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会計検査院はこんな役所② ~検査報告ができるまで~

前回(下記参照)は日本語にこだわる役所ということをご紹介しました。

今回は、関連する話として、検査報告案の決裁の流れをご紹介します。毎年内閣総理大臣に手交する決算検査報告は、1000ページを超えるボリュームになりますが、その1ページ1ページ、1文字1文字が何十人もの幹部に吟味されて完成します。会計検査院にはめくら判という概念がなく、幹部中の幹部である局長ですら箸の上げ下げレベルで指摘をする文化があります。

そのため、検査報告の取り纏め時期である7月下旬から8月下旬までは全職員の出張停止期間とされており、10月中旬頃に検査官会議が終わるまでは、幹部はひたすら文章を読み続ける日々を送ります。

それでは、決裁の流れを見ていきましょう。

会計検査院の組織

前提として、組織図をご説明します。最高意思決定機関として検査官会議があり、その下に事務総局が置かれ、事務総局は大きく事務総長官房と原局(検査課:いわゆる原課)に分かれます。詳しくは公式HPをご参照ください。

検査課が実地検査を行うなどして指摘した案件については、指摘の対象となる府省等に対する照会・回答の文書によるやり取りを経て、検査報告案として各検査課が取り纏めます。なお、照会文書については、各検査課が所属する局長名で発遣するため、この段階でも決裁が必要ですが、今回は割愛します。

検査課の課長決裁まで

担当者が起案した検査報告案は、すぐ上の上司である副長(課長補佐クラス)がチェックします。この段階でもたくさん修正が入ることが多いですね。

副長と二人三脚で作成した検査報告案は、室長又は専門調査官(室長クラス)がいる課室では、室長等のチェックが入ります。この段階で室レベルの案文としてまとまります(室長等がいない場合は総括副長がこの役割を担います)。

そして、ようやく課長決裁となりますが、ここで大幅に変更が加えられることが多いです。室レベルでガチガチに固めた案文のはずですが、すんなり通るのは稀です。

会計検査院の課長は、そのほとんどがキャリア官僚ですし、ノンキャリアでもすごく優秀な方です。大局的な視点から物事を見ることには非常に長けています。かと思えば、常識感覚も優れていて、実務の細かいルールを勉強していなくても、「これって変じゃない?」という気付きを与えてくれます。割と会計士チックな案件を上げたときのことですが、公認会計士の筆者が舌を巻くレベルで気付きをいただけたこともありました。

筆者は、監査法人でたくさんのパートナー(監査責任者で偉い人)とお仕事をしてきましたが、色んな意味で人間が違うんだなあと感じています。

それから、官僚的な指摘もありますね。これでは局長が納得しないとか。ここ数年来の流行である「忖度」といえば「忖度」ですが、政権に対して忖度しているわけではなく、案件を通すためのアドバイスみたいなものです。言うまでもなく、会計検査院は政府から独立していますので、案件の検討をしているときに「〇〇総理が納得しない」なんて言葉は、非公式な場での発言も含めて一切聞いたことがありません。会計検査院に疑念を持っている人は、こちらの記事を読んで下さい。

以上のようなすったもんだを経て、検査課案が完成します。

局委員会

各検査課が作成した検査報告案については、所属する局の委員会で審議が行われます。委員会のメンバーは、局長、担当審議官3名、監理官(課長クラス)のほか、別の検査課の室長クラス数名で構成されます。また、局委員会の開催前に案文が各委員に配布され、各委員はこれを熟読した上で審議に臨みます。なお、同じ局の別の検査課から覆審委員(副長)と覆審担当(調査官以下)が指名され、批判的な吟味も行われます。

局委員会の進行については、案件担当者が案件概要の説明を行い、局長をはじめとした各委員からの質問に答えます。基本的に副長以上の上司は発言しません。議論が変な方向に行った場合に課長が時折口を出すくらいですかね。担当者が若手事務官の場合は助け船も多そうですが。

時間的には、簡単な不当事項(2ページ程度)なら30分~1時間、通常の処置要求事項(10ページ程度)なら2時間程度です。この「〇〇事項」については、まだ記事にしていないので、後日説明の記事を上げていきます…。

決算検査報告ではなくなってしまいますが、国会からの検査要請事項の報告になると、1案件の報告書だけで数百ページにも及ぶため、審議の時間も膨大になります。筆者が経験したものだと、昼食後に開始して、夕方までぶっ通しで5時間審議したものもあります。

他府省では局長が怖いという話も聞くので、5時間も局長に詰められているような状況を想像したらかなりしんどいかもしれません。この辺の体感は人それぞれなので、会計検査院でどうかというのは皆さんのご想像にお任せします。

ちなみに、筆者は、案件を数多く上げていたので、局長室に頻繁に出入りしていました。森友学園の件で国会答弁を行い、一躍時の人となった局長ともガチンコで議論していましたね。これで結構鍛えられたと思います。良い思い出です。

こちらの局長とは退職日も筆者と同じです。退職のご挨拶に行ったとき、「私も今日で退職なんだよ。ハハハ」から始まり、「あなたみたいな優秀な人ならどこに行っても活躍できると思う。頑張ってください」と激励の言葉をいただきました。

かなり脱線してしまいましたが、局委員会は一つの案件につき2回開催されます。1回目を「1、2読」(いちにどく)といい、2回目を「3読」(さんどく)といいます。昔は3回開催していたそうで、その名残らしいです。

ここで否決されずに「可決」となれば、案件を事務総長官房に送付することになります。

調整委員会

タテマエでは各局の目線合わせですが、実質的な案件の審議を行うため、ここが最大の難所となります。というのも、局委員会では検査課を応援する色が割とありますが、官房では客観的・批判的に(言葉を選ばなければ「冷酷」に)審議が行われます。

この背景には、決算検査報告のボリュームを抑えるという意味もあります。冒頭で触れたように、決算検査報告は1000ページを超えるものなので、ともすれば国会議員にこれを読んでもらって政策立案に生かしてもらうという趣旨が没却されかねません。白黒で印刷されているし、図解も少ないし、何が重要なのかさっぱり分からないという批判もあるようです。

さて、委員会のメンバーについては、事務総局次長(ナンバー2)、総括審議官(局長クラス)、官房担当審議官のほか、官房各課の課長で構成されます。なお、調整委員会の場合は、覆審委員と同様の役割を果たす者として、審査委員(官房各課の総括副長)が指名されます。ちなみに、局委員会室は普通の会議室ですが、官房会議室は赤絨毯が敷いてある豪華な会議室になります。

進行については、基本的に局委員会と同様ですが、案件概要説明と質問回答は室長等又は総括副長が行うことになっています。なので、ここまでくると、担当者としては楽できます。局委員会と違って、案件概要説明のイメトレとか想定問答の暗記をしなくて済みますからね。想定問答自体は担当者が作成しますが(笑)

また、原局から局長と担当審議官が出席します。というより、局として官房の審議に臨むことになるので、検査課としては説明のために呼ばれているというスタンスですね。官房側が検査課の説明に納得できない場合、局長から説明が行われる場合もあります。昨日の敵は今日の友、少年ジャンプのような世界観でワクワクします(笑)

調整委員会で振り落とされる案件も多いのですが、幸いなことに、筆者が3年半の在籍期間で指摘した十数件の案件は、全て日の目を見ています。

調整委員会の開催は1回だけです。無事に「可決」されると、官房から修文担当(総括副長又は室長クラス+調査官クラス)が各案件に張り付けられます。調整委員会での指摘を踏まえて、修文担当から修文案が示され、それに従って検査課による総務課長審議案を作成します。

総務課長審議

正式な審議ではないのですが、調整員会終了後、(事務)総長審議の間に行われます。事務総局次長がOKしたのに、そのかなり下の総務課長が審議するって順番が変ですよね。これは、主に案文自体の審議を行うためのものだからです。審議も会議体ではなく、総務課長の修正案を踏まえて、修文担当と議論します。このやり取りを何往復かすると、総長審議案の完成です。

総長審議

事務総局での最終審議です。ちなみに事務総長は、他府省でいうところの事務次官のことです。官房側の出席者は事務総長と修文担当のみです。原局側は局長・担当審議官と検査課のメンバーです。総長会議室も官房会議室と同様に赤絨毯が敷いてあります。というか、隣の総長室自体がかなり豪華な造りの個室です。

進行については、これまでの審議と同様ですが、案件概要説明と質問回答は検査課の課長が行います。

総長審議で切り捨てられることもあるにあるようですが、調整委員会を通ったものは、概ね総長審議も通ります。事務総局次長は次の事務総長なので、両者は蜜月の関係にあり、あいつがOKしたなら大丈夫だろうということもあるようです。とはいえ、案文への切込みはかなり鋭いことも多いですね。筆者の案件では、案件自体は否決されなかったものの、指摘から外せと言われた事象もありました。

こういったやり取りを経て、検査課で検査官会議案を作成します。

検査官会議

会計検査院の最高意思決定機関です。会計検査院長である検査官とその他の検査官2名の計3名で構成されます。会計検査院長は国務大臣クラス、検査官は副大臣クラスです。他府省でいうところの大臣決裁ですね。

歴代の会計検査院長の肖像画が掲げられた検査官会議室で開催されます。小学校の音楽室を想像してもらうと良いかもしれません(笑)

出席者は、検査官3名のほか、事務総長をはじめとした官房側の幹部、原局側の幹部と検査課メンバーです。

進行についてもとても厳かです。官房の若手職員による案文の朗読から始まります。かなり早口で捲し立てるような朗読なのですが、案文が長いものだとかなりの時間を要します。張り詰めた緊張感の中でも、検査課の慣れた職員は瞑想に耽ってしまうとかしまわないとか…。

その後の進行は総長審議と同様です。検査官会議特有の話としては、検査官から案件担当者に対して発見の端緒を質問されることがあり、その場合は、「〇〇課の××です。ご回答します」と名乗るルールになっています。検査官との距離感はとてもとても遠いですね…。他府省に比べると局長と調査官の距離感は近いんですけどね。まあ大臣クラスですからね…。

検査官会議まで進んだ案件がポシャってしまうことはまずありません。事務総長がOKしてますからね。昨日の敵は今日の友、検査官会議では事務総長まで味方になってくれることもあります。この仲間を増やしていく感じはRPGのようで楽しいです(笑)

検査官会議での指摘を踏まて修正を行うと、決算検査報告の一部分が完成します。これを各案件寄せ集めると、1000ページを超える決算検査報告が完成するというわけです。

おわりに

上記のとおり、決算検査報告が出来上がるまでには長い長い審議と度重なる案文修正が行われます。偉い人の意見を取り入れて大幅に作り変えたのに、もっと偉い人の意見を取り入れたら、結局元に戻ってしまったなんて「役人あるある」も日常茶飯事です(笑)

まあなんだかんだ面白い役所です。公務員受験生は、是非官庁訪問してみてください。これまでの筆者の記事はこちらにまとめてあります。


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