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【31】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 染め織り篇⑩

「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第31回 染め織り篇⑩機じまい

お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。


前回「染め織り篇」⑨では、織機の構造上織れるギリギリのところまで織り上げた吉田美保子さんが、蒸し、水元(みずもと)、湯のし作業を京都へ委託して送るところまでレポートしました。今回は、織りの仕事を終える「機じまい」(はたじまい)をお伝えします。

■残り糸をつなぐ

2021年5月6日、ゴールデンウィークが明けて、吉田美保子さんは織り上げた作品を京都へ送りました。

主人公然としていた織物が外され、機(はた)には張力から解放された経糸(たていと)が、だらんと残されていました。最後に緯糸(よこいと)を入れたところから5㎜のところで切り離された経糸の「かたわれ」です。残された側の経糸は「ちきり布」に通した棒に固く結ばれているので、それを解くと30㎝ほどの「残り糸」となります。

昨冬に安達が読んだ江戸時代を舞台にした小説『あきない世傳』(高田郁、ハルキ文庫)では「機(はた)ずね」と呼ぶ地方がある、と書いてあったけど、今では「残り糸」を表す言葉を探してもなかなか見つかりません。昔は綿入れの一部に使っていたとも言われますが、今ではあまり顧みられない存在といえましょうか。

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しかし吉田さんは、この「残り糸」を処分するのはしのびなく、動画などを見てくつろぎながら、糸を結んでつなぐ作業を行いました。

「花井さんが大事に育てあげた繭から、中島さんがあんなに丁寧に絹糸にしてくださったことを思うと、短い糸さえもったいなくて、なんとかして生かしたいと思いました」(吉田さん)

1284本もの短い糸をつなぐ――現代の経済観念といえる「対費用効果」「時給換算」そういった物差しで計れば、仕事としてカウントできない手間仕事です。しかし今回ばかりは、残り糸を余すことなく結びつなげることにました。「アリガトネ」←誰の声?

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どんな思いで結んでいたのでしょうか。

「織っているときは織ることに集中していましたが、糸を結んでいると、改めて糸と向き合う心の余裕ができました。ツヤツヤで本当にキレイだなあって。ツヤが違うんです。これはどうしてかなと思ったとき、お蚕さんが頭に浮かんできました。ああ、あのお蚕さんだな、あの桑なんだな、と思い巡らせていると、山鹿のきれいな空気、水が思い出されました」(吉田さん)

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「あのお蚕さんたちは、卵から孵ってすぐ新鮮な桑の葉を与えられ、桑の葉だけを食べて育ったんですよね。桑の葉だけです。あの絹糸のツヤは、桑100%で育ったお蚕さんだからこそ生まれたと思うと、花井さんは本当にすごいことをされているなあと改めて感動していました」(吉田さん)

花井さん、中島さんから受け取った糸。思いも一緒に結んでつなげます。

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下の写真は、織り間違って抜いた緯糸(よこいと)ひと。これも結びます。

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小管(こくだ)に巻き付けておきました。こうすると、いつでも織れます。

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「帯か、ショールの一部にでも使えたら」と吉田さん。結んでピンと立った糸端も、「ひげ紬」のような織り味になります。何に使うか、考えるのも楽しみのひとつだそうです。下の写真は、結び糸の全量。

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下の写真は、残った糸。綛(かせ)になっているのは緯糸の余り。小管に巻いてあるのが経糸の残りです。経糸は計算して巻いたことや、織り始めの試し織りに使ったことで、ほとんど残りませんでした。これらも、いつか別の作品に織り込んで活躍してもらう予定です。

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■「お疲れさま。」機(はた)に感謝を

19日間、吉田さんと一体化してずっと織り続けてきた織機。糸が外れて、骨組みだけになりました。

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「お疲れさま」。いつも作品を仕上げると、水拭きをして、さっぱりさせます。吉田さんの染織人生をともにしてきた愛機をいたわります。

■記録紙を作成する

作品を作り終えると、記録紙を作成します。使用した糸、織り組織、配色、気づいたことなどA3の紙にまとめて自身の資料として残します。今回は初めてのチャレンジが多かったので、今後の役に立ちそうです。

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機の手入れと記録紙の作成。「これを終えて、ひと段落です」と吉田さん。

■特製カードの作成も

こちらは「染織吉田」オリジナルで特注したカードです。

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3つ折りのカードを1枚めくると、見本裂(みほんぎれ)、そして着物の概要書きがあります。
使用した大部分の繭は、花井雅美さんが育てた、2020年の錦秋鐘和(きんしゅうしょうわ)から得たもの。糸は、中島愛さんが生繭から座繰りで引き、経糸は30中(なか)という細さの生糸(きいと)を8本合糸し、1メートルあたり120回Z撚りしたもの。緯糸は33中の生糸を8本合糸し、1メートルあたり100回Z撚りしたもの。織りは吉田美保子さんが担当し、畝織(うねおり)を併用した縞柄で、ブラッシングカラーズの技法が使われている着物。本連載でご紹介した、すべての情報が書かれ、なんとnote「蚕から糸へ、糸から着物へ」に出来上がるまでのプロセスを連載したことまで記されています。安達絵里子が記録したってことまで言及してくれてる!

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使用している糸について、これだけ詳しく表示してある着物というのは非常に珍しい、というより、これまで私は見たことがありません。

そして全部開くと、使用した糸が無限の形(∞)に結ばれて並んでいます。中央が経糸Aの5色、右側の上が緯糸、下がブラッシングカラーズをした経糸Bです。

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吉田さんは、着物を購入してくださった方に、いつもこのような糸見本を作って差し上げているそうです。


4月1日からずっと連載を続けて来た本連載。次回は「染め織り篇」最終回を迎え、湯のしなどの仕上げをして戻って来た作品のnote版・反物鑑賞会を開催いたしますそして、いよいよ着物のタイトルも発表します!6月23日(水)です。誕生したばかりの作品をご一緒に鑑賞し、感動を分かち合いましょう! まだまだ続きますよ、どうぞお楽しみに。


*本プロジェクトで制作した着物は、お一方にお頒けいたします。ご希望の方、あるいは検討をされている方は、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。

*本プロジェクトで制作した着物を出品する「白からはじめる染しごと展」は6月の開催を予定していましたが、新型コロナウィルス感染予防の観点から11月に延期になりました。その代わり「白からはじめる染しごと展」主催で、開催予定であった6月26日(土)21時から、本プロジェクトの着物に、コーディネート提案を行うインスタのライブ配信を行います。以下をご参照ください。
https://www.instagram.com/shirokara_kai/

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