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ウズベキスタン旅行記 #15:さよならウズベキスタン

2019年に訪問したウズベキスタンの旅行記です。


ビビハニム・モスク

ひとつ書き損ねていたが、最終日の前日にはビビハニム・モスク(ビービー・ハーヌム・モスク)も訪問していた。

ビビハニム・モスクは入口の外壁が167mもあり、その巨大さに圧倒される。
夕方に訪問すると、既に閉館間際だったためか人はほぼいない状態だった。

独り占め状態だったが、中は薄暗く、美しさとともに少し怖さを感じさせる場所だった。灯りがある現代でそう感じるのだから、建設当時はもっと怖かったのかもしれない。もちろん慣れの問題はあるだろうが。

サマルカンドの宿

いよいよウズベキスタン最終日を迎えた。
11月頭ということもあり朝晩はやや冷えるのだが、それでも宿の中庭にあるテラス席で朝食を食べた。この場所がとても気に入ったからだ。

レギスタン広場から近いという理由で選んだ宿だったが、オーナーは親切だし、部屋もきれいで本当に良い宿だった。人懐こくてかわいい猫がいるのもポイントが高い。

客がいようがいなかろうが猫はお構いなしだ。

最終日も猫は部屋に遊びに来てくれた。ベッドでごろごろする猫に名残惜しさを感じつつ、いよいよサマルカンドを去る時間になった。

お気に入りのテラス席。ここで日本人三人組と出会って一緒にサマルカンド珍道中をしたり、はたまた一人でのんびりと休んだり、タジキスタンから来た観光客や、宿のオーナーとお茶を飲みながら会話を交わした。またサマルカンドに来る日があれば、ここに泊まりたいと思う。

オーナーは最終日もシェアタクシー乗り場まで送ってくれた。
オーナーいわく、ウズベキスタンは10年前くらいまでは治安があまり良くなく、ジプシーも多ければカメラの盗難もよくあったらしい。そこで政府が取り締まりを強化すべく、警察官のパトロールを増やし、盗難に対しても罰則を重くしたことで今のように安全になったそうだ。確かに、ウズベキスタン滞在中怖い思いをすることは全く無かった。

シェアタクシー乗り場につくと、オーナーは運転手と交渉もしてくれた。英語での交渉が難しいことが多いため、これは本当にありがたかった。
親切なオーナーとはここでお別れ。
本当にありがとう、ラフマット!

サマルカンドからタシケントへ

さて、ここからはシェアタクシー耐久レースである。
この日の座席は運良く助手席で、後部座席は母親と子ども2人が乗っていた。サマルカンドから首都タシケントまでは4時間の道のりだ。

タクシーはひたすらに素朴な風景の中を走り続けた。砂のフィルターがかかったような景色。そのわりに日差しは強く、助手席のアシストグリップにストールをかけてなんとか直射日光をしのいだ。ストールの重要性を人生で一番感じたのはこの時かもしれない。おかげさまでこれ以降の旅では必ずストールを持っていくようになった。

タクシーは、予定よりも早めにタシケントに着いた。
しかし、オーナーが交渉した金額を思い出しつつ支払うと、なぜか運転手のおっちゃんが渋い表情でなにか文句を言い始めた。オーナーの交渉を無視してぼったくられているとしているのか?? 言葉が通じないため何を訴えているかも分からず、とにかく指定の金額以上は払ったのだと強引に降りようとすると、なおもおっちゃんは怒ったような顔で何かを訴え、引き留めようとしてきた。なぜ?!

ここに来て想定外のトラブルに困っていると、同乗していた小学生くらいの女の子が突然「私、英語話せるよ」と助け舟を出してくれた。一瞬にして彼女が女神にみえる。女の子はおっちゃんの訴えを聞き、私にこう説明した。

「お釣りの用意が無いから、お釣りが払えないんだ。って」

そんなことを訴えている顔には見えなかったよ!!
怒っているように見えて、内容はあまりにも些末なことだった。そんなことで引き留めようとしていたのね。お釣りなんていらないよ、おっちゃん。
「お釣りはいらないよ」と女の子に通訳してもらいおっちゃんに伝わると、一瞬にしておっちゃんの表情がパッと明るい笑顔になった。握手を交わし、無事に和解である。
女の子にたくさんの感謝を述べ、ようやくタシケントに降り立った。

疲労困憊タシケント

無事に着いたものの、問題はずしりと重いバックパックの存在であった。
各地で皿やらたくさんのスザニを買いまくった結果、バックパックはかなりの重さになっていたのだ。あと数時間の滞在とはいえ、これをどこかに預けられないとかなり辛い。

まずはタシケント空港でコインロッカーを探したが、なんとこの空港にはコインロッカーどころか預けられる場所が一切無かった。空港ならば当たり前にあるものと思っていたが、カルチャーショックである。

次に、近くのメインステーションでも預けられる場所が無いかを聞くことにした。
窓口のお姉さんに聞くと、最終日にしてウズベキスタン旅No.1の塩対応を食らった。もとより重たいバックパックが更に重く感じる。別の場所でもgoogle翻訳で「荷物を預けたい」を翻訳した内容を見せてまわったが、係のおじさんにgoogle翻訳で「ここには無いんだ、ごめんね」と言われてしまった。終わった…。

どうにもならないので、出国までの数時間をバックパックと共に過ごすことにした。その事実が悲しくて、顔に出ていたのだろうか。ショボショボと歩いていると、優しそうな警察官に「どうしたの! 何か困っている?」と声をかけられる始末だった。いやはや治安が良い。

2019年当時は幸い首都タシケントでのみYandexタクシー(ウズベキスタン版のUber)が使えたため、ここからはYandexタクシーをフル活用で移動した。

とはいえ重いものは重いし気が滅入る。気が滅入りすぎて、最後のウズベキスタンでの食事はデパートのフードコートでウェンディーズを食べていた。冒険心とか、考える気力が失われていたのだろう。温かい食事と、店員のお兄さんが「コンニチワ!」と日本語で対応してくれたことで、少しだけ気持ちが回復した。

少し回復したところで、お土産をデパートで買うことにした。レストランで飲めなかったタルフーンと、プロフの缶詰などを買う。どれも重い上に、タルフーンは速攻で割れたため、持ち帰ることができなかった。悲しすぎる。

デパートにはスーパー以外にもさまざまな店舗があった。
日本では31アイスクリームとしてお馴染みのバスキン・ロビンスも。ここには知らないキャラクターの、めちゃくちゃ立体的に見える平面の看板があって少し怖かった。いま、写真で見てもやはり立体に見える…。
(詳しい友人いわく、スプーンをモチーフにした古いBRのキャラクターだそうだ)

ハロウィンは過ぎていたが、ハロウィンを感じるスイーツも売られていた。食べてみればよかったな。

デパートの名は、サマルカンド・ダルヴァザ(Samarqand Darvoza)。他にもコスメやゲームセンターなどがあったが、とにかく重荷の疲労に負けて全然写真を撮らなかった。惜しいことをした。

Yandexタクシーで再び空港へ戻る。いよいよ、10日間のウズベキスタン旅行の終わりが近い。

さよならウズベキスタン

空港の入口にあった謎のパッキングサービスを利用したところ、ぐるぐる巻の見事なミイラ状態になった。帰路は機内持ち込みをせずに預け入れをするつもりだったので、ここまで巻かれていればたぶん安心だろう。

スーパーで購入したタルフーンは飲む前に割れたため、空港で売られていたタルフーンを購入した。タルフーンはこの地域特有のソフトドリンク。見た目からアブサン(薬草酒)のような味を想像していたが、薬草っぽさは匂いだけで、味は甘酸っぱいメロンソーダのような飲みものだった。日本でも流行るポテンシャルはありそう。

タシケント空港の出国前エリアは閑散としており、店もまばらであった。ローカルらしいハンバーガーショップはあったが、夜だからか既に閉まっていた。ちょっと気になる。

待ち合いスペースにはなぜかVRの体験コーナーもあった。なぜVR? 2019年当時なのでまぁまぁ最先端感はあったが、なぜウズベキスタンの、しかも空港なのか。

ちんまりとしたお土産屋さんに寄ると、ウズベキスタン産のウォッカを発見した。造形が美しい! ギリギリまで悩み、結局買ってしまった。最後の最後でまた重いものを…。

時刻は23:30。いよいよ出発の時となった。
10日間の一人旅、しかもはじめての中央アジア旅ということで行く前は親にも心配されるし、自身も半分不安な部分があったが、行く先々はいずれも安全で、念願のレギスタン広場をはじめたくさんの美しいものを見ることができた旅となった。

ヒヴァは素朴で穏やかで、不思議な世界に迷い込んだような場所だった。
ブハラは歴史を感じる街並で、散歩だけで終始ワクワクできる場所だった。
サマルカンドは歴史だけでなく、ウズベキスタンの人々の明るさや賑やかさも感じられる場所だった。
欲張って3都市を巡る旅にしたが、これで正解だったと思う。

着陸時の乗客の拍手に名残惜しさを感じながら、はじめてのウズベキスタン旅を無事に終えた。


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