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短編小説 美容師

町外れにある二階建ての古い民家、貯めたお金を全て使っても足りなかった。

借金をして足りないところは自分でリフォームをして、機材は中古の物を揃えた。
ちぐはぐだがこれから長いんだ、少しずつ直そう。緑がほしいな。

どうしてもやりたかった自分の店。
都会の店よりも私には輝いて見えた。

その日から数年、ありがたい事にお客様はリピーターが多く。月1で来てくれる人が多くなった。

今、目の前で切らせてもらっている女子高生もその1人だ。高校3年生だが将来は付き合っている同学年の彼氏の可愛いお嫁さんになりたいらしく、結婚式の為に髪を伸ばし続けているそうだ。

今日も長さを揃え、量を減らすだけで済ませる。いつも帰り際彼女は

「将来の結婚式の髪は絶対お願いしますね」

そう笑って店を後にする。
もちろん切るし、セットもするが、出来れば式に出たい。

高3といえば受験だ。
彼女は大学は彼とは違う学校に行くらしい。頑張ってほしいが、きっと遠くに行くのだろう。彼女の髪を切る機会はもう少ないのかも知れない。
色んなお客さんと疎遠になったりもしたが、彼女はこの店が出来てから来てくれていたお客さんで、高校受験の時も見守って来た。
いっそう、寂しいものだ。

それから数ヶ月後、月1で来ていたはずのあの子はすっかり来なくなってしまった。
私は一時は心配したが。
年頃なのだろう。
綺麗な美容室に行ったのだろう。
受験で忙しいのだろう。
と自分を色んな理由で納得させた。
今日は予約が多い、頑張らなくては。

それから、1年以上たった。私は考えることもしなくなった。元気でいればいい。
ただせめて、式には出たかったかもな。

最近企業したとかいう青年の髪を切り終えて見送りをすると、店の電話が鳴った。

電話の先はあの子の母だった。
「お久しぶりです。お忙しい中すみません、予約を入れたいのですが」

お母さんの予約か、ちょうどいいあの子について聞こう。

その日から私は楽しみに1週間仕事をして過ごした。失礼だけど自分から花嫁姿を見るだけでもお願いしようかな。
その日の仕事もハサミは踊っているように動いた。

当日、私は今日という日を楽しみに待ってい
た。うちに来なくたっていんですよ等色んな接客、対応を考えていた。

母親と一緒に来たのは一年前とは違い髪は伸び切り痩せ細ったあの子だった。

私は言葉を失った。いらっしゃいませとも言うのを忘れてしまった。
私を見た母親は申し訳なさそうに

「すみません、今日はこの子をお願いしたいんです」

そう言って自身はどうすればいいか困っていたのでコーヒーを出して二階で待っていて貰った。

私はお店の札をcloseにした。今日は貸し切りだ。

肩が痩せ細った彼女を座らす。
なかなか櫛の通らない傷んだ髪は彼女の顔を隠し彼女の心のようだった。

髪を撫でていると彼女は安心したのか涙を流し少しずつ話しかけてくれた。

彼女が大学に合格した事。

彼が受験に失敗した事。

彼女が受かった嫉妬で当たり散らす様になってしまい彼女の中の大好きな彼が少しずついなくなってしまった事。

彼が予備校に通い、そこで違う女の子と付き合ってた事。

お前にはこの気持ちはわからないがあいつはわかってくれると振られた事。

ショックで大学にまともにいけなくなり、この1年休校をして引きこもっていた事。

親には言えなくてずっと黙っていたらしい。
私が切っている途中、二階に道具を取りに向かうと母親はハンカチを濡らし泣いていた。

「このままじゃダメですよね私、バッサリ切ってください、ほら、暖かくなるし」

彼女は目を晴らしながら笑って言ってきた。

私は本来、お客様の要望に答えなくてはいけない。
しかし、今日だけはプロ失格でいい。そう思って要望に答えずカットした。

これは私のエゴだ。私は彼女の今後の幸せを勝手に祈る。それをカットで伝えたい。
彼女は何かを察したのか何も言わずにいてくれた。

2時間が経った。他のお客様に失礼だがこんなに感情と気持ちを込めたのは久々であった。
私は恐る恐る彼女に伝える。

「今後あなたの前がよく見える様に前髪は短めにしました。背中まで届いていた髪は肩くらいで丁度いいでしょう。遮るものが無いので体も動きやすいのではないでしょうか?周りの音を聞こえる様に耳は出しておいた方が可愛いですよ。髪はバッサリ切れませんでした。将来は近いと思いますから」

鏡を見た彼女は笑っていた。どうやら髪と一緒に暗い気持ちを切り落としてくれた様だ。
にっこりと細めた目の奥は潤んで見えた。

「ご期待に添えないカットで申し訳ありません。是非とも五感を感じ、新しい感覚を身につけて欲しくてこの様に致しました」

鏡越しに彼女は

「いえ、要望通りでした。今までごめんなさい。ありがとう」

そう言っていつまでも鏡を見続けてくれていた。
私は上の階から母親を呼び、お互い目が腫れていた事にバレバレの親子は共に笑っていた。

見送る時に彼女は

「将来の結婚式の髪は絶対お願いしますね」

いつもの台詞を言って笑って帰っていった。
久しぶりに聴くとほっとする。

礼服を今のうちに買っておかなきゃいけないな。

私はそう思いながらお店の札をopenに変えた。



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