたら、お兄さんたちは白鳥のまま死ななければならない。
紆余曲折あって、エリサは大変な苦労をしてくさりかたびらを編み続けました。
墓場にイラクサを摘みにいったことを見とがめられて魔女と断罪され、口を利くことが出来ないので申し開きもできず、火刑台に引きずり出されます。
集まってきた白鳥たちに、処刑台に向かう馬車の上でも編み続けたくさりかたびらを投げ上げ、呪いも誤解も解けました、という物語。
最後の一枚の片袖が編みあがらず、一番下の兄さんは片腕が羽のままで「え、これからどうするの?」とか、「自分を魔女として処刑しようとした夫のところになんぞ戻りたくないよなあ」とか、おさまりの悪いところもありますが、起伏にとんだ物語と宝石のようにきらめく美しい表現のアンデルセンアンデルセンした物語です。
11.夕鶴(脚本)/木下順二
鳥 + 機を織る、といえば、「鶴の恩返し」
この昔話は、糸仕事といえば真っ先に思い浮かぶかもしれません。
この昔話を下敷きにした戯曲「夕鶴」。
中学生の国語の教科書に掲載されていました。
「つう」の清らかさ、身を削って織る織物の尊さ
純心だった「与ひょう」が変わっていく悲しみ
つうは、機など織らず、ただ与ひょうに寄り添えばよかったのかもしれません。それで充分「恩返し」になったのかも。
12.高行くや 速総別の 御襲料
機は、神も鳥も人も織る。
アンソロジーの最後は日本の「歌」です
「高行くや 速総別の 御襲料」
たかゆくや はやぶさわけの みおすいがね
古事記(日本書紀にも)のこるお話です。
仁徳天皇は、女鳥(めとり)王に求婚しようと弟の速総別王(はやぶさわけ)を使いに出しました。
女鳥王は、仁徳天皇の后の嫉妬深さをおそれ、むしろ速総別王の妻になりたいと答えます。
返事が来ないので、仁徳天皇は直接女鳥王のところにやってきて、機織りをしている女鳥王に、「それは誰の着物か?」と歌を詠みかけます。
男に衣装を用意するのは妻の役目であり、仁徳天皇は、当然、自分のための着物であると思ったのです。
それに対して女鳥王は歌い返します
「高行くや 速總別の 御襲料」
高行くや は 隼にかかる枕詞。
天を高く翔ける隼のようなわが夫、速総別王の着物を私は織っているのです、と。
その歌を聴いて女鳥王の気持ちを知り、仁徳天皇はあきらめました。
ここで終わればよかったのですが、その後なぜか女鳥王が
「雲雀は天に翔ける 高行くや速総別王 雀(さざき)取らさね」
と歌を詠み、謀反と認定されて逃避行のあげく殺される、という展開になります。
仁徳天皇の名前が「大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)」であり、「隼」の名を持つ夫に、とるにたりない「雀(さざき=仁徳天皇)」を弑せよとそそのかしていることになるのです。
無理やり二人の間が引き裂かれたならともかく、なんで?と読んでいると面食らいます。古代史上の何らかの事件の反映なのでしょうけれど。
この劇的かつ謎の多い展開については、田辺聖子さんの「隼別王子の叛乱」という著作もあります。(ロマンチストだった高校の古文の先生が激賞していました。)
今回のアンソロジーは、女鳥王ののびやかな愛の讃歌で結びとなります。
私が織っているのはあなた(仁徳天皇)の着物なんかではない、私が選んだのは、私が愛するのは速総別王だ、その人のために特別美しい着物を織っているのだ、と。
この言挙げの誇らしげなこと。
糸仕事。
自分のために、だけでなく「誰か大切な人のために」行われることも多い。
縫い目一つ、編み目一つに誰かを思う気持ちを込める。
それが魔法の原点なのかもしれません。
衣服は、着る人を雨風寒さなどから物理的に守り、また、着る人の魅力を増し、その身分にふさわしい見かけという力を与え、またぬくもり安らぎを与えることで精神的にも守る力がある。
女鳥王の歌には、愛しい人の衣服を調えて愛しい人を守るのは私だという、糸仕事に古代から人々が込めてきた誇り高く情の深い祈りが詰まっているように思うのです。
今日は七夕。
織姫は神々の神聖な衣を織る役割を担っていました。
そんな日に、こんなアンソロジーはいかがでしょうか?
<まとめ>
今回、アンソロジーを編むというのは、つくづくデータベース力が必要だということがわかりました。
読んだ本を脳内書棚にとどめておいて、キーワードと結びつけて引っ張り出してこないといけなのですが、そのキーワードで誰にでも頭に浮かぶ作品だけでは面白くありません。
「へえ、このキーワードでこの作品持ってくるんだ、意外だけど、並べてみると納得!」という新鮮な驚きのある結びつきを見つけることができれば、アンソロジーとして成功である気がします。
今回のアンソロジーの出来は、そこまでの水準に達してはいませんが、自分の読書体験をまとめあげる楽しい試みでした。
また、テーマを見つけて今度は十分に吟味して取り組んでみたいと思います。
見出しは、1月につねたまじめ先生が作ってくださった漢詩です。
黒で文字を刺してその後色糸で飾りました。
ありがとうございます。