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短編小説 鞄

やりたくないのにミスをしてしまう。
必ず気が付かずに大ごとになっている。
自分は何か人として欠陥があるに違いない。

そう言われた事もあった、しかしもう皆は諦めたのか何も言われなくもなった。

会社にしがみつくように、すがるように生きてきてもうすぐで5年経つが身についた事はない。

あえて言えば責任を負わずに仕事を出来るだけしない1日を過ごす生き方くらいか。

今日も失敗をしてしまった。今回はシャレにならない。営業先への連絡ミスで契約は破綻。
自分だけならまだしも上司すら巻き込む。
とりあえず帰れと言われて今帰路についているが足取りは重過ぎる。

上司、結婚してまだ浅いんだよなぁ、悪い事をしてしまったなぁ。
悔やんでも悔やんでも過去は変えられない。私は物語の主人公ではないのだ。そんな能力は無い。


この前のミスの判定が決まった。上司、部下とも自主退社、簡単に言えばクビだ。
変に減給等して会社にいたほうが周りにも自分にも世界にも辛いのかもしれない。

とにかく色んな人に頭を下げた。気にしないでと笑って心は笑ってない人。無視する人。早くいなくなれよと言う人。当たり前だが私には何一つ暖かみの言葉はなく、頭を下げる作業をしていた。

気持ちの入ってない謝罪なんていらない。
そう思う人もいるだろう。しかし、入っていても入っていないと言われたら、人はどうすればいい?

ごめんなさいじゃないよ、誤って済む問題じゃないと謝罪する人によく言うがあれは行動で示した所でもダメなんだろう。どうすればいい?

誰からも許しを得ないまま私は私物を詰め込んだ大きな手提げを両手に持ち会社を出る。

最後に大きなイベントがあった。
一緒に謝罪して回った隣の上司に謝っていない。

私は今日1番の頭の低さで頭を下げて謝罪した。おそらくこの人が1番気持ちが入ってないと思うんだろう。1番謝って済むかと怒鳴るのだろう。
ならば私は死ぬくらいしか謝罪がない。親には申し訳ない。ごめんなさい。

下げた頭の中で沢山の事が思い浮かぶ。
頭を上げると上司は何故か笑っていた。

「お前は毎日同じ事をする事に向いてないよ。後は責任を負うのに向いていない。毎日つまらなかったろ?これからは毎日が変わっている好きな事をお金が少なくてもやってみたらどうだ?お金は後からついていくさ」

どれだけ謝ってもどれだけ虐げられても泣かなかった私の目からは大粒の涙が落ちた。
この人相手に死ぬという選択をしようとした自分が愚かだった。
この人の為に何か変わりたくなった。

さらに上司は紙袋とは違く、自分の出勤鞄を指差して

「お前の鞄すっからかんだな、何も詰められないくらいの仕事しかさせないでごめんな。出来ればこのまま飲みたかったが妻にこの事を直接口で伝えたいからな。また会おうな」

そう言って目の前からいなくなった。

上司と反対側に住んでいた事にこんなに悔やまれたのは初めてだった。

正社員はやめてアルバイトをしよう。
アルバイトしながら好きな事をしよう。
親にも申し訳ないが頼ろう。

そう思いながら帰りに色んな本を買って鞄に詰め込む。初めての鞄の重さに戸惑いながらもこれからの未来は明るく見えた。

もしかしたら私は物語の主人公かもしれない。


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