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『限りなく透明に近いブルー』村上龍 「トラウマになるよ」と、脅して

○はじめに

このnoteは、本の内容をまだその本を読んでない人に対してカッコよく語っている設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。

『限りなく透明に近いブルー』村上龍

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【村上龍を語る上でのポイント】

①テーマを褒める

②文体に注目する

の2点です。

①に関して、村上龍の小説は現代社会に根差した問題を扱っていることが多いです。ドラッグや、育児放棄や、朝鮮問題など、現実世界をテーマに描く小説は、地に足がついていて読み応えがあります。

②に関して、小説の内容は激しいのですが、その文体はとても静かな印象があります。


○以下会話

■途中で断念しちゃう小説

 「男が読むべき小説か。そうだな、そしたら村上龍の『限りなく透明に近いブルー』がオススメかな。『限りなく透明に近いブルー』は、村上龍が24歳の時に書いた小説で、偶像新人賞と芥川賞を受賞しているんだよ。内容はセックス・ドラック・暴力を描いていてかなり衝撃的な作品なんだ。実際に小説を読むと、その文章から村上龍の若さと才能がはち切れて出てくるのを感じられるんだよ。

■セックス・ドラッグ・バイオレンス

『限りなく透明に近いブルー』の舞台は70年代の東京福生市。福生市にはアメリカ軍の基地があるから、街並みはアメリカンテイストで、日常にも米兵との交流があるんだ。小説では、そこに住む20歳前後の若者が、セックスとドラッグに明け暮れて生活する自堕落な日々を描いているんだ。自堕落でめちゃくちゃな毎日を描いているから、ストーリーを楽しむというより、そこに描かれている現象に驚きながら読んでいくのが良いと思う。

主人公のリュウは、毎日ドラッグを打って、セックスをして、代わり映えの無い毎日を過ごしているんだ。リュウはなんでも素直に受け入れる性格で、人の言うままに行動していくんだ。米兵に「女装をしろ」と言われたら女装をして、体に薬を打たれ、誰だかわらない人とセックスをしていく。リュウは、まるで赤ちゃんのように純粋に行動してしまうんだよ。操り人形のように見るもの全てを受け入れて、破滅的な生活をし続けていくんだ。物語の最後には自我が確立していって、「自分の意志」で行動をしていく、という話なんだ。あらすじを説明するのは難しいから、リュウがドラッグを打ったシーンを引用するね。

思い切り息をしてもほんの少ししか空気は入ってこない。それも口や鼻からではなく胸に小さな穴があってそこから漏れ込むような感じだ。腰は動けない程痺れている。<中略>目を閉じるとものすごいスピードで生暖かい渦の中に引き込まれるような恐怖を感じる。からだ中をヌルヌルと愛撫されていて、ハンバーグに乗せられたチーズみたいに溶けていくようだ。試験管の中の水と油塊のように、からだの中で冷え切っている部分と熱をもったところが分離して動き回っている。頭や喉や心臓や性器の中で熱が移動している。レイ子を呼ぼうと思っても喉が引き攣れて声が出ない。煙草が欲しいとさっきから思っている。そのためにレイ子を呼びたいが口を開いてもかすかに声帯が震えてヒィーというかすれた音がするばかりだ。

■ドラッグを打ったような文体

凄い内容でしょ。これを24歳の青年が書いてきて芥川賞を受賞したから、文壇だけじゃなく社会的に大きく話題になったんだ。実際『限りなく透明に近いブルー』は、芥川賞を受賞した小説の中で最も売れてる作品なんだ。この前の又吉さんの『火花』も相当話題になったけど、それ以上のものだったんだ。

まずこの小説で注目がいくのは、激しすぎる内容だよね。セックス・ドラッグ・暴力という強烈なテーマを描くために、村上龍は「全ての現象を均一に描く」手法を生み出したんだ。例えばアパートの一室のシーン。

僕はここは一体どこなのだろうとずっと考えている。テーブルの上にばら撒かれた葡萄を口に入れる。舌でクルリと皮を剥いて皿に種を吐くと手が誰かの女性器に触れて、見るとケイが跨がって笑いかける。ジャクソンがぼんやりと立ち上がって制服を脱ぐ。吸っていたハッカ入りの細い煙草を揉み消してオスカーの上で揺らされているモコに向かう。茶色の小瓶からムッと匂う香水をポタポタモコの尻に垂らし、おいリュウ、俺のシャツから白いチューブ取ってくれよ、そう叫ぶ。モコは手をオスカーに固定されフルコートを塗り込められて悲鳴をあげる、冷たいいやあよ。ジャクソンはモコの尻を掴んで上を向かせ、自分の先端にもべっとりとフルコートをつけてやり始める。モコは背中を丸めてひどい声をあげ、そっちを見たケイがあらおもしろそうと近づいて、泣いて尻を突き出すモコの髪を掴んで顔を覗き込み、あとでメンソレータム塗ってあげるわよ、モコ、とオスカーに舌を絡ませながらまた大声で笑う。<後略>

凄いよね。セリフも行動も音も全てが同じ文体の中に登場するから、まさにドラッグで頭がラリっている状態が表現されているんだ。現実なのか、幻覚なのか、誰が喋ってるのか、どんな感情なのか、全てがごちゃ混ぜにされているんだよ。村上龍としては、ここでは一言一句読ませようとはしてないよね。この混沌とした状態を表現するために書いてるよ。この激しさで原稿用紙200枚分の文章が書かれているんだ。

この小説を発表する時、最初タイトルを『クリトリスにバターを』にしていたらしいんだ。だけど、性的表現としてあまりにも露骨すぎたから『限りなく透明に近いブルー』に変えたんだよ。確かに変えたのは正解だったよね。「限りなく透明に近いブルー」の方が言葉としてカッコいい。小説の中身を表してるのは「クリトリスにバターを」の方だけどね。でもこのタイトルの小説はちょっと買いにくいよね。

■激しい内容を描く、静かな文体

でもこの小説の本来注目すべきところは、激しい内容ではなくて、静かな文体なんだ。内容は過激で騒がしいけど、文章を丁寧に読んでくと、そこに静けさがあるんだよね。まさに「限りなく透明に近いブルー」の色のインクで書かれているみたいなんだよ。激しい内容なのに妙な静けさを生んでいる理由は、主人公のリュウがただ冷静に目の前で起きることを観察し続けているからなんだ。ドラックで狂いながらセックスをして暴力をふっているという強烈な場面を、リュウは感情を出さずに無表情に観察しているんだ。自分も一緒になってその狂った住人のひとりとなって振る舞っているのに、その自分の行動さえも冷静に描いているんだよね。だから描かれていることはリアルでグロテスクなのに、どこか非現実的な冷めた(醒めた)印象があるんだよ。

例えば電車で女性を襲うシーン。

モコはタクシーで帰ろうと言い続けている。車内の端で背中を見せて本を読んでいる女の前にヨシヤマが立った。唇からヨダレを垂らすヨシヤマを見て女は逃げようとした。ヨシヤマは悲鳴をあげる女の腕を掴み、体を振り回すようにして抱きついた。女の薄いブラウスを裂く。悲鳴が電車の音より高く響く。乗客が他の車両に逃げる。女は本を落としハンドバッグの中身を床にばら撒く。モコはいやな顔をしてそっちを見て、おなか空いたわ、と眠そうな目で呟く。リュウ、ピザ食べたくない?アンチョビのピザ、タバスコたっぷりかけてさ、ヒリヒリするようなやつ食べたくない?女がヨシヤマを突き放してこちらに走って来る。床の汚物を避けて顎を突き出しはだけた胸を押さえながら。僕は足をかけた。転んだ女を立たせて唇を吸おうとする。女は歯を食いしばり首を振って体を離そうとする。

凄い描写だ。目を背けたくなる内容が書いてあって、そこに悲鳴とか鼓動とか電車の音とか騒がしい様子も書かれているんだけど、どこか静寂さがあるでしょ。幽体離脱をしてるみたいな。感情が行動に乗っていないから、「他人」がやってる行動のように見えるんだよね。最初ヨシヤマが女性に抱きついて、女性が悲鳴をあげて車両に物凄い空気が流れるのに、モコは他人事のように「アンチョビピザが食べたい」と言ってる。そしてリュウも、ヨシヤマと女性の攻防を無視するのかなと思ったら、走って来る女性に足をかけて、唇に吸い付く。「僕」という一人称で語っているはずなのに、第三者の視点で描いてるような冷静さがある。凄い表現だ。

村上龍は今は「カンブリア宮殿の人」のイメージが強いよね。だけどデビュー当初は、年齢も近くて苗字が一緒の「村上春樹」と並んで、時代を代表する作家だったんだよ。『コインロッカー・ベイビーズ』とか『半島を出よ』も相当面白いから、興味があったら是非読んでみて。」


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