(執筆10年くらい前)六畳一間の冒険譚/八

第8話「これはある意味、一世一代の大勝負だ」

 盲学校に通っているらしい麻野さんの妹の白雪ちゃん。夏休み中は家庭教師を兼ねたお手伝いさんが日中の面倒を見てくれているらしい。食事や洗濯、掃除、勉強、話し相手など。介護資格を有した家政婦(メイド)さんのようなものらしい。本人は別段、不満などなさげには話してくれた。でもゲームの話題などはその限りではなかった。水を得た魚の如く、ツッキーが過去のセッションのことを話し聞かせていることに食いついて、徐々に身を乗り出し始めていた。口数も増えてくる。

 遊上(ゆかみ)先輩も雰囲気や、なりきりの面白さを彼女なりに伝えてくれている。白雪ちゃんにすれば、同性プレイヤーの意見も貴重なものだろう。その間、麻野さんはほとんど蚊帳の外になっていた。安心しているような、残念そうな、小さい息を何度もついていた。

 ちょうど会話の断点に差し掛かったことで、僕は本題のTRPGの具体的な準備について白雪ちゃんに問いかけることにした。

「白雪ちゃんはTRPGについてどんなイメージを持ってるのかな? 現代世界をモチーフにした異能物とか、ロボットや銃火器がたくさん登場するやつとか。なるべくならご要望には応えたいとは思っているんだけど」
「あ、異世界の冒険ファンタジーが好きです。剣と魔法とモンスターがでてくるような。リィンカネーション・オブ・ファンタジアみたいな」
「リンファンか」

 リィンカネーション・オブ・ファンタジアは元々同人サークルのリプレイから生まれた作品で、いわゆる異世界転生冒険物の作品。製作側の愛が強く、赤字覚悟でドラマCDを自主制作したのが功を奏してヒットしたものだ。白雪ちゃんの状態を鑑みるにドラマCDで知ったのかもしれない。

「じゃあ、リンファン世界だったらどんなキャラクターになってみたい?」
「セーリスがいいです。幻覚魔術を使う正義の義賊」
「セーリスか……よし、それでいこう。白雪ちゃん、ブレイド&ソーサリーって知ってる? ゲーム要素が高いやりこみ系のTRPGでね、とにかくルールがシンプルなんだ。」それのセカンド・シリーズが出たばかりなんだ。これをうまくアレンジすれば、簡易的にリンファンみたいな世界で冒険ができると思うよ」
「ホントですか? 本当にリンファンができるんですか!?」
「うん。リンファンの肝は異世界転生だから、そこらへんをキャラ設定で再現してあげれば可能なはずだよ。ね、ツッキー」
「だな。ブレソ(ブレイド&ソーサリー)Ⅱなら、クラスシステムが適用されているから難しい話じゃない。ブチョーが頑張れば一晩でできるさ。う~んブレソで、メインが<シーフ>と<イリュージョニスト>を取るんだったら、俺は前衛系で行くか。どうせならリンファンのケーニッヒをイメージして……<ファイター><ナイト><プリースト>を組み合わせて聖麗騎士にしよう。ブチョー、経験点は1000点くれ」

 ツッキーよ、それはどう考えても多過ぎだろう。

「ハヤトくん、主役はあくまで白雪ちゃんなのよ。経験点はいいとこ300点くらいじゃない。<シーフ>も<イリュージョニスト>も取るスキルは多いでしょ? 300点あれば最低限のキャラは作れる。でしょ、ブチョー?」

 遊上(ゆかみ)先輩はルールブックをめくりながら試算して見せてくれた。ツッキーの聖麗騎士も、白雪ちゃんの幻想怪盗も脱初心者程度のキャラは作れそうだ。

「どうせなら、リンファンのキャラをそのまま使ってプレイしてみようか。セーリスとケーニッヒと……じゃあ先輩は」
「あた……私は、魔術士同盟の執行官アルベールを担当しようかしら。パーティーバランスも悪くないはずよ」
「ありがとうございます先輩、助かります」

 よし、イメージは決まったから実際にキャラクターを作ってしまおう。ここでの難関は、白雪ちゃんが音声でしかデータを認識できないことだ。細かい数字を交えた構築になると、彼女へのストレスが大きくなるだろうから――――、

「能力値はルールブックのサンプルだけを使用して、経験点はスキルとか特徴とかだけに消費する形式にしようか」

 ほとんど独言(ひとりごと)のように口にする。現在のTRPGのルールブックには構築済みのサンプルキャラクターが十人前後掲載されていることが多い。白雪ちゃんのセーリスはサンプルのシーフをそのまま使用する。

 それはいいとしても、やっぱりスキルはあらかじめ読み込んでおいてほしいという想いはある。キャラクターのスキルは、セッション中の選択肢に直結する。ここでいきなり説明をしても、初心者プレイヤーの白雪ちゃんが納得できるとは思えない。ある程度解説を交えながら、スキルを知ってもらう方法がなにかあればいいのだが。

「難しそう。本当に妹にできますか?」

 能力値やらスキルやらを言い合いしていた僕たちを心配してのことか、麻野さんが耳打ちしてきた。白雪ちゃんには聞こえないようにとの配慮のようだ。僕はこくこくと頷く。

「プレイ自体は可能ですよ。難しそうに見えるでしょうけど、多分白雪ちゃんの方が理解しているはずですから。僕が悩んでいるのはかなり個人的な信条です」
「信条……ですか?」
「はい。TRPGにおいてキャラクターというのはプレイヤーの分身に他なりません。旅行に行くときの衣類や荷物、予備知識などの準備と同じなんですよ。できれば僕は、キャラクター製作に時間と労力を費やしたいんですよ。
 麻野さんは、灰沢(はいざわ)浩彦(ひろひこ)って映画監督を知っていますか? “カナリアを撃て”とか“ロストガーデンのむこうに”なんかが有名なんだけど。灰沢監督って役者さんが演じる人物像に合わせて脚本の内容を変えちゃうんだ。個々の役者さんが解釈する登場人物像を大事にして作品を構築するから、すごく臨場感があるんだよ。キャラクターが生き生きしてて、僕はすごく好きなんだ。だから僕は、プレイヤーが作り上げる分身(キャラクター)を大事にしたいんだ。
 それには、ルールブックを納得するまで読み込んでほしい。難しいのはわかっているんだけどね」
「わたしが、妹に読んであげれば……」
「いや、それじゃあ二人にストレスが大きいよ。こういうのはゲームの中でやってみて覚えていくんだけど、読んで想像を膨らませるのも結構重要なんだ。旅行のガイドブックで観光地を予習する感覚に似てるのかな?」

「はぁ」曖昧に返事をした麻野さんを見つつ、自分の例え方が不自由なことを思い知る。
セッション中にも「しまった」と感じることは多々あるから、説明力を強化していく必要がある。帰ったらネットで検索してみようか……。

「あ、白雪ちゃんってSNSやってるんでしたよね?」
「はい。文字を機械音声が読み上げてくれるんです。そういうソフトがあるんです」

「メールとかチャットでも、有効なんですか?」彼女は質問にこくりと頷く。

「白雪ちゃん、ちょっと思いついたんだけど。白雪ちゃんのパソコンにルールの内容をメールしたら、音声に置き換わるんだよね。ある程度わかりやすく翻訳して送信したら、もしかしたら便利かな?」
「いいんですか、ホントに!?」
「うん。なんとなくのイメージをつかんでもらうためにはアリかなと思うんだ。もちろん見なくても大丈夫。これは僕のエゴみたいなもんだから。どうかな?」
「ぜひお願いします。欲しいです、読みたいです!」

 思った以上の食いつきにプレッシャーを感じつつ、僕は麻野さんから白雪ちゃんのメルアドを教えてもらった。

 その後、ツッキーと遊上(ゆかみ)先輩を交えて雰囲気を簡単に話し合い、白雪ちゃんの希望やシナリオの外殻(アウトライン)をノートに記していく。

 広げたノートにはゲームシステム“ブレイド&ソーサリーⅡ(リィンカネーション・オブ・ファンタジア/アレンジ)”と銘打ち、各プレイヤーとキャラクター、クラスなどを記す。

 プレイヤー1:白雪ちゃん。幻想怪盗セーリス 女性
 クラス:<シーフ> <イリュージョニスト>

 プレイヤー2:ツッキー。聖麗騎士ケーニッヒ 男性
 クラス:<ファイター> <ナイト> <プリースト>

 プレイヤー3:遊上(ゆかみ)先輩。魔術執行官アルベール 女性
 クラス:<ソーサラー> <サモナー> <エレメンタラー>

 うん。主力であるツッキーのケーニッヒが回復役を兼ねてはいるが、バランスは悪くない。先輩が無理やり取得した<エレメンタラー>にも回復手段はある。戦闘は二人が遠近で攻めるのが基本で、白雪ちゃんのセーリスはシナリオで活躍できるようにイベントを作ることにしよう。幸いツッキーも遊上(ゆかみ)先輩も強化を促すスキルを取得してくれている。サポート態勢は万全なはずだ。

 ひょんなことから舞い込んだ依頼は、盲目の少女をTRPGで楽しんでもらうこと。経験値としてはまだまだ浅い僕にできることは僅かばかりでしかないだろう。

 これはある意味、一世一代の大勝負だ。絶対成功させる自信なんて皆無だが、接待ではなく、一緒に楽しめるように全力を尽くすことを僕は勝手に誓っていた。

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