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【30】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 染め織り篇⑨

「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第30回 染め織り篇⑨織り上がり

お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。


前回「染め織り篇」⑧では、吉田美保子さんが機織り(はたおり)をする工程をレポートしました。今回は、丹念に織り続けて19日目、とうとう織り上がりの日を迎えたようすと、その後の作業をお伝えします。

■最後の最後まで織る!

2021年4月27日、ゴールデンウィークを控え、新緑がまぶしくなっていました。桜が散って、次々に春の花が咲き競う4月9日から吉田美保子さんが着物を織り始めて19日目のことです。「織っているときは、糸の質がキレイだと目を見張る思いでした」と語るように、黙々と美しい糸たちの経緯(たてよこ)を出合わせながら着物を織り続けた日々を経て、よくやくゴールが見えてきました。

下の写真、経糸を張った織機の下中央に見える緒巻(おまき)には、経糸の端を結びつけた「ちきり布」が引き出されようとしています。

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織り進めるたびに「ちきり布」が近づいてきます。それは織り終わりを意味しています。「ちきり布」に結びつけた経糸の固結びが綜絖(そうこう)まで達したら、もう織れません。

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あれ、上の写真に綾棒(あやぼう)が1本しかありません。確か2本あって、綾を維持していたのでは?「織りの命」でしたよね?

「もう残り少なくなったので、綾棒1本でも織れるので、1本を抜きました。その分、多く織ることができます。2㎝ほどですが」(吉田さん)

貴重な糸ゆえに織機の構造上、織れるギリギリのところまで織って織物にしたい――吉田さんの思いです。

いよいよ織れなくなったら、機織り終了です。下の写真は、機の後ろ。経糸に挟み込んでいた機草(はたくさ)が全部落ちています。

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織物を織るたびに巻き取っていた千巻(ちまき)をゆるめ、外してゆきます。すべてを引き出したら、最後に緯糸を入れたところから5㎜ほどのところにハサミを入れて切り離します。「織り上がった!」という達成感と共に、ドキドキしながらのご対面です。

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織っている最中に、巻き取っている織物を引き出して確認することはできます。しかし、巻き直してずれる恐れがあるため、吉田さんは見ないことにしているので、全体像を見るのは初めてになります。

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「これはこれで、良かったかも」
プレッシャーにさいなまれて「ダメかも」と思ったこともありましたが、見ていると「糸が助けてくれた。」そう思ったそうです。きらきら光る糸が、水の輝きを語ってくれていました。

2021年4月27日夜8時少し前。近隣への配慮から8時までを織る時間と定めている、その直前に織り上がりました。満月の夜でした。

■満月の夜に

吉田さんは、早速プロジェクトメンバーにメールを送信しました。

ただいま、満月がこうこうと輝いております。さんさんとした月明かりを浴びたところです。
ところで!
先ほど、花井さん中島さん糸の着尺、織り上がりました。着物の出来はなんとも言えませんが、とにかく、やりたいことをやり切りました。
これでいいのか、もっとできたのではないか、余計なことをしたのではないか、生かしきれているのか。この4ヶ月、ずーっと悩んでおりましたが、とにかく最大限にやったとだけは言えます。(吉田さんのメールより抜粋)

メンバー一同、待ちに待っていた朗報でした。この頃(今もですが)、note連載記事を全員でチェックしてからアップする作業をしていたので、毎日ひんぱんにメールが飛び交っていたけれど、申し合わせたように誰ひとり吉田さんに進捗状況を尋ねていませんでした。急かすことになってはいけないと・・・・・・あ、いや、私が何か聞いたかな? 都合よく忘れました。

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note連載第1回に掲載した写真(上の写真)に、吉田さんのデザイン画が写っていたため、だいたいのイメージはありましたが、実際にどんな着物ができたのか、どのような織り味なのか、この時点では分かりませんでした。しかし、吉田さんの「やりたいことをやり切りました」ということばに、メールを受け取った私たちも、晴れ晴れとうれしい気持ちに満たされました。

■織り上がり後の精査

機から作品を下ろした吉田さんは、織り上げた布を精査します。糸とびや修復したところをルーペでチェックし、直しました。

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次の工程は「蒸し」「水元(みずもと)」「湯のし」です。「蒸し」と「水元」は吉田さんの工房で行うこともありますが、今回は京都へ出しました。

蒸し」は、高温で30分から1時間程度蒸すことで、ブラッシングカラーズで染めた染料の染着と発色をうながす作業です。

水元」は糊(ふのり)や定着しきれなかった染料を洗い落とす作業。

湯のし」は、蒸気をあてて生地の幅や布目を整える作業で、湯のしをすると絹にツヤが出ます。

■とりあえず観賞

京都へ仕上げに出すのはゴールデンウィーク明けなので、吉田さんは写真を撮って私たちに見せてくれました。仕上げ前の、まだ糊がついた状態ですが、モニター越しではあるものの私たちには初めての対面です。

まずは、よけいな説明抜きで、3枚の写真をご覧ください。

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清らかな湧き水が陽の光に乱反射して、キラキラと流れている――まさしくそんな光景を見るようです。緯糸は1色でも、畝織(うねおり)・平織(ひらおり)を市松状の交互に配することで、光と湧き水の粒が戯れるように浮き立って見えます。

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吉田さんから送信されたこれらの写真を見た、プロジェクトメンバーの返信を、抜粋して送信順に。(安達が一番乗りで失礼します)

安達「なんだかね、私、年を取ったのかしら。涙が出てしょうがないのですよ。すばらしい着物を制作してくださったお礼をすぐに電話で伝えたい、と一瞬思いましたが、気持ちが高ぶって声が出ないかもと踏みとどまって、今メールを打っています。ともあれ、ありがとう。ほんとうにありがとう。よく『まゆ』『まみ』達の声を聞いて、吉田さんの思いをのせた作品にしてくださいましたね。

あのときの感動を思い出しました。2020年10月16日、プロジェクトの生繭を初めて見たとき「まゆ」とか「まみ」とか名前を付けたいくらいに慕わしさと親しみがあると思ったのです。あの子たちの声を、吉田さんが聞いてくれて、ここにあの子たちを歌わせてくれているような気がしたのでした。

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花井さん「私、おそらく安達さんと全く同じ状態だったかと。後でじっくり、ができず、蚕室で吉田さんのメール添付を読んで、しばし言葉がなにも出ず、ただただ涙が出てました。もう、本当に美しくて、安達さん、私も年取ったからですかね。涙、出ちゃいますよね。いや、これは、きっと年ではなく、美しいものに感動して心動かされた涙ですよね。今、幸福感で満たされています。ほんとはまだ心に溢れだした伝えたい思いがたくさんあるのですが、今回はひとまずここで失礼します。美しい、素晴らしい作品を見せていただき、本当にありがとうございました。」

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中島さん「吉田さん、最高です!!素敵、ステキ。いやぁ〜、私も着尺のお写真を見て、興奮しました。これは素晴らしい着物になりますね、確実に。
花井さん、花井さんの育てた繭が、吉田さんの手によって、あんなに美しい着尺になるなんて、感無量だと思います。わたしも共に携わることが出来て、本当に嬉しいです。よかったぁ〜!!」

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つまり、3人とも取り乱した感じのメールを送り合ったのでした。落ち着きを取り戻した「感想」は、後日掲載しますね。

毎週月、水、金曜にアップしている本連載。次の第31回は6月21日(月)です。吉田さんの「機じまい」について。残った糸たちのゆくえについてもレポートします。どうぞお楽しみに。


*本プロジェクトで制作したこの着物を、お一方にお頒けいたします。ご希望の方、あるいは検討をされている方は、下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。

*本プロジェクトで制作した着物を出品する「白からはじめる染しごと展」は6月の開催を予定していましたが、新型コロナウィルス感染予防の観点から11月に延期になりました。その代わり「白からはじめる染しごと展」主催で、開催予定であった6月26日(土)21時から、本プロジェクトの着物に、コーディネート提案を行うインスタのライブ配信を行います。以下をご参照ください。
https://www.instagram.com/shirokara_kai/


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