憧れに触れること
人生を左右する本が、きっと誰しもに存在するのだと思う。
私は中学2年生まで、本がまともに読めなかった。一冊を理解して読みきったことはなく、読書感想文は夏休みの最大の宿題で、あらすじを書くだけで精一杯だった。
今思えば、本を読めない、理解できないことは、勉強ができない、ということに通じていた気がする。
私はある本との出会いにより、本が読めない→本が好き に変化する。
その本は、作家・森絵都さんの「つきのふね」だ。ハードカバーのその本の表紙は、紺の背景に、漫画テイストの一人の物憂げな、それでいてなんとなく反抗的な少女の顔が青白い線で描かれていて、夏休みの読書感想文を書く時以外、本を手に取ることはない私だったが、なんとなくそのラフな表紙に吸い寄せられた。
家に帰って読んでみて、出だしの一文を読んで、「なんで私が思っていることが分かるんだろう。」と、いきなり本の中から誰かの腕が出てきて本の中に連れ込まれるようにして、私はその本に没頭した。
それは、こんな一文から始まる。
「このごろあたしは人間ってものにくたびれてしまって、人間をやってるのにも人間づきあいにも疲れてしまって、なんだかしみじみと、植物がうらやましい。」
自分の感情の表し方を知らない人間は、同じ感情を持つ誰かの表現によって救われることがある。その経験は、その人間にさらなる欲を与える。自分も表現をしたくなるのだ。
似たような人間に出会いたいからまた本を読む。表現の術をマネしたいから、さらに本を読む。そのうちに世界が広がって、いろんな人に出会いたくなって、田舎を飛び出したくなって、猛勉強をして、上京した。
たった一冊の本が、一枚目のドミノを倒して、私はいま東京で働いて、不自由なく暮らしている。
そんな東京での暮らしの中、久々に森絵都さんの本(「みかづき」)を見つけたので、どれどれと読んでみると、またもや私の中のドミノを一つ倒した。
「みかづき」は、現在本屋大賞にノミネートされている作品で、あるひとつの家族を通して、日本の教育のあり方、そして教育格差という社会問題を投げかけてくる内容だ。
読み終わった次の瞬間には、スマホで「教育 ボランティア 東京」と検索をしていた。
もともと、教育に興味がありながら、結局今は教育とは関係のないところで仕事をしている私の、教育への関心が再熱した。現状に触れたいと調べる中で、たどり着いたひとつのNPO法人で昨年末から教育支援のボランティアを始めた。
そして今日、そのNPO法人が主催の森絵都さんのトークライブイベントに参加してきた。
きっかけとゴールが現実の世界で繋がる、不思議な場所だった。私は森絵都さんの本を通して大きな影響を受けた、その影響そのものを作った本人が目の前にいた。ちょっと緊張したけど、同じ場所で同じ空気を吸っていると、人間は同じだと思った。
雲の上も下もない、ただ地続きで、その距離があるかどうか、それだけだと思った。
人は、影響を与えようと思って与えるものじゃなく、予期せぬ意図せぬところで、勝手に人は人に影響を与えてしまうものなのだろう。
きっと私もその類で、森絵都さんの意図せぬところでバチコーンと、影響されまくったのだろう。
結局何が言いたかったというと、「今日、私がこうして生きているのは、この本に出会えたおかげだと言える本を書いた人に会えたよ。」という話だ。
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