【10】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? お蚕さん篇⑧
「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第10回 お蚕さん篇⑧ 壮蚕飼育「5令」
お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。
前回「お蚕さん篇」⑦では、「壮蚕飼育4令」についてお話しました。今回は、幼虫時代最後の5令に突入します。
■5令1日目 9月17日 「蚕は、天の虫であり、二人の虫」
【5令1日目】 9月17日(木)雨
11:00 ②蚕体消毒 → 網掛け → 給桑
15:00 除沙
*5令は、拡座をしながら5時、11時、17時、22時を目安に、気温や加減を見ながら給桑。
脱皮して5令を迎えたお蚕さん達に、まず蚕体消毒をします。
近くに寄ってみましょう。
ふと「おしらさま」という言葉が思い出されました。子どもの頃、国語の教科書にあったか、絵本で読んだか・・・・・・。
前出の『蚕 絹糸を吐く虫と日本人』によれば、「おしらさま」とは東北地方でまつられる蚕の神であり、家の神、子どもの神であり、柳田国男、南方熊楠、折口信夫など、日本を代表する民俗学者たちが考察した神様なのですって。昔の東北地方では蚕のことを「しろ」「しら」といったそうです。
私には詳しいことは分かりませんが、でもお蚕さん達の「白」を見ていると、そこに神性を感じるのは分かる気がします。
除沙(じょさ)のために「網掛け」をしました。このオレンジ色のネットは、熊本にあった稚蚕飼育所からもらったもの。硬めのネットなので、一人で作業をするのに都合が良いそうです。
花井さんは語ります。カギかっこ内を音読されることを強くお薦めします。
「お蚕さんは『天』の『虫』と書くと言われますが、『二人』の『虫』とも書きます。養蚕って2人で対になって行う作業がとても多いです。でも私は基本1人での作業なので、蚕台の回りをあっち行き、こっち行き、といつもグルグルと回っていて、網を張るのも大変なのですが、そんなときこの硬い網だと載せるのも外すのも1人で行えます。ただ、やはり昔から使われている柔らかい網のほうが、お蚕さんにとっては心地よさそうだし、硬いと用途も限られてくるので、今のところたまにしか使っていません。」
↑ ワタクシがですね、花井さんに惚れるのは、こんなところなのですよ。
お蚕さんが見えなくなるくらい、たっぷり給桑します。
■5令2~3日目 9月18~19日 「雨音」はお蚕さん達の調べ
【5令2~3日目】9月18日(金)雨、19日(土)晴れ
*5令は、拡座をしながら5時、11時、17時、22時を目安に、気温や加減を見ながら給桑。
下の写真は、18日の午後6時31分。
こちらも18日午後6時31分。
18日夜に最後の給桑をして・・・・・・
19日朝5時。上下の写真を比べてご覧ください。時間の経過とともによく食べているのが分かります。
寄って見ましょう。音を立てて食べているように感じられます。
お蚕さんが一斉に桑の葉を食(は)む音は、よく雨音にたとえられます。
1令や2令でも、耳を澄ませば「雨音」が聞こえるそうです。
「でもやはり5令の盛食期(5令4日目から。上の写真は3日目)の桑を食む音は圧巻です。本当に雨みたいです。毎回聞いているので、音により、良く食べているな、と分かります。とてもうれしいです。これが暑すぎたり、温度が低かったりすると、音も鈍いです。音は判断材料のひとつですが、音で判断というより、気温や湿度から予測して給桑量を加減し、その結果が音として返ってくる、そんな感じです」と花井さん。下は、19日11時20分。
下は、同時刻のサービスショット。既視感のある構図ですが、私はこれが好きみたい。頭部に近い胸肢で桑葉につかまって食べ進め、身体がぶらり。
前からのショット。
あら、お蚕さん。正面もラブリーなのね。
■5令4日目 9月20日 いちばん多く食べる盛食期に突入!
【5令4日目】 9月20日(日)晴
●5令は、拡座をしながら5時、11時、17時、22時を目安に、気温や加減を見ながら給桑。
5:00 石灰 → 網掛け → 給桑
11:00 ①②床替え(お蚕さんを全部上げて、蚕台の枝や残沙を取り除く)
5令4日目から約4日で、お蚕さんは繭を作り始めます。この「4日間の盛食期」は「生まれてから5令3日目まで」と同じ量の桑を食べるそうです。
別表現を引用しましょう。
「蚕は壮蚕(筆者注:4~5令)の段階で、一生のうちに食する桑の約98%を食べる。特に5令のときだけで約88%を食している。」(『養蚕と蚕神』より)
下の写真は、桑を刈り取る花井さん。腰くらいの高さから上を切ります。
な、なんと頼もしい。
基本的に一人で行う毎日の作業です。
下の写真は、クワコ(桑蚕)。桑を取るときに付いてくるので、見つけたら畑に戻しているそうです。
クワコはお蚕さん(家蚕・かさん)の先祖といわれ、桑畑(自然界)にいるそうです。桑の葉に黄色で薄い、ポヤポヤの繭を作るとか。
■ 5令5日目 9月21日 「5令は風で飼え」
【5令5日目】9月21日(月)晴
●5令は、拡座をしながら5時、11時、17時、22時を目安に、気温や加減を見ながら給桑。
下は、朝7時32分撮影。蚕台が真っ白に見えるほど、桑を食べ尽くしたお蚕さんでいっぱいです。5令期は、次の給桑2時間前に桑葉が無くなるのがベスト。次の給桑に備え、朝刈り取った桑葉がスタンバイされています。
同じく7時32分。ムクムクと大きくなっている感じ。
蚕台の枠は滑車が通れる仕組みになっていて、仕事を助けます。
窓のところに扇風機が置かれているのが見えます。
「5令は風で飼え」といわれるくらい風(気流)が大切で、外の空気もしっかりと取り入れています。
壮蚕期(4~5令)は、スポットクーラー2台、大型扇風機2台、練炭・ストーブで日々温湿度の調整をしています。
下の写真は、育蚕終了後10月になって私(安達)が訪問したときに、片付けられた蚕室で撮ったもの。養蚕用の温度計が掛けられていました。
蚕室の温度や環境は、お蚕さんの食欲や上蔟の時期、繭の質などに影響するので気を配ります。
「人間も居心地がよいと思える環境でないと、お蚕さんもきっと居心地が悪いだろう」と花井さんはブログに記しています。
下は本日のサービスショット。今まで「可愛い」と言っていたけど「美しい」と表現したくなりました。
■5令6日目 9月22日 床替えは素早く
【5令6日目 9月22日(火)晴
●5令は、拡座をしながら5時11時17時22時を目安に、気温や加減を見ながら給桑。
5:00 石灰 → 網掛け → 給桑
11:00 ②③床替え
朝6時53分。
この日は生育の進み具合で分けた②(標準)と③(遅口)の「床替え」を行いました。2日前の5令4日目でも①(早口)と②を行っていますが、ここでレポートします。「床替え」は「座の掃除」のこと、お蚕さんを全部上げて、蚕台の枝や残沙を取り除く作業です。
床替えは、お蚕さんに負担をかけないため、時間との勝負。残沙を運び出すだけでも大仕事で、半日ほどかかる仕事です。手を休めることなく進めるので体力勝負でもあります。
網掛けをしてその上に桑を置き、お蚕さんが網の上に上がったら、網を上げていったんお蚕さんを全部あげて、座に残った残沙を片付けます。
育蚕中は毎日、お蚕さんの独特の匂いがします。元農家さんが来たら、まず「この匂いが懐かしい」と言われるそうです。いつもは桑のさわやかな香りがしますが、気温が高く食べ残しが多いときなどは座が蒸れたような匂い(桑葉と糞[ふん]で熱をもった匂い)がするそうで、状態を判断する目安になります。
さっぱりした蚕台にお蚕さんを戻し、給桑します。
■5令7日目 9月23日 いよいよ上蔟へ
【5令7日目】9月23日(水)晴
●5令は、拡座をしながら5時11時17時22時を目安に、気温や加減を見ながら給桑。
14:00 ①早口(5令8日目)上蔟開始
*早口は一日早く5令になったので8日目となる
朝6時26分のお蚕さん。だいぶむっくりして熟蚕(じゅくさん・糸を吐く直前の状態)に近づいてきました。
夕方、上蔟間近のお蚕さん達がもう少し食べそうだったので、ぎりぎりまで食べてもらうため、桑の枝を外し、葉のみを与えました。
でも、壮蚕期は条桑育(じょうそういく・枝ごと桑を与える)で良かったはずなのに、どうしてわざわざ手間をかけて枝を外すのでしょうか。
「経過分けをしていても、そのグループで早く上がるお蚕さんもいれば、まだ食べ足りないお蚕さんもいます。その時に、蚕座に枝などで空間があり、足場を掛けやすい状態だと、早く上がったお蚕さんが下に潜って繭を作り出してしまいます。なので、上蔟前は出来るだけ座を平らにし、お蚕さんが枝に繭を作らないよう、様子を見ながら最後の数回は枝を入れず葉のみを与えています。その時々の状態に応じてです。」と花井さん。
手間を掛ける背景には、意味があるのですね。
上の写真は、17時の給桑。お蚕さんは、桑の葉をむしゃむしゃ食べて、体の中に絹糸の元となるアミノ酸を溜め込みます。これが体の中でいっぱいになったとき、糸を吐き出します。いよいよ、その時が近づいてきました。
毎週月・水・金曜日にアップしている本連載。次回は5月5日(水)です。上蔟を前に、ちょっと寄り道します。どうぞお立ち寄りくださいませ!
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