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ダイエット&ボディビルBL「愛と筋」38

会場がシーンと静まった。BGMすら消えたような静寂のなか、その場にいる全員の視線が一斉に尚太郎に集まる。

(ぼ、僕は、何を……)

我に返った尚太郎は、みるみる顔を赤らめた。押さえた頬はとんでもなく熱い。頭が湯だったようにくらくらする。今すぐ逃げ出したいが、恥ずかしすぎて身体が動かない。

「くっ、あははははは!」

唐突に、爆笑が響いた。
ステージの上の藤が大きくのけぞって見事な腹筋を小刻みに震わせている。

「はははっはあああ! うっ! ぐはっ、ゲホッ、かは、はははっ、……お、おまえ、ほんと俺の腹をパンプさせる天才だわ」

目尻の涙をぐいっと手の甲で拭い、やや恥ずかしそうに、

「……俺も、大好きだぜ」

「「「え、F-----!!!」」」

どよめく客席に向けて、「お静かに!」とアナウンスが響く。
あちこちから「よくも筋断のFを解筋しやがって……」殺意のこもった視線を投げられても、それを気にする余裕はいまの尚太郎にはない。藤の告白のすさまじい破壊力に、胸を押さえて前屈みになっている。

審査が再開されると、殺意の視線は止んだ。彼らの目は、ステージ上にある美を追わずにはいられなかったらしい。もちろん尚太郎も例外ではない。

KBCフィジークは、ボディビルのように収縮させるポージングではないので、隆起するストリエーションよりも輪郭やセパレーションを評価される。そして全体的なバランス、見栄えの良さ、ルックス、ウォーキングなどのステージングも重視される。

その全てを兼ね揃えた男が、番号を呼ばれてステージ中央に歩み出た。
普段とは顔つきが違う。真剣そのものだ。整った顔立ちに精悍さが加わり、美しくも男らしい。

藤は、誰よりも正確に、そして華麗にポージングを決める。リラックスしているときでも広い背中が、ポージングをするとさらに広く見える。
密度の高い筋肉が生む迫力。その美しい曲線。深いカットが緻密なラインを描いている。まるで生きた彫像のようだ。
もはや芸術の域に達した造形美の肉体が、内側から迸るオーラが、華のある存在感が、ただそこに立っているだけで人の目を釘付けにする。
輝くような魅力に眼がくらむ。
尊敬も感謝も愛情もいっしょくたになって混濁した熱い感情が込み上げてくる。

尚太郎だけではない。ここにいる人間は、選手、その身内、トレーニー、筋肉愛好家など、みな筋肉と関わりのある人々だ。彼らには、藤の肉体が、どれほどの努力と研鑽を必要としたものであるか理解できる。その筋繊維一本一本から、これまで積み重ねてきたトレーニングのイメージが浮かび上がってくる。極めて純粋なマッスルヒストリーが彼らの心に訴えかけ、共振させる。激しく高まる鼓動に、目から汗がにじみ出る。うっ、うっ、とあちこちから嗚咽があがる。

異様な空気感のまま審査は進み、あっという間に決勝に至った。
順位発表を迎えたステージの上には、ここまで当然のように勝ち進んできた藤と、もうひとり、若い選手が並んで立っている。
先に呼ばれたほうが2位、残った方が優勝だ。
どちらが先に呼ばれるか。緊張感が高まる。固唾を飲んで見守る。
番号が、呼ばれた。

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