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土・釉の調合 -Excel計算シート公開-

1.陶芸を科学する難しさ

 陶芸を支えているのは文化的要素だけではない。陶磁器が焼きあがるということは化学と物理によって支配される現象であり、陶芸の理解には多かれ少なかれ科学的アプローチが必要になる。
 陶芸に関する科学本はいくらか出版されているが、陶芸の実際と基礎科学理論とを按排良く説明してくれるものは意外と少ない。つまり、ゼーゲル式と焼成結果を1:1対応させていくだけのものは実際の調合を知るには良いが、なぜその式が導出されているのかという見方に欠けており応用性が乏しい。逆に、テストピースのX線回析結果や電顕画像などを列挙して分子レベルの議論に留まるものも、それを活かせる陶芸家はそう多くはいないだろう。

2.陶芸と科学の隔たり

 下の図は科学的アプローチと陶芸的アプローチを対比させたものである。

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 基礎科学では作りたいものに対して、物理&化学の複合的な仮説提案と考察が必要となる。しかし、それには非常に高度な知識が必要になるため、陶芸の現場では目標とするデザインに対して簡単に仮説を提案できるゼーゲル式が好まれる。

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 ゼーゲル式は陶芸材料の化学組成をたった3つの変数で表すことができ、そのうち1つを固定すれば2つの変数で焼成結果を予測することが出来る優れものだ。変数が2つしかないのでデータを二次元平面に描くことができ、視覚的に捉えやすいのもメリットである。
 しかしながら、ゼーゲル式にも限界がある。ゼーゲル式はあくまで化学組成のみを表すもので、物理的な特性(粒度や結晶構造など)までを組み込んだものではない。陶芸で用いられる主な材料は長石やカオリンといった天然混合物であり、産出される地域や精製過程によって特性が異なる。そのため、ゼーゲル式が同じであっても、用いる天然材料によって結果が異なってしまう。そのため、多くの陶芸書では使用材料をメジャーな商品に絞ってゼーゲル式の再現性を担保しようとしているが、その分、発展性に乏しい。

3.陶芸と科学は歩み寄れるか

 ちょうど良い落としどころというのはなかなか難しい。陶芸と科学の構造対比に戻って考えてみると、科学を陶芸に落とし込む際に簡略化しすぎていることが問題のように見える。僕が現在考えているのは、ゼーゲル式を基本とした理解を維持したまま、原材料の制約を出来る限り無くすという方法である。

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 話としては単純で、今までの方法にもうワンステップ加えることで、材料の画一化によって起こる『ゼーゲル式⇔焼成試験』の堂々巡りを解消しようということだ。これなら、化学特性以外の物理的な問題を基礎理論まで立ち戻ることなく検証していくことが出来る。
 ここまで長々と書いてきたが、実は多くの陶芸家は原料の選択のステップを意識せずとも踏んでいると思っている。ただ、自身が生み出した結果をよりよく理解するためには、この一連のプロセスをあえて意識するべきだと思う。そうすることで結果が煮詰まってしまった時も、原料にまで立ち戻るという視点を持てるし、不具合の原因を明らかにできる可能性も高まるだろう。

4.調合のための計算とデータ管理

 上記のプロセスでは、複数の混合物をさらに混合するため、調合のためのノルム計算は少し複雑になる。また、原材料の組み合わせごとにゼーゲル式を試すため、得られるデータ量も多く、すこしでも楽に管理できるようにしたい。
 僕は自身で作ったエクセル計算シートを用いている。原材料を選択してゼーゲル式を入力すると自動でノルム計算を行い、ボタンひとつで得られた計算結果をデータシートとして保存できる。全ての陶芸材料を網羅できているわけではないが、原料の組み合わせ幅は広く、釉薬だけでなく粘土の調合にも使用している。興味がある方はDLを下に貼ってあるのでぜひ。使い方はreadme.txtや計算シートを参照。

使用画面⇩

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5.あとがき(雑談)

 僕は”陶芸””とはとてつもなく広い裾野を持つ山のようだと思う。「土を焼くと可塑性が失われる」という単純なことに人類が気付いて以来、陶芸の発展とともにその工程は複層的になり、様々な資源が投入されてきた。そこに工業と伝統の両方の価値観が乗っかっていて、いまだに多様なスケールで陶芸の可能性が開拓され続けているため、陶芸という山の全貌はなかなか見えてこないのである。
 冒頭で陶芸を理解するには文化だけでなく科学も理解する必要があると述べた。この二つの知見は別居するものでなく、往々にして強く結びつき、陶芸の歴史、あるいは地理的理解を深めてくれる。

歴史的背景:なぜその器が重宝されたのか
地理的背景:その地域や貿易先でどのような原材料が採掘されたのか
科学的メカニズム:その器になぜその原材料が用いられるのか

例)中国磁器
歴史:白い器は宮廷で好まれ、また輸出品としても重宝された
地理:中国ではカオリナイトという風化した長石が多く産出する
科学:カオリナイトは焼くとガラス質を成し、透光性がある白い肌質になる

歴史、地理、科学、どれがその器が生まれた理由かという問いは所謂『鶏と卵の問題』で、大事なのはこれらを包括して理解することだと思う。

ごたごたと書き連ねたが、この辺でお開きにしよう。
正直、多くの陶芸家の方にとっては些細な問題かもしれないとも思えるが、どこかでこの文章が役に立ってくれることを願う。


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