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溝口智子
2024年6月8日 23:07
大基の部屋を引き継いで、さゆみは暮らしてきた。大基がいた時そのままの家具、そのままの食器、そのままの衣服。大基がいつ戻って来てもいいように、ずっと変えることなく、待ち続けていた。 けれど、もう必要ない。大基は帰って来たけれど、さゆみとは違う世界に行ってしまった。この部屋を引き払う決心がやっとついた。「さゆみ、梱包が終わったものから運び出すから、こっちに出してくれ」 部屋の片づけに、斗
2024年6月8日 22:59
小奇麗なマンションのガラス扉の前に立ち、オートロックのインターホンを鳴らす。 ぴーんぽーん。 チャイム音に応答はない。 ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。 八回目のボタンを押そうとした時、エレベーターのドアが開き高坂百合子が降りてきた。慌てるでもなく、いぶかしむでもない。 微笑んでいる。静かに歩いてくる。 自動でガラス扉が開く
2024年6月8日 22:58
描きかけの百合子の絵を見る。 男性の背中。と言うには、あまりに幼く細い。高校生、いや、中学生と言っても通用するのではないだろうか。自分の背中は、こんなにも幼いのだろうか? 大基は、百合子の絵を見て、首をひねる。「大ちゃん、お待たせ。出来ました。召し上がれ」 百合子がテーブルに手料理を所狭しと並べて、声をかけた。「あ、はい、すみません」 大基の言葉を、百合子はくすくすと笑う。
2024年6月8日 22:57
画家と百合子と大基。三人で囲む奇妙な食卓は、まるでいびつな家族のようだった。 楽しそうにはしゃぐ画家と、微笑み相槌をうつ百合子は夫婦のようにも父娘のようにも見えた。ただ黙々と箸を口へ運ぶ大基は二人の息子か、あるいは弟のようであったかもしれない。 食後の片づけを手伝おうとすると、百合子はやんわり断った。「炊事も私のお仕事なの。これから作り置きの食事も作るから、ちょっと時間がかかるけど、大
2024年6月8日 22:56
百合子の住まいは高級そうなマンションだった。大基のアパートとは比べ物にならない。オートロックのガラス扉をくぐると、エントランスには来客との接見用だろう、座り心地の良さそうなソファとローテーブルが置いてある。掃除も行き届いていて、床には塵一つなくピカピカに輝いている。 間接照明でいつまで乗っていても苦にならなそうな、居心地の良いエレベーターで三階に上がる。通路にはドアが三つしかない。「ほんと