短編小説 蝉(恋愛物)

高校の3年間というのは人生で一番早い3年間なのかもしれない。

1年の初めての校舎、勉強に始まり次々くる行事や修学旅行。

人によっては部活に恋愛、バイトなども重なりすべてにおいて忙しい。
帰ってからも友との連絡、勉強や見たいドラマだってあるし、やる事が多すぎて寝るのが惜しい。

大人を自覚していくには3年間は短すぎる。

気がつけばあと高校生活は1年しかなく、いつの間にかクラス内の会話は将来の話になっていた。

今日は教師からこれからの話を聞かされた。

進学、受験や就活が始まる事。それらは教師や学校は関与しない。手続きやお金は自己負担という事を聞かされる。

あと1年という余裕と焦りの中間、1年後には社会に嫌でも突き落とされる。
親の支援はあるかもしれないが他の支援は途切れるのだろう。

私はやり残した事を考え始める。

部活はギター同好会に入ってる。

バイトはしていないが大学生になれたらやってみたい。

・・・恋愛。

1年から気になる子はいるが男子の高値の花だ。ついつい目で追ってしまう。自分から声も少ししかかけられなく情けない。

自分の価値は自分がわかっている。頭も良くて皆に優しい彼女が釣り合うはずがない。

先日だってサッカー部のエースの告白を断っていた噂を聞いた。
あちらに合う男なんて同世代にいるわけないのだろう。

恋愛というのは怖いものだ。告白をして100%わからない相手の承認を貰い、交際に発展する。

幸い自分は17歳だ。30あたりに結婚を考えても13年もある。余裕だ。

毎日その子を見るたびにそんな事を考え、受験勉強をしていたら夏になった。

蝉の音はまるで家に入り早く勉強しろと言わんばかりにうるさい。
あまりのうるささに嫌気がさしてくる。

嫌気と言えば世の中の学生は追い込みで必死になって勉強している。

最近の自分は朝早く学校に行き、帰りに喫茶店で勉強して遅くに帰る。

現役で予備校に通うセレブには負けたくない。
ひがみや嫉妬であるが、そうではない。

学生に残業代なんてなく、もちろん給料もない。
社会人に早くなりたいと毎日思っていた。

夜中の残暑厳しいうだるような暑さに汗を流し、やられながら歩いていると奥の方に見覚えのある人影が見えた。

目が合いお辞儀をされた。

意中のあの子だ。1人で歩いていて、鞄の形からして勉強帰りなのだろう。

思わず立ち止まり話す。

頑張って話した。勉強の事、今日の授業の事。

1分1秒でもいたくて、覚えて欲しくて、ありったけの話を探そうとしても見つからない。

情けない自分は5分も持たずに「じゃ、また明日学校で」と言い残し去った。

帰り道、うだる暑さに体だけでなく気持ちもやられた。

好きな人1人楽しませる事ができない自分。

なんの面白さもなく。魅力もなく。

話しててわかった。相手がつまらなそうな事、苦笑いをしていた事。

耐えられないで自分から話を切るのが情けなさすぎた。

今、魅力的になるには、彼女を楽しませるためにはどんな自分でいれたらいいか。そればかり考えていると違う考えが浮かんだ。

当たり前に彼女にほぼ毎日会える時間は半年を切っているという事。

半年経てばもしかしたら一生会えなくなる。

どうせ一生会えないのであれば今の全力を出すだけではないだろうか?

思わず立ち止まり、後ろを振り返って走った。

いくら走っても見当たらない。とにかくがむしゃらに道を走り、曲がり、探す。
汗は度々目が見えなくなるほど流し、息も荒くなるが足は止まらない。

遠くで歩いている彼女の背を見つけた瞬間

「待って!」

ありったけの声を振り絞って叫ぶ。
突然呼ばれた彼女は両肩を上げびっくりして振り返った。

何か喋ろうとしていたが先に言わせてもらう。
思いが止まらなかった。
両手を膝につき、声を枯らしながら話す。
走って辛くて、これから告白で辛くて、相手の目が見えなくて、目を瞑り下を向いていた。
やかましかった蝉の音は完全に無音になっていた。それだけ何も考えられなかった。

「突然ですが好きです。しかし自分は何の魅力も面白味もありません。あなたの隣にいてあなたのメリットが思いつきません。私のメリットばかりです。変わりたいので変わるチャンスを下さい」

何が言いたいのかわからないが話した。
悔いはない、変人で終わるのだろう。

汗だくの気持ち悪い姿に何の格好もつかない服。よくわからないセリフ。

お互い沈黙の告白後の30秒は永遠に感じるほど長かった。

息も整ったので恐る恐る彼女の顔を見上げると彼女の顔が私の目の前にあった。

私は驚く。

人の感情が揺さぶられる瞬間は綺麗に飾った言葉や言動ではなく、容姿ではなく、全力で、夢中でこなした後の事なのかもしれない。

彼女の大きな目が細くなりまつ毛が長くて綺麗なのを見ながら思った。

蝉の音がうるさくて何を言っているかわからなかったが彼女が何かを言った後笑って頷いていた。










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