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覗き穴(ショートショート)

 通勤路の途中に、家の中が覗き見える家がある。古い塀の模様に、隙間があるのだ。そこからうまい具合に、その家の団欒の間が、大きな窓ガラスから見えてしまう。

 小太りのオヤジが寝転がりながら尻を掻いたり、子どもたちが喧嘩したり、それを母親が叱ったり、おばあちゃんが食事中にこっくりこっくり船を漕いでいたり、猫が犬のえさにちょっかいを出していたり、と、けっこうな大家族のその家は、俺に生活を惜しげもなく見せてくれる。

 一日に二回、仕事の行き帰りに、塀の隙間からその家族の団欒を覗き見るのが俺の密かな楽しみだった。

 そうしているうちに、俺はだんだん彼らに親近感をもつようになった。その家の人々が、ごく親しい友人のように感じられた。たまたま近所のスーパーで、その家の誰かと会ったりすると、ついうっかり挨拶をしてしまいそうになるほどだ。もちろん、向こうは俺に覗かれているなんて夢にも思っていないのだが。

 そんなある日、家に町内会のお祭りのお知らせが入ってきた。俺はこれまで、そういったものには一切関わらないようにしてきた。だが今回は、自分からボランティアスタッフをかってでた。なぜなら実行委員の中に、あの家族の名前があったからだ。この機会に、あの家の人間と言葉がかわせるかもしれない。彼らのことをまるで古い友人のようによく知っている俺は、ぜひ直接に言葉をかわしてみたくなっていたのだ。

 

 お祭り会場に行くと、案外多くの人間が参加していた。そこかしこから、「初めまして。今回初めての参加となりますので、よろしくお願いします」という声が聞こえてくる。俺も早速、あの家のオヤジを見つけ、話しかけてみた。オヤジは愛想良く俺に、「ボランティアをお引き受けくださり、ありがとうございます」などと言っている。俺は、「初めまして、よろしくお願いします。俺はあなたが、どの下着のとき尻がかゆくなるかまで知ってます」という言葉をこらえねばならなかった。

 ところでボランティアの中に一人、俺に特に積極的に話しかけてくる男がいた。にやにや笑いをうかべているそいつを、正直俺はなんとなく気に入らなかったのだが、上辺では普通に接していた。

 お祭りは成功に終わり、あの家のオヤジと言葉をかわすことができたので、俺も満足だった。その男のことを除けば。

 

 その後、俺はますますあの家を覗くのが楽しみになった。家の中でささいないさかいがあった日のあとなど、俺は人知れず彼らに優しい気持ちになったりした。

 ところであの、お祭りのときに俺に話しかけてきた男も、その後近所でよく見かけるようになった。するとやっぱりあのにやにや笑いを浮かべて、こちらを見ているような気がするのだ。特に妻とケンカをした翌日など……。

                       

                         了

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