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シン・放浪戦記 第3話「空蝉」

維納

長い泥酔のトンネルを抜け、目を覚まし、CAに水を所望する。ウィーンにつくとまずは少し両替して市内に向かう。ユーロはまだまだ目新しくこれが授業で習った統一通貨ってやつかとまじまじと眺めて財布にしまう。クレジットカードは持っておらず、そのため全身に現金を抱いての旅だ。睡眠薬強盗や温泉に入って全部盗まれたらその時点でこの旅はゲームオーバーだ。首から下げるパスポート入れに60万、帰りのチケット10万円相当、財布に10万円、ポケットに20万円。

ウィーンについたころはままならない英語もさることながら、相場がよくわからないし、酔ってくると気が大きくなっていいワインを飲んでしまうという課題がすぐに発覚した。そこかしこで弦楽器の流しがクラシック音楽を奏でているのに気をよくしたのか、教会で開かれる市民コンサートのようなものにまでほろ酔いで顔を出していた。昼は美術館と博物館と王宮をめぐり、夜はワインとコンサートやオペラ。気が付くと、一週間でこれは5万以上が消えている、この分だと来月日本に帰ることになりかねない。というわけでそそくさとウィーンを離れることにした。

幸い国際学生証があれば美術館や博物館がだいぶ安くなることと、ユースホステルが安いことはウィーン滞在中に徐々に分かってきた。ネットカフェも馬鹿にならない値段だったのでtourist infoでの聞き込みでこれらの情報を集めた。新たな街につくとまずは中心部のtourist infoへ向かうか、ユースホステルに行けば大概の情報が手に入ることも分かった。ここらへんはドラクエやFFと何も変わらない。まずは村人からの情報収集が町についたらやることだ。

とはいえ、旅の仕方は徐々に分かってきたが、金銭面は結構辛そうだ。酒はないと死ぬしなにより飲みたいので、宿代やその他の生活費を削ることにする。人は酒さえ飲んでいれば死ぬことはない、と思い込むことにする。そして、ここウィーンからリンツ、ザルツブルグ、ミュンヘンを抜け、ニュルンベルグ経由でベルリンへ向かうことも考えたが、さらに物価はあがるため、ウィーンから西ではなく東に進むことにする。深夜特急にあるような「ユーラシア大陸横断」ような何かを掲げようかと思ったが、アルコール漬けの頭が大目標のようなものを拒否している。そうだ、わたくしは会社や社会が嫌になって旅にでたんだから何かやることや目標を決めたり、それに向かって改善するのはやめよう。それが漂泊の旅人の醍醐味だ。というわけで、すべてはその日の気分次第。右へ行くのも左へ行くのも、バスに乗るのも歩いていくのも、その日の気分次第。ただし、金は有限だ。そのため、物価が安そうな東か北へ向かうとして西は高いので却下。直感が告げる物価の安い方角にウィーンから移動することがまずは決まった。なるべく長く旅は続けたいし、終わりは何も決まっていなかった。

波希

一週間ほど滞在したウィーンを後にしてリンツ経由でチェコのチェスケークロムロフへ向かう。“チェスキー”とは、チェコ語でボヘミア地方という意味で、クロムロフは地名であると同時にその名を冠する城が町の名物だ。

当時ユーロは旧東ヨーロッパには正式導入されていない国が多く、チェコもユーロ導入を目指すものと思われていたが、ソ連時代から続くコルナが法定通貨だった。(注:2023年6月現在もコルナが法定通貨)財政赤字がユーロ導入への主な理由とされ、西ヨーロッパに比べれば確実に物価は安かった。

チェスケークロムロフには夜が更けてからつき、ドミトリーは男性が満室で女性部屋へ通された。居心地が悪かったのと長くバスに揺られたせいで泥のように眠った。薬草酒であるBecherovkaをラッパのみして寝たので白人のteenagerがこれでもかというくらい目を丸くしていた。

翌朝目が覚めると、居心地の悪さもありさっさと町へ観光へ向かう。赤屋根と白壁の町並みは美しく、勾配はあるもののこじんまりした街だ。1992年にはユネスコの世界遺産にも登録されている。アイスコーヒーを頼むと怪訝な顔をされ珈琲フロートがでてきたのには参ったが、(スターバックスのおかげで今はアイスコーヒーは欧州に逆輸入されているらしい)ピルスナーウルケルとブドバーを交互に飲んでいい感じになってきたのでクロムロフ城へ向かう。

アジア人観光客もおらず、白人ばかりで、しかも連日の二日酔いからくる抑うつ状態。仕事は無理矢理終わらせたが、学生でも何物でもない自分。数週間話していない日本語は脳内でこだまして、自問自答を繰り返す。中二病と大二病がアルコール依存症でコーティングされ、孤独感と一人旅の高揚感で明らかにおかしかったように思う。

クロムロフ城の橋梁に腰掛けながら遠くを見ていた。道行く観光客の白人ファミリーが落ちると危ないぞとボディランゲージで知らせてくる。ボディランゲージのおじさんの動作がやけにゆっくりだ。また遠くに目をやる。ボーとしていると、仕事での失敗や大人たちに言われた嫌なことが頭をめぐる。そもそも何でここにいるんだっけ?から思考は飛躍する。漂白されてどうなるのか?もう仕事の区切りもついたし、大学に特にやることもやりたいこともないし、あのノウタリンたちと同じ空気を吸うのもまっぴらごめんだ。入れ込んでいた太宰も大体読めた。斜陽のお母さんが飲んでいたスープの美しさが風景として目の前にある。もうこれ以上望むものもないんじゃないか?

中学では国連のピースメッセンジャーとしてNYまで行き、当時の事務総長にスピーチをかまし、高校では新設校で刺激的な友人たちに恵まれ、みなIT業界や芸術方面で成功を早くも収めている。わたくしはといえば大学ではうだつは上がらないが社会にも一応でたし、小金を稼いで酒もしこたま飲んだ。バーに毎月10万預けて飲んだいたのでその残りとラフロイグのボトルがまだ少し残っているのが心残りだろうか?そうでもない。友人の映画で役者もやったし、その映画は主演男優賞をとった。わたくしは主演ではなかったが、まぁそれもいいだろう。所詮映画は監督のものだ。両親は悲しむかもしれないが詰まるところ生命は自分のものだ。

橋から下を覗く。下まで50Mくらい。やや微妙か。腰掛けているが足がすく
んでいるのが分かる。


死のう。生きる理由がない。


第4話へ続く




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