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金の籠 16

 港の場所はすぐにわかった。赤かった通路が唐突にオレンジの敷物に切り替わった。
 その先へ駆けこもうとした依子を、通路の脇に立っていた銀色の服を着た異形がそっと押しとどめた。その様子からして、どうやら警備員のようだ。
 何度も警備員の手をすり抜けようとしたが無駄だった。

「この先に人間がいるでしょう? そこへ行きたいだけなの!」

 異形が人間の言葉を理解してくれるわけもなく、依子はオレンジの通路から追い出されつづけた。

 依子は少し離れたベンチによじ登ると、膝を抱えてオレンジの通路を観察した。その先へ進む異形は皆、手に持った小さな金属の板を警備員に見せている。

 異形でさえ許可なく立ち入れないところなのだ。けれど雷三なら何とか隙を見て入りこんだかもしれない。依子は注意深く観察を続けた。

 しばらくしてお腹がすいてきた頃、警備員が交代するところを見ることができた。
 銀色の制服を着た異形が近くの扉から出てきて、ずっと立っていた警備員と短く会話して立ち番を代わった。今まで立っていた異形はそばの扉に向かう。
 依子はベンチから飛びおりると全力で走り扉が閉まる直前に部屋の中にすべりこんだ。

 そこは白い石がむきだしの狭い部屋だった。高いテーブルと椅子が二つ、それと衣服であろう布がかけてあるポールが立っている。部屋にあるのはそれだけだ。

 異形にとっては粗末な部屋なのかもしれない。依子は異形に気付かれる前にテーブルの脚の陰に隠れた。
 警備の異形は着ていた銀色の服を脱ぐと、ポールに引っかけてある布をまとった。入ってきたのとは反対の壁に触れると、壁に丸い穴が開く。
 異形が部屋から出ていくのに合わせて依子も飛び出し扉をくぐった。

 失敗した!
 思わず息を飲んだ。そこにはたくさんの異形がいた。

 広い部屋にいくつものテーブル、異形はそこで何かを食べている。ほとんどの異形が銀色の服を着ている。職員食堂のようだった。

 依子に気付いた一人の異形が依子を指差した。警備をしていた異形が目を下ろし、依子を捕まえ胸に抱いた。依子は大人しくされるがままにした。
 これでまた保護区へ戻されるのだな、と考えていると警備員は依子を抱いたままテーブルにつき、配膳された食事を食べ始めた。

 依子はテーブルに両手を置いて異形が食べているものを観察した。どろりとして生臭い灰色のもの。異形は手のひらの水かきで器用にすくって口に運んでいる。目を細めて嬉しそうにしているということは、この食事は美味しいのだろう。 
 けれど依子はその見た目と臭いで、その食べ物を口に入れてみる勇気は少しも湧いてこなかった。

 異形は食事が終わると片手で依子を抱き片手で食器を持ってかたづけ、部屋の中に四つある扉のうちの一つに入った。
 扉の向こうはただ白い壁と天井があるだけの通路が続いている。依子は殴られてむりやり歌わされた劇場の廊下を思い出し、背中に冷たいものが走るのを感じた。

 異形はドアも窓もないその通路を進み、目印も何もないところで立ち止まり、壁に手を当てて丸い扉を開けた。

「雷三!」

「依子?」

 その部屋には無数の金の籠が置いてあった。その中の一つに雷三は入れられていた。けれど籠の入り口は開かれて、雷三はそこから這い出してきた。

「どうしたの、雷三、どこか痛いの!?」

 異形が依子を床に下ろすと、依子は雷三に駆け寄って体中をぺたぺたと触って確かめた。

「くすぐったいよ、依子」

 身をよじる雷三の右足には白い布が包帯のように巻かれている。

「怪我したの!? 大丈夫!?」

「大丈夫。ちょっと足が壊れただけ」

「壊れたって……。まさか骨が折れたの!?」

「ああ、ほねがおれたって言うのか。うん、多分そうかな。でももう治ったよ」

 依子は雷三をぎゅっと抱きしめた。

「痛かったでしょう、ごめんね雷三。雷三が大変な時に私は探しにも来ないで……」

 雷三は依子の手を取りぎゅっと握ると、依子の鼻に自分の鼻をくっつけた。

「俺こそごめん、依子を一人にして」

 依子の顔がみるみる真っ赤になる。あわてて雷三から顔を離すと依子は雷三の脚に巻いてある白い布に触れた。

「これ、どうしたの?」

「異形がしてくれた。薬も塗ってくれて足はすぐ治ったよ。もう歩けるんだけど、異形がまだ寝てろって言うんだ」

 異形を振り返ると、目を細めて二人を見つめている。依子がお辞儀すると、異形も真似してお辞儀を返してくれた。
 近づいて来て雷三を抱え上げて立たせる。雷三はその場で足踏みして見せた。異形は雷三の足の白い布を取り去ると、壁に近づき扉を開けてくれた。

「行こう、依子」

 二人は異形に先導されて通路を歩く。異形は時々ふり返り二人がちゃんと付いて来ているか確認した。

 いくつかの扉をくぐって異形に案内されてきた場所は、一面を透明な壁で囲まれた部屋だった。
 その壁の向こうには何台もの飛行物体が並んでいて、その中に異形が出入りしているのが見えた。

「あ、あれ!」

 雷三が指差した先、黒い球状のものはふわりと空に浮かんだ。そのまま高く上がって行き、遠くへ飛んでいく。
 二人は壁に手を付いて黒いものを観察し続けた。
 人が乗りこんだら飛んで行き、飛んできて地上についたら人が降りる。人が降りてしまうと、他の部分が開き、そこから大量の荷物が吐き出された。
 見ていると人が乗りこむ前に荷物が積みこまれていることもわかった。

「地球の空港とおんなじ」

「くうこう?」

 雷三の疑問には気付かずに、依子は独り言をつぶやきつづけた。

「でもミドリはここを『みなと』って言ったわ。空港ではなくて。もしかしたら……」

 表情を引き締めた依子は雷三の目をしっかりと見る。

「私たち、地球に帰れるかもしれない」

#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門


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