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【創作大賞2023応募作】キャンセルカルチャー大作戦 〜「00(ゼロゼロ)八百」はハラスの番号

第1話「パワハラおやじの復讐」


私の名前はメント。ハラース・メント。

人権侵害しほうだいのライセンスを持つ秘密機関の男だ。

キャンセルカルチャーで「差別だハラスメントだ」と不当に指弾されて社会から抹消された者たちの恨みをハラースために働いている。

今日も今日とて、無実の「パワハラ上司」を追い出して溜飲を下げる女たちに復讐するためにやってきた。

(1)


ここは小さな旅行代理店。某テレビ局が天下り用に作った子会社の1つである。

会社が入っている雑居ビル横の路地裏で、女社員2人がタバコをすっている。

昼休みが終わったばかりだが、彼女たちの「タバコ休憩」は、この日もう5回目だった。

「はあー、たるいたるい」

と青いマニキュアをした太った女が言った。

「仕事たるい。なんで仕事とかあるんだあ」

と短いスカートから筋張った脚を出した瘦せぎすの女が言った。

「太ったとか痩せたとか、小説のすべての描写はルッキズムだからね。ムカつく」

と太った女が空に煙を吐き出しながら言った。

ビルのはざまの路地とはいえ、ときおり人の通行はある。2人のせいで周囲に発がん性の煙が拡散しているが、女が睨みつけるので通行人は目を伏せて足早に通り過ぎる。

「上司ムカつくー」

と太った女が言うと、

「ムカつくー」

と痩せた女が応じる。

「あいつチビでハゲの中年のくせに生意気よねー。上司のくせに仕事しろとか言う。きっとミソジニーよねー。弱者に寄り添わない虐待者よねー。左翼新聞と国連のほうから来た人にボコボコにされろー」

「そうよねー、いかにも差別しそうよねー。生まれついてのセクハラパワハラおやじよねー」

「そうねー」

太った女が2本目のタバコに火をつけて言った。

「まあ前のハゲがパワハラ告発されて自殺したからねー。今度のコメダ部長、最初はおとなしかったけど、最近ちょっと生意気よね」

「また、いっちょ引っ掛けますか」

「そうしますか」

「ICレコーダー持ってる?」

「うん、いつも持ってる」

痩せた女がニヤリと笑って胸ポケットを叩いた。


(2)


その日の退社時間過ぎ。

ノー残業デーだったので、2人が9回目のタバコ休憩から職場に戻ってきたとき、コメダ部長以外の社員はいなかった。

さっそく帰ろうとする2人の席に、コメダ部長が出向いてきて言った。

「なぜあなたたちは企画書を書いてくれないんですか。この半年、1本も企画を出していない。企画部員なのに」

コメダ部長のハゲ頭は緊張の汗でテカっているようだ。

「頼むから仕事してください!」

コメダの声がつい大きくなった。

「あ、いま、圧を感じましたあ。パワハラですかあ?」

と太った女が言うと、

「あ、違います。前言撤回して謝罪します」

と慌てて頭を下げてコメダは言う。

「私はただ、たまにはその、仕事をしていただけないか、と・・」

「でもコロナですからあ。どうせ客なんか来ないですよお」

と痩せた女が言った。

「いや、コロナはもう終わったんだ。君たちはニュースを見ないのか。同業者はGWにたくさん旅行客を集めているのに・・」

コメダの声は次第に懇願調になる。

「それでなくても、親会社は不景気なんです。稼がないと会社が潰れちゃいますよ」

「それは管理職の責任〜。経営が無能だから〜。私たち労働者だから。弱者だから。責任転嫁しないでね〜」

と太った女。

「親会社はマスコミだから潰れないわよ。私たちはタラタラやってりゃいいの。仕事なんかしなくても」

と痩せた女が言うと、

「な、何をバカなこと言ってるんだ!」

とコメダはついに怒ってしまった。

「あ、いま私のことバカって言いました? それ暴言ですよね。差別ですよね。女性差別と人格攻撃ですよね。私、傷つきました〜」

「あ・・すまん。撤回する。許してくれ。この通りだ」

コメダ部長は2人の前に土下座した。

痩せた女は、胸ポケットから取り出したICレコーダーを高々と掲げて言った。

「はい、アウトォ。いまの暴言、内部通報しまーす。あんたは終わりぃ〜」

2人の女は顔を見合わせて大笑する。

「そ、そんな・・」

コメダは土下座したまま2人の足元で泣き崩れた。


(3)


「あー、タバコうめー」

と言って、太った女が煙を吐き上げる。

1週間後、2人の女は、またビル横の路地裏でタバコ休憩をとっていた。今日12回目だ。

「コメダのやつ、さっそく本社の人事担当に呼び出されたって」

痩せた女が言うと、

「それでなくても本社はリストラ中で組合と揉めたくないからね。パワハラが大ごとになるといつも綺麗事言ってるマスコミとして体裁も悪い。コンプライアンスで最初から私たちの勝ちよ」

と太った女が笑った。

「コメダも左遷されたあと、この世からおサラバかな」

そう痩せた女が言ったとき、路地の角に人影があった。

その男は、「通行禁止」と書いた三角コーンを路地の入り口に置いたかと思うと、2人に近づいてきた。

「コメダ!」

2人が同時に声をあげた。

「何ですか、あなた。パワハラでは告発した社員との接触が禁じられてるはずよ。また内部通報するわよ!」

痩せた女が声を上げると、太った女も叫ぶ。

「そうよ、今度こそあんたは懲戒解雇よ! いや、警察に逮捕させてやる!」

男は、薄笑いを浮かべて2人の前に立った。

「私はコメダではない」

男はそう言った。

「ウソよ、チビでハゲのコメダじゃないの!」

太った女がそう言うと、男はハゲのヅラを取った。栗色に染めた豊かな頭髪がこぼれ出た。

「あ、あなたは誰?!」

「キャンセルカルチャーの恨みをハラース。私はハラース・メントだ!」

と男は言った。

「お前たちのように人権を履き違えて狼藉を繰り返すやつらを成敗するために生まれた闇のヒーローだ!」

「あ、さっきまで推定155センチのチビだったのに、いつの間にか185くらいに伸びている!」

と痩せた女が驚いて言った。

「ハッ、ハッ、ハッ。私は変装の名人だから身長も自由自在さ。お前たちの本性を確認するため、上司にばけていたのだ」

「わ、私たちをどうしようというの?」

2人の女は、タバコを捨てて後ずさった。

「あんたがかついでいるそのマサカリみたいなのは何なの?」

と痩せた女が聞くと、メントが答えた。

「これ? これは巨大な肉叩きだ。ほら、肉を叩いて筋を切るやつ。あれをでかくした特注品」

「そ、それで私たちをどうしようというの?」

「野球やろうか」

「え?」

「あ、間違った。私がしたいのは、モグラ叩きだ」

そう言うと、メントは、2人に向かって巨大な肉叩きを大きく振りかぶった。


30分後、雑居ビル横の路地裏は、一面ミンチの海になっていた。

都会では普段あまり見かけない野良犬と野良猫が東京中から集まってきて、そのミンチをすっかり平らげるまでさらに30分かかった。

それを見届け、汗をぬぐいながら、メントは正義が果たされた満足を感じる。

キャンセルカルチャーゆえに正しく裁かれず、理不尽な制裁を受け、偏向マスコミからも袋叩きで、どこにも救済がなく、重罪人のごとく社会から石もて追われて自殺したり、酒に溺れたり、不幸な後半生を送った世界中すべてのキャンセルカルチャー犠牲者たちの喝采を、ハラース・メントはその耳に聞く思いだった。

「この世にキャンセルカルチャーある限り、私の肉叩きは振り下ろされるであろう」

とカメラに向かって決めゼリフを決めて、メントは都会の闇に消えた。

(第一話終わり)


次回以降予告


第2話「キャンセルされた本」

なんか差別っぽい、と出版前なのにキャンセルされた著者の恨みをメントがハラース。お楽しみに!

第3話「恐怖のオープンレター」

なんか差別っぽい、と学者仲間から指弾され失職した研究者の恨みをメントがハラース。お楽しみに!

第4話「スラップ上等」

なんか差別っぽい、と左翼マスコミを味方につけて批判者を乱訴する弁護士らをメントが成敗する。お楽しみに!

第5話「黒雪姫戦争」(前編・後編)

アナ雪の主人公が白いのはもちろん、雪が白いのも差別だと叫ぶ左翼マスコミに扇動された市民グループと、ハラース・メント率いる反ポリコレ軍が千葉のネズミーランドを真っ赤な血に染めて激突する! 前後編に分けてお送りする盛り上がるやつ。

第6話「オバケのLGBTQ太郎」

イチモツがないのに「太郎」なのはLGBTだ、と祭り上げられて「LGBTQ太郎」に改名したアニメキャラクターが、新宿・歌舞伎町のジェンダーレストイレに行って戸惑うさまをコミカルに描く番外編。

第7話「似非団体と自治体」

・・・

などなど、この世にキャンセルカルチャーのタネは尽きず! お楽しみに!


<編者付記>

「キャンセルカルチャー大作戦」は、著者の自信作だったが、note創作大賞に応募した第1話がすべての出版社にキャンセルされたため、絶望した著者は第2話以降のデータをコンピューターから削除して失踪した。誘拐説もある。いまだ生死不明である。第2話以降が陽の目を見ることはないと思われる。・・


(終わり)






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