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「MINAMATA 」〜戦いのない世界へ

そろそろ寝ようかな。布団にゴロンとなって、YouTubeのアプリを開き、目に飛び込んできたのは映画「MINAMATA 」の紹介動画だった。

衝撃的だった。子どもの時に四大公害病として水俣病について学習したけれど、その時は公害は全て解決したかのように思っていた。しかし、その見解は全く違っていた。

緊急事態宣言が解け、友人と映画「MINAMATA 」の話になり、観に行くことにした。
ジョニー・デップが映画会社をまわり、企画を訴え続けた作品だ。
そこで私は「知らなかった」という事を知り、愕然とした。
友人と映画館から出た後はその重みにしばらく耐えられなかった。

猫が港で痙攣を起こし始めた。カラスの不審死もあった。
猫踊り病と言われた。
海に魚が浮いていた。
タイやエビ、イワシ、タコが獲れなくなった。
一体何が起きているのか誰にも分からなかった。そのうち漁民にも症状が表れた。
原因物質は一体何なのか、当初はマンガン、セレン、タリウムなどが疑われていた。
段々と差別が生まれた。
触ることで感染る、など偏見が出てきた。
原因が水銀中毒だ、と分かってきていても、
論文や議論の違いでメチル水銀化合物と特定されるまで時間が掛かった。
そして工場からの排水によるものと推測されても、36年間、汚染された工場排水は海へ流され続けた。
もう少し原因が早く分かれば、私のような被害はなかったはず、と今も水俣病の症状で苦しんでいる女性がインタビューで言っていた。
その症状は口のまわりのしびれに始まり、言語障害、歩行障害、求心性視野狭窄、難聴、頭痛、全身のしびれ、めまいなどを引き起こす。それらを総合的に発症した「劇症型」、妊婦の胎盤を通じ生まれながらにして発症する「胎児性水俣病」。病状は重症なものから軽症なものまであり、命が助かったとしても、その症状は年々と重症してくるそうだ。まだ2021年になった今もその症状に苦しんでいる人は多くいるという。

世界的に有名なフォトジャーナリスト、ウィリアム・ユージン・スミス。
アイリーンに誘われ水俣の様子を世界へ訴えるべく、現地へ赴く。

最初は取材を断り続ける患者と家族達。有名になりたいわけじゃない。
ユージン自身も戸惑っていた。
写真を撮っても、でも顔は写さないでくださいと言う。
そうだろう、自分が苦しくて病状が辛い時は余裕もないだろう。女性なら変わり果てた姿を写して欲しくないだろう。それが形として残るなら尚更だ。それがとてもリアルに感じた。

そして住民達との触れ合いの中で両者共に心境が変わっていく……………。


被害者と加害者が同居する街。
この映画が上映されることに、もうそっとしておいてほしい、という声もあったそうだ。

善悪で片付けられる問題のように一見、見えるかもしれない。

実際は、水俣病にまつわるいろんな立場の人々の溝も埋めていこうという取り組みが地元では何十年も続いてきたそうだ。

それを聞いて、被害者と加害者と立場が違ったとしてもそこを乗り越える勇気がこの場所にはある、そう思った。
それは常人にはできないことだ。

もしこの公害がなければ普通に漁師として、漁民として、家庭を持ち、子供が産まれ、働き、普通の幸せを謳歌して過ごしていただろう。

しかし、普通の人たちが、善良な市民が、この問題に立ち上がり、戦わなければならなかった。もう水を汚さないでと、私たちの子どもたちが病に倒れていく姿をもう見たくないと。
しかし、本当は戦いたくなかったはずだ。同じ日本人同士であるのに争いたくなかっただろう。

もう水を汚してはいけない。
もう被害が起こるような事も起こってほしくないし、それで普通の人同士が裁判で争ったりデモで戦うこともさせたくない。

ただ善悪だけで物事を見るのではなく、今後私達はどう行動していけばいいのか。

少しでも海に、水に毒を流せば周り回って自分たち人間に返ってくる。

水俣病という生涯残る病症として、身をもって、彼らは体を張って、自らの体を証明として、世界に向けて、もう水に毒を流さないで、というメッセージを伝えてくださったかと思うと、涙を流さずにはいられなかった。


この問題は水俣だけの問題ではなく、今も世界中で水質汚染の問題は起きている。

ペットボトルの水や炭酸飲料、食べ物、生活用品、全てのものに関わっていて、それらは私たちが便利に生活していることの副産物、結果であり、私たちも関わっている。

「NO MORE MINAMATA」

彼らのメッセージを受けたら、どういう風に次は自分は行動するか、考えていく必要がある。
そう思った。

つづく

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