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夢幻鉄道Another story ぬるくて甘いコーヒー

「そんな事ねぇ、私は神様じゃないしわからないですよ」

「いや、私達は少しでも確率をあけたくて…」

「確率あげたければ、10個でも20個でも戻せはいいんですよ。でもね、倫理的にどう思います?それ。」

彼女は黙って悔しそうに頷く事しかできなかった。

ここは大学病院だ。
産婦人科で不妊治療をしているところだった。

僕らは夫婦は24歳で結婚したが、2年間子どもが出来なかった。

26歳になり不妊治療の病院で検査したら、二人とも子どもができにくい事がわかった。

不妊治療にはべらぼうな金額がかかる説明をうけたが、助成金もあるのでやってみようとなった。

今話していたのは、大学病院の先生だ。
30代後半だろうか?

随分と嫌な物言いをしてくる。

あそこまでズバズバこちらを傷つけてきて、最後には「ストレスためないようにしてくだいね、そういうのが妊娠には関わってくるから」と言ってくる始末。

【沈黙の待合室】

診察室を出てから会計までの間、僕らは一言も喋らなかった。

これは不妊治療の待合室独特の空気のせいだ。

この待合室では誰が絶望的な診断を受けているかわからないから、喜びの表現はもちろん世間話でさえしてはならない重さを感じる。

たまに二人目の不妊治療をしに、一人目の子どもを連れてくる人がいるが、その子以外は全員が無言なのだ。

(連れてくるなよ…)

その親子は悪くないと、わかってはいるが心によぎる言葉だ。

子供がほしい…

ここでは、いつそれが「叶わない夢」と知らされるかわからないのだ。

【パンダ公園】

何をどうしたらこんなに待たせるの?
と言う大学病院の会計を済ませ、僕らはノンカフェインの麦茶を買って公園にいった。

パンダのキコキコする乗り物がある公園だ。

正式名称は知らないが、僕等はバンダ公園って呼んでいた。

この公園はいつも子どもがいて賑やかだな。
一人の男の子が近づいてきて、なぜか「コーラ味のグミ」をくれた。

僕等はキョトンとしたがせっかくだからもらって食べた。
ありがとうと伝えると彼は「またね!」走っていった。

(かわいい子だなぁ、あんな子がうちに来てくれたらな)と思うが不妊治療中はそういった事にとてもデリケートなので、この気持ちは心にしまっておこう。

「ねぇ、私変なこと言ったかな?」

「いや、なんにも」

「だよね!なんで私あんな事言われなきゃいけないの?倫理的にってどういう事」

不妊治療とひとくちに言っても、いくつか種類があるのだ。

タイミング療法、人工授精、体外受精、顕微授精…

その中で僕らは「体外受精」を選択した。

体外受精と言うのは、精子と卵子を体の外で受精させたものを一度液体窒素で凍結させて後に、体を整えてから子宮に戻すという方法だ。

一度の採卵で作れる受精卵の数は様々で、通常は排卵は月に一回だが、採卵では排卵誘発剤を使うから複数採れる事もあるし、それでも一個も取れない人もいる。

幸い僕等は8個採れたのだ。

それから妊娠させるために体に戻すのだが、その時に戻す「受精卵の個数」と言うのは病院の考え方次第なのだ。

だが、通常は1個か2個で、2個戻すのことが多いから不妊治療では双子が生まれやすいと言われるのだ。

【うまく行った時かダメだった時】

僕は悲しみが混ざった怒りをあらわにしてる彼女に対してかける言葉「ほんとだよな」と「なんなんだよアイツは」しかなかった。

「だいたい、普通に言えばいいじゃん!病院の方針で一個しか戻せないなら、そういえばいいじゃん!なのになんで神様じゃないんだからわかんないとかいう言い方になるわけ??」

「ほんとだよな…」

「しかも、最後のあれ!ストレスためないようにしてくださいねって、お前がストレスだっつーの!!」

「なんなんだよ、アイツは!」

「あー、コーヒー飲みたい!!」

彼女は精一杯怒っているが、そのどこかに悔しさをひめていて、きっかけがあれば泣き崩れそうな感じもした。

僕にはそれを受け止める自信がなかったから精一杯茶化すしかなかった。

「そういえば、あの病院一階おしゃれカフェだったね」

「そう!あれ地獄!!」

「あはは、君甘いコーヒー好きだもんね」

「なんで病院にカフェがあるの?こっちはカフェイン制限してるってのに…」

「糖尿病とかの人とかもキツそうだよね」

不妊治療中はなるべくカフェインの摂取を控える必要があるから、コーヒーが好きな人は大変だろう。カフェインレスコーヒーなんてのも売っているくらいだ。

「そうだよー、なんで病院にあんな素敵なお店あるんだよー、絶対に不妊治療成功させて、たっかーいコーヒーにミルクたっぷり入れたやつ飲んでやる!!」

「あはは。でも、成功したら授乳期間も飲めないから3年くらい飲めないんじゃない??」

彼女はホットコーヒーに砂糖と冷たい牛乳を入れたぬるくて甘いコーヒーを好んでいた。

僕には、その良さがよくわからなかったが彼女は、今度そのぬるいコーヒー牛乳を飲むのは、全部うまくいった時か、全部ダメだった時だと言ってた。

【白い牛と黒い牛】

パンダ公園でしばらく話し込んでいた。

僕はベンチで彼女と他愛もない話をしていた。

「小さい頃、黒い牛からコーヒーが出て、白い牛から牛乳が出て、ホルスタインからコーヒー牛乳出てくると思ってたさ」

「あはっ、かわいいねその考え方」

「おもしろいでしょ?子ども生まれたら、逆にそうやって教えるわ」

「やめなよ!友達にバカにされるよ」

「そういえば、小2の時にさぁ、友達でスイカとトマト逆に教えられてたやついたよ」

「え?うそ、どうなったの?」

「みんなでバカにしたよ!」

「えー、かわいそー」

「いや、でも1番ショック受けてたのか、そいつの兄ちゃんでさ。俺達がそいつバカにしてたら、小6の兄ちゃんが一言…… 違うの?って、もう大爆笑だったよ」

そんなくだらない話をして気を紛らわせていた。

グミをくれた子がパンダの乗り物で揺れてるのが見えた。

【突き付けられた結果】

どうぞお入りください

看護師の声で診察室に呼ばれるなり、またあの嫌な先生がいる。

「あー、今回は残念でしたね。まぁ、こういうのは確率だからね。だいたい普通の健康な人でも成功率は3割くらいだから。一回失敗したくらいで落ち込まないでね。そういうもんだから」

あっけらかんと、さも当然の結果でしたといわんばかりの投げやりな態度だ。

僕等はダメだったことだけが脳裏に焼き付いた。

かなりのお金と時間を使い、体にも気を使いながら数カ月間頑張ったが、ダメでしたの一言で全てが終わった。

子どもが欲しいだけで、どうしてこんなに苦しい思いをしなきゃいけないんだろう?

子どもって、もっと簡単にできるもんじゃないの??

虐待されるくらいならうちに来てくれよ。

流れ星に願いをかけたい気分だ。
星の出来心でいいから、この願いを叶えてくれないかな。

色んな感情があったが辛く苦しい事しか覚えていない。
泣いている彼女に僕はこう言った。

「コーヒー飲みに行こつか?」

「うん…」

「高いやつにミルクいっぱい入れにいこ」

「うん…」

僕等はコーヒーをテイクアウトして、パンダ公園で無言で飲んでいた。

あぁ、あの子がまたいるや。

彼女は甘くてぬるいコーヒーを飲みながらこう言った

「全部だめだったね」

【夢幻鉄道】

目が覚めた…
あぁ、激し目の二日酔いだ。
しかし、ずいぶん昔の夢を見たな。
もう10年以上経つのに…

昨日は渋谷で飲んでたんだっけな、ちゃんと電車で帰ってきたんだ。

「おはよー。起きた?ちょっと牛乳買ってきて欲しいんだけど」

「はいはい、いくよー」
ここはどんなに二日酔いがツラくても二つ返事でYESと答えなきゃいけないところだ。

ここでリアクションを間違えるとしばらく飲みにいけなくなっちゃうからな。

「晴太もいくか?お菓子買ってやるよ」

「いくー」

晴太は6年にも及ぶ不妊治療の末に生まれた子で、今もう8歳になる。

「ちょっと公園で遊んできたら?」

牛乳のおつかいと言い、子どもを公園に連れて行けとは、二日酔いに相当キツイぞ。

まぁ、わかってて言ってきてるんだろうけど…。

先に公園に言って晴太と少し遊んでからベンチで話した。

「そういえば、昨日は何して遊んだの?」

「なんかねーカッコいい汽車に乗って、パンダのいる公園にいった」

「汽車?電車のこと?上野動物園にでもいったのか??遠足の日じゃないよな」

「ううん、夜の話だよ」

「…??ふーん、そうなんだ」

不思議な話をするなぁと思いながら、羽織っていたジャケットのポケットに手を入れた。

「あっ!」

ポケットから「渋谷フリーコーヒー」と書かれたインスタントコーヒーが出てきた。

「なんだっけ?これ?」

「お父さんなにそれ?」

「あぁ、コーヒーかな?昨日、渋谷でもらったんだよ」

「コーヒー?じゃあ、お母さん喜ぶね!」

「そうだな、お母さんコーヒーに牛乳入れて飲むの好きだからな。あ、そういえば知ってる??黒い牛からコーヒーが出てきて、白い牛から…」

「それ、聞いたよ!!」

「あれ?言ったっけ?
まぁいいや、牛乳買って帰ろう、母さん待ってるよ」

「俺のお菓子もね」

【ぬるくて甘いコーヒーを飲む時】

「ただいまー、これ昨日渋谷でもらったコーヒーあるんだ、牛乳も買ってきたし飲もうよ」

「え、誰にもらったの?」

「もらったはず…あれ?誰にもらったんだっけ?おごってもらった気もするなぁ。」

「なにそれ?大丈夫?」

「ごめん、酔っててて覚えてないけど、まぁいいじゃん」

「どこの豆だろ…ラオス?へぇー美味しいのかな」

僕はキッチンへ向かい、お湯を沸かしてコーヒーを淹れた。

「僕はブラックで飲むけど君は??」

「砂糖と牛乳!」

「ですよね…」

「晴太ー、これお母さんに持っていって!こぼすなよ!」

晴太はさっき買ったばかりの、食べかけのお菓子の袋を僕に渡して来た

「お父さんにも、お菓子1個上げるよ」

そう言ってぬるくて甘いコーヒーを、こぼしそうになりなから、お母さんに持っていって、無事たどり着いた晴太は一言こう言った。

「全部うまくいったね」

僕は笑みを浮かべながら、もらったお菓子を口に運んだのだ。

コーラ味のグミだった。


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