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「それはあなたの問題だよね。」と言うことはどういうことなのか?(読書感想)

好きなラジオパーソナリティの人の新刊。
「Oplevelsessamfundet」Svend Brinkmann著
デンマーク語で書かれたこの本、タイトルを日本語に直訳してみれば「体験社会」。

シンプルな装丁

著者は大学の心理学の教授であり、週一のラジオ番組も持っている。この人の前作2冊ほど読んで、あんまり響かないなー、次出ても読まないかもな、と思っていたのだが、新聞で大絶賛されてるのを見て(内容は事前に知りたくないので、見出しだけを見た)、読むことにした。
最初に読んだ彼の本の感想は、こちらに書きました。

タイトルの「体験」という単語だが、この本の趣旨からすると、日本語としては「感情」の方がしっくりくるような気がした。感情社会。日本語としては、もっと的確な単語があるんだろうと思うけど。また、専門家の人からしたら普通に「体験」が正しいのかもしれないが。

本書では、色々な哲学者や理論なども紹介されているが、専門的なことを説明できる知識は全く無いので、ここではその理論などの解説は飛び越して、本の内容を大雑把に独断の解釈でまとめてしまえば、今の社会は、政治、職場、健康、メディアなど広域にわたって、個人の感情(体験)というものが影響力を持ち過ぎている。このまま個々の感情(体験)で物事が完結していくことになっていけば、人との繋がりが気薄になり社会が成り立たなくなるのでは、と危惧している、というもの。

・トランプ前大統領の「(大統領選に)負けたとは思っていない」と思えば、負けていないことになる思想、とそれに納得する支持者達。事実の有無より市民の感情に訴えて票を取る政治。
・職場でも学校でも、スキルや学力よりも「今日の自分の気分はどうか、職場や学校での体験はどうか」が大事なポイント。(実際、娘達の学校でも、毎年保護者面談の前に、子ども達は「学校が楽しいか?」などの質問アンケートに答え、子ども達の心の安定が面談の重点の一つになっている。私が小学校に行ってた時は、そんなアンケートなど存在しなかった。)
・心の健康が注目され、社会では自分の心の声を聴くようよう促進されているが、逆にそれが病気につながなることもある。(例えばだが、知らなければ普通に仕事ができる状態だったのに、何かの拍子で熱を測ったら微熱程度(その人にとっては)の37度あり、それを知ったことで急に体がだるくなってきた。と言うように、「病は気から」ということも人によってはあり得る。)
・自分がどう感じるか、どう体験したか、それが自分を形成するアイデンティティの全てと勘違いしている傾向がある。主体的なものだけでなく、客観的なことも自分の一部であるはず。

確かにそういう風潮になっているな、というのが私の感想。一方、自身の内面に目を向ける事自体は大事な事だと思うし、著者も否定をしているわけではない。それを踏まえて、以下のように言っている。

私たちは自分の内面にばかり目がいっているが、関心はもっと外に向かうべきだ。私たちは、他人を理解しようとするときに、その人の状況を自分の頭の中に置いてそこから理解するのではなく、その人を通して理解するものだ。

文中より(私の勝手な解釈を含んだ拙訳)

また、感情(体験)社会の一例として、セクハラの事例が印象的だった。
加害者:それはあなたがセクハラと感じたことであって、私はそう(セクハラしたと)は感じなかった。(だから、それはあなたの問題ですよね。)
被害者:私がセクハラされたと感じたのだから、それはセクハラ以外の何者でもない。
どちらも自分の感情(体験)だけの話なので、一方通行。感情ももちろん大事な要素だが、それだけに焦点を当てると、主観的な見方しかないので、議論にならない事は、他の場所でもよくある話。つまり日常生活でもメディアなどでも、主観的な感情(体験)だけでなく、客観的な事実(例:何が起こったのか、誰が何をしたのか)にもきちんと目を向けるべきだ、としている。

著者のラジオ番組でこの前言っていた話を思い出した。
ここ最近毎年のように、デンマークで社会的に高い地位にある人がセクハラをしたと報道される。そこで加害者とされる人達が(全員ではないが)言うのが「(被害にあったと主張している)彼/彼女が悲しい体験をしたことはとても残念です。」主語は自分の誤った行動ではなく、被害者の感情(体験)。被害者に寄り添っているようで、実はそれは被害者の問題だと拒絶している。
恥ずかしながら、著者が言うまで、全然気づかなかった。

「それはあなたの問題だよね。」
そこに人と人との繋がりはない。あるのは自分の内面を向いている個々の人間。

この本、84ページとかなり薄いが、中身が濃い。新聞で本書を絶賛していた人に感謝をしたい。


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