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食事と言語学習のおいしい組み合わせ

こんばんは。今、メキシコのグアダラハラは夜12時です。

今年もメキシコはサマータイムが始まった。

日本に住んでいたときは全然気にしたことがなかったが、メキシコに住み始めて、毎年この時期になると、時間が1時間早まる。

先週まで日本とメキシコの時差は15時間。

今は、14時間という訳である。

なので、昨日の夜から少し寝不足気味になっている。


僕は食べるのが好きだ。レストランに行って食べるのも好きだし、今は一人暮らしをしているので、自分で作って食べることもよくある。

以前、豚の生姜焼きを作って食べたという話もしたことがある。

いろいろな料理が世界にはある。

安いものから高いものまで、体にいいものからよくないものまで、その国や地域に合ったいろんな料理があるが、生きている間にできるだけいろんなものを食べておきたいと思っている。

食べ物の好き嫌いはほとんどないので、こどもの頃から食べるということに関して嫌がったことは一度もないそうだ。

それは本当に両親に感謝している。

そこで、今日は食事について思っていることを書きたい。

食事について考えるとき、大きく分けて3つの要素があると思う。

一つ目は、【何を食べるか】だ。今日は焼肉にしようか、いや中華もいいな、という具合に今日のメニューについて考えることは大切な要素だ。また、自分で作るというのもここに入る。そのために、食材を揃えたり、包丁やまな板は良いものを買ったりというもの必要なことだ。いい食材やいい道具なら、それだけおいしいものができるだろう。

二つ目は、【どこで食べるか】だ。これもとても重要な気がする。家で食べるのもいいし、日本はさくらが咲いているシーズンだから、外へ出かけてお弁当を食べながら花見なんて最高だろう。

僕はこの3年、桜を写真でしか見なくなった。不覚にも、今書いていて、よだれが出てしまった(笑)

反対に、カナダに住んでいたときに、友達とチャイナタウンへ行った。僕が住んでたトロントは、結構大きいチャイナタウンがあって、そこにあるレストランで水餃子を食べた。とてもおいしかったのだが、座った席がトイレに近かった。そこは地下にトイレがあって、下からの汚臭がそのまま上に上がってきていた。その汚臭のせいで、水餃子の味が全然思い出せない。

絶対おいしかったはずなのだが.…

3つ目は、【だれと食べるか】である。当たり前に聞こえるかもしれないが、これも大切なことであろう。おいしい料理を食べながら、仲のいい友達や家族と過ごせば、そのおいしさは2倍になる。また、おいしい料理でも、一緒にいる人があまり気心知れた人でなければ、その食事は楽しくないだろう。

以上、3つの要素の組み合わせでおいしい食事というのはできてるのだと思う。どれかが欠けると、少し物足らないような気がする。

消費期限の切れた食材を使えば、体調を崩すだろう。

おいしい料理でも、食べる場所がトイレに近かったら、嫌だろう。

とてもおいしいチキン南蛮を作ったのに、「おいしいね」って言える相手がいないのはさびしい。

これは言語学習のプロセスにとてもよく似ているなと思った。

普段、日本語学習者を相手にしていて、彼らの成長を目の当たりにしているので、よく分かる。

【何を食べるか】は、例えば、【日本語の何を勉強するか】。文法なのか、漢字なのか、コミュニケーションなのか。学生は自分のニーズに合わせて、それを選べばいい。一人で完結できることだ。今だったら、インターネットを駆使すれば、いくらでも一人で勉強ができると思う。

【どこで食べるか】も、そのまま【どこで勉強するか】に置き換えられる。
教室がいいという学生もいれば、オンラインの方が便利だという学生もいる。留学するのもいいし、メキシコにいても環境を整えることは十分可能だと思う。それぞれのニーズに合わせて、選べばいいだろう。

最後に、【だれと食べるか】も【だれと勉強するか】に置き換わる。
言語学習は一人でもできる。だが、多くの学生がまだ学校へ通って、日本語のクラスを受けたいという現状を考えると、やはり一人だけではなかなか難しいのが言語学習なのだと思う。

いい食事同様、いい言語学習というのもこの3要素の組み合わせでできている。どれか一つだけでは成り立たない。

こんなことを夜12時に書いていて、お腹が空いてきた(笑)


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