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【11】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? お蚕さん篇⑨

「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第11回 お蚕さん篇⑨ 番外編「マジ神」の人々

お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。


前回「お蚕さん篇」⑧では、「壮蚕飼育5令」についてお話しました。養蚕のクライマックス「上蔟」に入る前に、今回は中休みとして、養蚕農家の花井雅美さんが「マジ神」と思った、強力な協力者たちのストーリーをお届けします。その前に、例によって長い前置きがあるから、ヨロシク!

■これまでを振り返って 養蚕農家の今

おかげさまで「蚕から糸、糸から着物」プロジェクト!《私たちのシルクロード》連載は10回を超え、11回目となりました。

ここまでご高覧くださいました皆さまは、どのような感想を抱かれましたでしょうか? 私は着物ライターという身の上ながら「絹糸はお蚕さんが作った繭からできるけど、現在国産繭は希少で、中国やブラジルからの輸入が多い」程度の認識しかなく、花井さんの仕事は驚きと感動の連続でした。

プロジェクトメンバーの中島愛さん、吉田美保子さんに、ここまでの連載の感想を聞いてみました。

中島さん
台風が来るなど、どんな状況でも桑を取り、お蚕さんにあげています。自然と共存する苦労を忘れてはいけないなあと思いました。

吉田さん
まずもって、養蚕というか、お蚕さんという虫が、ここまで研究され、管理し尽されているのに驚きました。養蚕は古事記や日本書紀にも載っているそうですから、それから連綿と続く人間の努力と叡智にひれ伏したい気持ちになります。それを受け継いでいるのが花井さんなんだなあ。

ここで一篇の詩を、ぜひご紹介したいと思います。
この連載でたびたび登場している『養蚕と蚕神』に掲載されていた詩です。元は昭和45年(1970年)に刊行された雑誌『農民文学』に掲載されていたものらしく、ここで掲載すれば「孫引き」になるのですが、それでもどうしてもご紹介させていただきたいと思いました。

   蚕       石井藤雄
私は食べている
人々が汗を流して育んだ
丹精を食べている
愛情を食べている
辛苦を食べている
すなわち人々をまるごと食べている
いくら食べても飽和にはならぬ
いちもくさんにきりもなく食べている
大食いなどというな
恥知らず不遜な奴などというな
私はいつか人々を
かざる美しい繭となる

作者の石井藤雄さんを私は存じ上げないのですが、昭和14年(1939年)生まれの農民詩人とのこと。お蚕さんがみずから胸中を語るような詩ですが、難しい語句も、ロマンあふれる美辞麗句もなく、日々の養蚕農家さんの仕事の積み重ねのように、淡々と実直な言葉が重ねられています。でも、最後の1行の飛躍ときたら、どうでしょう。ちょっと体が動かなくなります。

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この昇華された美しさこそが、「着物」として人の身を包むのです。

それにしても、そのお蚕さん達を育む養蚕農家の労力たるや・・・・・・。
前回の第10回でもご紹介しましたが、「蚕」の文字は「天」の「虫」と書くけれど「二人」の「虫」とも書きます。養蚕は二人で対になって行う仕事が多いとか。
昭和初期の最盛期、熊本県で養蚕農家は7万軒に及んだそうですが、令和3年現在、熊本で昔ながらの手法で養蚕を行う農家は2軒。人数でいえば2人です。ただでさえ時間も体力も必要な仕事を、ひとりでこなす毎日です。

しかし、花井さんは養蚕農家の仕事を「幸せ」と思い、実際に幸せそうに仕事を語ります。身体を動かすのは、ひとり。でも、花井さんの周囲には強力な協力者たちがいらっしゃる・・・・・・花井さんの話を聞き、花井さんの仕事を見るにつけ、それが実感されてきました。

それで、今回は花井さんの養蚕農家としての仕事をバックアップする方達に触れたいと思いました。単なるお友達紹介ではありません。そこに「養蚕の今」が見えてくるはずです。


■宗さん

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宗さん(写真左)は、花井さんが養蚕農家になった9年前から5令最後の床替えと上蔟(じょうぞく・次の第12回に詳述)の手伝いをしてくださる方。現在はお勤めをされていますが、子どもの頃から両親の養蚕を手伝っていらしたので、仕事が効率的で丁寧。花井さんが養蚕農家になりたての頃は上蔟の要領がつかめず、夜中の2時に半泣きで宗さんに電話して来てもらったこともあったとか。育蚕中は仕事帰りに寄って桑取りを手伝ってくれたり、奥さまお手製のお弁当を届けてくれたり、花井さんにとって心強い味方です。

人手の必要な上蔟は、いつも宗さんと、次にご紹介する花井さんのお姉さんの3人で行っています。花井さんの思考中はそっとしておいてくれ、何も言わずとも次の動きに入りやすいよう動線を整えて準備してくれるなど、阿吽(あうん)の呼吸で仕事ができるそうです。

3人で行う床替えや上蔟の作業は、仕事としては一番ハードなのに、一番幸せを感じます。お蚕さんにとって一番良い状況は何かということを、いつも一緒になって考えてくれるのです。時間に余裕がないなかでもお蚕さん、繭のために一見遠回りで意味なく思えるような作業も、気持ちよく行ってくださいます」と花井さんは語ります。

■お姉さま

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「雅美のおかげで養蚕の文化を知ることができて本当に良かった」と語ってくれる花井さんのお姉さん。花井さんが養蚕農家になってから上蔟のときはずっと来てくれています。
最初の頃はお蚕さんを素手で触ることも躊躇っていましたが、今では熟蚕(じゅくさん)を見分けるのがとても早く、お蚕さんを可愛く思っているそうです。

養蚕農家になりたい訳ではないお姉さんに、肉体的にもハードな上蔟を長時間手伝ってもらうことに申し訳なく思うときもあるそうですが、「良い繭にするために、雅美が今日までどれほど一生懸命やってきたか知っとるけん、この大事な上蔟を、雅美が思いっきりやりたいようにやれるごと、サポートしたいんよ」と言ってくださるとか。あらやだ、私ったら、キーボードを打ちながら涙が出てきた・・・・・・。

この冬、花井さんは堆肥18トンを桑畑に施しましたが、お姉さんが時間を見て手伝いに来てくれたそうです。
「マジ神」と思わず出た言葉が、今回のタイトルになりました。1軒の養蚕農家としては1人だけど、孤独ではない花井さんです。

■先輩農家さん

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前述の、昔ながらの伝統的な手法で養蚕に従事している熊本の農産農家2軒のうち、1軒が近隣の先輩農家さんです。上の写真で、蚕神社にお参りされている方で、この道50年の大ベテランです。

50年間お蚕さんの成長を見ているけれど、毎回初めて見たかのように目を細めて順調な成長を喜ばれるのだそう。なんかね、分かったようなことを言うのは憚られるけど、でも、この後ろ姿だけで、この方自身が尊いんだってことが分かるような気がするのです。

花井さんは、この大好きな先輩農家さんと一緒に地域の蚕神社を年2回掃除して、3月は無事に養蚕ができるよう祈願し、11月は1年の養蚕を終えた感謝の祈りを捧げています。

■熊本県蚕糸振興協力会、養蚕指導の先生

花井さんが養蚕をしている土地、家屋は、一般社団法人「熊本県蚕糸振興協力会」から提供されたものです。蚕座紙や農機具の購入、蚕台の設置、宗さんのようなお手伝いしてくださる方への謝礼、そのほか養蚕農家としてのあらゆる相談事に乗っていただくなど、多方面から花井さんの養蚕をサポートしてくれる存在です。

また、今回の育蚕で、花井さんは昔養蚕指導員をされていた方に連絡を取り、指導をお願いしました。昔は地区ごとに指導員がいて、農家は「先生」と呼んでいたといいます。
この先生は第13回にご登場予定です。お楽しみに!


■元養蚕農家の皆さん、ご近所の方々

2年前の育蚕期、昔ご両親が養蚕農家だったという当時88歳のおじいさんに町内会で会ったとき、聞かれたそうです。
「お蚕さんは2㎝くらいになったでしょう。ちゃんと食べてますか?」
「お蚕さん、元気にもりもり食べてますよ!」
「いや、お蚕さんじゃなくて、花井さん」

養蚕を知るからこその、気遣い。

下の写真は5令2日目の9月18日、ご近所さんからいただいた差し入れ。

5令-2 (5)くりごはん

出荷できない栗を知り合いに差し上げるのですが、この日は栗ご飯になって戻ってきたそうです。花井さんが住む山鹿の栗ご飯は小豆入りです。毎年この時期は育蚕に重なるため、栗を調理する時間もないので、栗ご飯や栗きんとん、栗あんなど、いろんな形でお返しくださるご近所さんからパワーをいただいています。

花井さんがいつも思うのは、花井さんの周りには元養蚕農家のおじいちゃんやおばあちゃん方がいて、育蚕中、その方達の言葉にかなり励まされているということ。

育蚕中は毎日、現実かと思うようなお蚕さんの夢を見て飛び起きるのですが、養蚕を辞めて40年以上たつおばあちゃんから「いまだに3段目のバラに給桑し忘れた夢を見て飛び起きることがある。実際忘れたことはないんやけど」という話を聞いて、「皆そうだったのかな?」とちょっとうれしくなることがあるそうです。

育蚕と栗の出荷できつくなったときは「あの頃は電気がなかったけん、お蚕さんの世話が終わってから、夜中にガス灯照らして栗ば磨きよった」という言葉を思い出して、もうちょっと頑張ろうと思うことも。

90歳のおじいちゃんからは、「小学校から帰ってきたら、籠いっぱいの桑葉を貯めるまではご飯を食べれんで、日暮れまで頑張って牛に桑籠載せて帰るときはうれしかった」と笑いながら話してもらうことも。

桑取りも給桑も、日々の育蚕も、ちょっときつくて、「もう今日はここまででいいかな」と思ってしまったとき、いろんな人の言葉で、もうひと踏ん張りできている気がする、という花井さんです。


毎週月・水・金曜日にアップしている本連載。次回は5月7日(金)です。育蚕のクライマックスともいわれる「上蔟」(じょうぞく)をレポートします。お蚕さん達のエネルギッシュな上蔟をご一緒に見届けましょう!


*本プロジェクトで制作する作品の問い合わせは、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。


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