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ありがとうと言わなかった日
言えたのに言わなかった"ありがとう"の話。
本来なら、私たち親子は5月からフィリピンへ1年間の親子留学に行く予定でした。しかし、コロナの影響で延期になりました。
でも、今の家は出る契約だったので、引っ越しに伴い子ども達は5月で転校します。
通っていた学校では、上の子が1年間吹奏楽クラブに所属していました。
先日、最後の書類を受け取りに小学校へ行った時、吹奏楽顧問の先生を視界の隅に見つけたのですが「今までありがとうございました。」の一言が言えなかったんです。
正確には、言わなかったのかもしれません。
あなたに相談してません
以前、フィリピン行きを伝えた時に、その先生にあからさまに引き留められました。
一見喜ばしいことのようですが、わたしの中では結構大きな衝撃でした。
もちろん「彼はこんなに素晴らしいのに行ってしまうなんて残念」という内容も言葉にしてくれたのですが、その話の最中も笑顔ひとつなく、しかも、もう決めてこれから張り切って旅立とうとしている親に向かって「今じゃなきゃダメなんですか?この1年ってものすごく大事なんですよ!?」と真顔で宣うのです。
あなたに相談してないんですけど。報告なんですけど。ていうか、あなたとちゃんと話すの初めてだし。
と、その時思えれば良かったのですが、もう本当に気の小さいわたしとしてはなんとも言えない心地よくない ”圧” だけを感じてモヤモヤと帰ってきたのでした。
今思い出しても、これだけ筆が進むということは相当根に持ってますね。笑
後悔と自責の念を選んだ
でも、しかし、あるまじきことに、わたしらしからぬ行為なんです。
「ありがとうございました」の一言さえ言わないなんて。
職場の最終出勤日とか、習い事を辞める挨拶とか、本当に苦手で仕方ないけど、感謝の気持ちはたくさんあるし、他にも「体裁」「ちゃんとした人」「自己イメージ」というものを守るために、苦手とか乗り越えて頑張ってやってきました。そして、だいたいは(言ってよかった!)と思えるのです。その成功体験と快感も覚えているのに。
視界に入った瞬間に、一歩左に踏み出して、顔を上げて、目が合えば、「あ、先生!1年間ありがとうございました。」と言えたかな。
でも実際には、視界に入った瞬間にピントを自動的にぼやけさせて、大きく右に逸れながら、顔を伏せ気味に通り抜けてしまったんです。反射的だったと思う。
頭では「言っとけば?」とか「とはいえ、やる人でしょ?あなたは。」という声も聞こえました。
でもね、あの瞬間、後悔と自責の念を覚悟してでも、声をかけない選択をした自分がいました。
あるまじき行為をした理由
ここまで書いて分かった理由が2つ。
①挑戦に対してネガティブ要素でマウントしてくる人から逃げたい。(自分の親がそうだった。基本相談しなかったし事後報告ばっかり。家買ったこともまだ言ってないレベル。)
②たまに悪い人になってみたり、意地悪をして自分は良い人間だという慢心を回避する時がある。(ずっと良い人だと脳が偏る感覚があるから。)
以上です。
壮大な言い訳
そんな訳で、運悪くこの先生はわたしのこの2つの理由が稼働してしまう結節点になってしまったということです。
こうすべきだと分かっていても、出来ない時もあるし、身を持ってその出来ない心境を知ることは大切です。
相手にも、こちらが知り得ない生い立ちから生じた、頭では制御できない身体的反応があったのかもしれない、と想像できることもあります。
いつでも"正しいこと"をやって完璧な人間よりも、躊躇したり後悔したり、それで次はやってみたりして、色んな気持ちを体験から理解できる人になりたいなと思うし、子ども達にもそんな経験をたくさんして欲しいと願います。
人を許せるためにも!
本当に大事な場面を見逃さないためにも!
という、壮大な言い訳を読んでくれてありがとうございます。
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