進路をきめた参考書

たかが参考書、されど参考書

参考書のなかには、受験生の人生まで変えてしまうほどの熱量をもって書かれているものがある。そんな本に1冊でも出会うと、受験生の人生がコロっと変わってしまうもの

私にとっての思い出の1冊はコレ。Z会の『古文上達』。私はこの1冊に影響されて、日本文学を専攻することに決めた。

一読する限りは、どこにでもある、ふつうの参考書。古文を読み、問題に答える。この単語の意味は? 係り結びの法則って何? この説話集の作者は誰?などなど。

でも1点だけ違うのは、章が終わるごとに登場する、作者のコラムだ。古文への愛が詰まっている。学生時代は、コラムを読むことを楽しみに問題を解いていた。

その中の1つ、大学受験を終えて15年たつ今でも覚えているものがある。

絵仏師良秀

古文の教科書に出てくる「絵仏師良秀」の物語を知っている人はいるだろうか。

宇治拾遺物語の一節で、絵仏師(仏の絵を描くことを職業とする者)が、「炎の絵を描きたいのだが、巧く描けない」と悩んでいた。ある日、絵仏師の自宅が燃えてしまう。

ふつうの人は、自宅が燃えてしまうと、悲しみ途方にくれるはず。でも、絵仏師はちがった。燃えている自宅を見て

「なるほど、炎というのは、こういうふうに燃えているのか」

と得心する。それを見ていた第三者が「こういう変わった人もいるもんだなぁ」と締めくくる、という話だ。

地獄変を知っているか?

この話自体は、教科書で読んだことがあった。参考書に出てきた問題も知っているものばっかりだったので、スラスラ解けた。

でも1問だけ、解けない問題があった。

「この”絵仏師良秀”を元に作られた、芥川龍之介の作品名を答えよ」

答えは「地獄変」

学校の授業では全く習ったことがない内容だったので、この1問だけ答えられなかった。

随分とマニアックな設問を出すものだなぁと思って、コラムを読む。するとそこにあったのは、作者の古文への並々ならぬ愛情・偏愛であった。

”芥川龍之介の「地獄変」という作品がある”

という一文から始まるコラムで、芥川のことは「羅生門」しか知らなかった私が、みるみるうちに引き込まれていく。

『宇治拾遺物語』では主人公の名の良秀を「りょうしゅう」と読むが、地獄変では「よしひで」と名前を変え、

そこに、強欲の権力者「堀川の大殿」を配置、

良秀が溺愛する娘を巡って、堀川の大殿と対立。最終的には、娘が牛車に閉じ込められて火をかけられる。

焼かれる自分の娘をみて、良秀は見事な地獄変の屏風を描きあげる、という禍々しい狂気の作品に仕上げた

として、本作品を紹介。作者は芥川を「換骨奪胎の天才」と紹介し、その見事のコラムに私の心は一気に持っていかれた。

古文ってなんて面白いんだ

と感銘をうけ、私は日本文学を専攻することを決めた。


その後、私は大学に入り、日本文学を専攻する。しかし、古文を勉強することは怠け、もっぱら日本文学と海外文学を読み耽る学生生活をおくった。

大学での古文の勉強そのものは、ぜんぜんおもしろくなかったのだ。

でも、今でも古文は好きだし、あの古文の参考書のおかげで大学を決め、文学をたくさん読むことができた。

そして何より、「古文ってなんだかんだ面白いよね」という感情だけが残っている。

今、品詞分解をしたり単語の問題を出されたら、おそらく全滅するだろう。古文の知識は、ほぼゼロに等しい。

でも、あの「古文はすごいんだ」という情熱に触れられたのは幸せだと思っているし、それによって大学の選考を決めたことは、今でも後悔していない。

古典は面白いと思う。


#古典がすき

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