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金の籠 18

 いつのまにか、うとうとと眠っていた。目を覚ましたのは、床が小さく揺れたからだった。
 依子は雷三の腕の中から身を起こすと真っ暗な中に目を凝らした。いくらそうしていても船倉の中は真の闇で目に入る影もない。

 突然ふわりと浮遊感がやってきた。それから急激に降下が始まった。金の籠はころころと転がる。

「依子!」

 雷三が依子を抱きしめ金の紐にすがりつく。依子も手を伸ばし籠に触れようとした。床が何度かバウンドして金の紐をつかめないまま、依子は雷三にすがりついた。

 暴れ回っていた籠が不意に安定した。急降下していた宇宙船は速度をゆるめ、ゆるやかに着地したようだった。急に静かになった船倉で二人は緊張して身を硬くした。

 籠の中に光がさし込んできた。貨物室の扉が開けられたのだ。
 ぐらりと揺れて袋が持ち上げられた。籠にしがみついていると、袋は地面に置かれたようで静かになった。
 袋の口が大きく広げられる。二人は出来るだけ籠の中で小さく縮まった。

 異形が、袋から籠を取り出して地面に置く。一つ、二つと放り出すように籠を下ろしていく。
 三つ目の籠を取り出した。地面に置き、しばらく三つめの籠を見つめてから、異形が「ギイ!」と叫んだ。細い目を丸く開いて籠の中の依子と雷三を見つめている。

「走れ!」

 依子の手をつかみ雷三が籠から駆け出す。依子も全力で走って逃げる。
 異形はぽかんとしたまま森の中に消えていく二人を、ただ見ていた。

 どれくらい走ったのか、依子の膝から力が抜け地面に崩れ落ちた。雷三も息を切らし依子の隣に座りこむ。しばらく二人は無言でぜいぜいと息をしていた。

 依子は地面についた手を握る。よく茂った苔が依子の手の中で柔らかく丸まる。
 周りを見渡す。杉や松の姿が見える。
 空を見上げる。針葉樹の隙間から見える空は真っ青だった。

「……空だわ」

 雷三も空を見上げていた。二人はいつまでも空を見上げていた。

 空は青から赤に染まった。夕焼けだ。依子の目から涙がこぼれた。こんなに美しい夕焼けは見たことがなかった。
 雷三は空に向かって高く高く両手を掲げた。二人は胸いっぱいに森の空気を吸い込み、空を見つめ続けた。

 二人が見上げている空に月が昇ってきた時、依子はぽつりと呟いた。

「戻りましょう」

「依子?」

「あの異形は人間を捕まえに来たのよ。放っておいたら、また人間があの星へ連れて行かれてしまう」

 雷三はじっと依子の目を見つめる。

「助けたいんだね」

 依子は力強くうなずいた。

 わずかな月明かりを頼りに、二人は来た道を戻る。
 夢中で走っていた依子にはどこをどう通ってきたのか全く見当もつかなかった。けれど雷三は足元の苔に目を近づけ、樹間からさすわずかな月の光で自分たちの足跡を見つけてはそちらに向かって歩いていく。
 月が沈み真っ暗になった頃、宇宙船が停まっている空き地にたどりついた。

 二人は星明りを頼りに木陰から空き地の様子をうかがう。金の籠は置かれたままで、異形の姿が消えていた。地面に何本かの金の紐が散らかっている。

「雷三、あの紐で異形を捕まえられないかしら」

「どうだろう。あの紐、触っただけで人間を捕まえるみたいだけど」

「私達は触れないわね」

「他のものでためしてみようか」

 雷三は太い木の枝を探してきて金の紐の上に放り投げた。紐は動かない。雷三は木の枝で金の紐を引きずってきて、森の中に運んだ。
 五本あった紐を等間隔に広げ、すべて木と木の間にまっすぐに張る。紐が並んだ様子は金色の横断歩道のように見えた。

「どうするの?」

「異形をここにおびき寄せる。もしこの紐が生き物に自然に絡まるなら、異形も捕まえられるかもしれない。異形の子どもたちはこの紐で縛りつけられていたんだから」

 依子と雷三は紐に触れないように気をつけて木の下で異形を待った。

 空が白んできた夜明けごろ、異形が金の紐でぐるぐる巻きにした人間を三人抱えて戻ってきた。

 異形が三人を地面に下ろしたのを確認してから、雷三が木の陰から飛び出す。続いて依子も飛び出し、人間に向かって走る。
 異形はしばし驚き戸惑っていたが、立ち上がると雷三に向かって手を伸ばした。雷三は間一髪でよける。

「依子、行くぞ!」

 雷三が叫んで森へ駆け戻る。依子も遅れて駆けだす。
 異形は二人のあとを追って森に向かってきた。雷三が依子の手を握り金の紐を飛び越え森の奥に走る。追ってきた異形はそのまま森に足を踏み入れた。

「キイ!」

 小さな叫び声に二人が振り向くと、異形の脚に金の紐が巻きついていた。バランスを崩した異形が膝をつく。ドシンと大きな音がした。
 地面についた異形の手にも金の紐は巻きつく。金の紐は次々と異形の体に絡み付き動きを止めていく。異形が地面に倒れ込み、森が揺れるほどの衝撃が起きた。

 どこか近くで鳥が飛び立つ音と、するどい鳴き声が聞こえた。異形は膝下、両腕と胴まわり、首に巻きついている金の紐に自由を奪われた。
 雷三は残りの二本を木の枝で引きずり、あちらこちらと動かして、もがいている異形の手首を縛りつけ動かせないようにすることに成功した。

「ギイギー! キー!」

 異形が低い声で二人に向かって何か叫んでいる。雷三はそれを無視して宇宙船のそばに近寄り、連れて来られた三人の呼吸を確かめた。

「大丈夫、生きてる」

 依子はほっと胸をなでおろした。

 三人は皆白い肌をしていた。一人は男性、一人は女性、中の一人は小さな赤ん坊で、赤ん坊はすぐに目を覚まし、大声で泣きだした。
 依子は赤ん坊を抱き上げ揺すってみたが泣きやまない。金の紐はいくら引っ張っても外れない。雷三は宇宙船の中を調べて刃物が無いか確認したが、なにも見つからなかった。

「異形の手で外すことは出来ないかしら」

 依子のつぶやきに雷三が首をかしげる。

「どうやって?」

「紐の端を異形の指に引っかけるの。そうしておいて、この人たちを引っぱったら解けないかしら」

「やってみよう」

 二人は力強くうなずいた。

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