見出し画像

【5】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? お蚕さん篇③


「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第5回 お蚕さん篇③ 稚蚕飼育「掃き立て」

お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。

前回「お蚕さん篇」②では、お蚕さんの卵「蚕種(さんしゅ)」についてお話しました。今回は育蚕の初日に行う「掃き立て」(はきたて)をレポートします。

朝5時からのスタート

2020年8月31日にお蚕さんの卵「蚕種」を迎え、9月1日から始まった花井雅美さんの育蚕。これから約10回にわたってご紹介するのは、熊本県山鹿市の小規模農家「お蚕ファーム」で行う晩秋蚕期の飼育です。その方法は地域や養蚕農家の規模によって異なる場合があることを、まずお伝えしますね。

さて、この日に行った花井さんの作業を、日誌から抄録しました。

【1令1日目】2020年9月1日(火)晴れ(夜雨) 気温27度 湿度80% 
5:00 点灯(70%孵化)
8:30 掃き立て(95%孵化)  蚕体消毒 → 呼び出し桑
10:30 掃きおろし → 整座 → 給桑
16:00 給桑
21:30 給桑

早朝5時、花井さんはずっと暗くしていた室内を点灯しました。この時点で70%のお蚕さんが孵化(ふか・卵からかえること)していました。

掃き立て(孵化したお蚕さんを蚕座へ移すこと。羽ぼうきで掃きおろすことから、この名がある)は、90~95%ほど孵化した時点で行います。

蚕種が届いてから孵化当日の朝まで暗くして、掃き立ての数時間前に点灯するのにも理由があるそうです。暗いときに点青したもの(孵化前に卵が青みがかること)を「暗催青」(あんさいせい)といい、それらは点灯して明るくなると、その後の胚子発育(孵化機能)が抑制されます。反対に、点青が遅れているものは、点灯すると胚子発育が促進されるので、結果的に掃き立て数時間前に点灯することで発育程度が斉一となり、孵化も揃ってくるからです。

「みんな違って、みんないい」と詩では謳われるものの、育蚕では繭を作るまで生育をできるだけ揃えるのが上手に飼うポイント。確かに。

しかし生きものの定め、みんなまったく同じというわけにはいきません。それでも「揃える」努力をする。これが養蚕農家の腕の見せ所、というか知恵の絞り所のようです。点灯1つに知恵がいっぱい詰まってる!!!

1令 -1 (1)

上の写真は7時49分撮影。ほとんど孵化している感じ。
このあと8時30分頃より掃き立てです。

その前に、お食事の準備。もちろんお蚕さんの、ですよ。この日からのために丹精してきた桑の葉の出番です。新鮮で美味しそう!

1令 -1 (2)

桑の葉は、稚蚕(ちさん)期の1令*~3令までは、与えるのに適切な「適葉部位」という目安があり、お蚕さんが小さいほど柔らかい部位を与えます。木の上から下へと葉のみを刻みます。このあと壮蚕(そうさん)期の4令~5令では条桑育(じょうそういく)といい、枝ごと切って給桑します。

*「令」について (蚕の成育)
掃き立て後の幼虫を「1令」といい、1回脱皮して「2令」となり「3令」までを「稚蚕」といいます。「4令」と「5令」は「壮蚕」。「5令」まで育った後、繭を作ります。一般には「齢」という字を用いますが、養蚕では「令」の字で通用しているので、ここでも「令」で統一しています。

桑を包丁で切るのは、最初に与える「呼び出し桑」と次の桑くらいで、それ以降は挫桑機(ざそうき)という機械で刻んでいます。量が多くなるので、包丁では間に合わなくなるのです。

ちなみに、孵化をさせる「孵化機」というのもあり、かつて蚕種屋さんで使われていたものが花井さんの「お蚕ファーム」にもあるそうですが、孵化までの催青期間は蚕種屋さんに全てお任せです。

1令 -1 (3)

さあ、パックを開けました。この台は、「バラ」とよばれる竹製のトレイで、その上に蚕座紙(さんざし)と防乾紙を敷いてあります。

ひとつのパックには2.5グラムの蚕種が入っています。およそ5000粒。4パックで1箱10グラムとなり、前回の記事でもおなじみ「蚕糸業法」で1箱10グラム(約20000粒)と決まっていたそうです。平成10年(1998年)に廃止されて1箱の単位が変わった地域があるけれど、熊本ではそのままだとか。ほー。恐るべし「蚕糸業法」。おぬし、そこも支配しておったのか。

■お蚕さんを守るために              

1令 -1 (4)

パックを開けると、すぐに「蚕体消毒」をします。
ザルに入れた蚕体消毒用の粉を、お蚕さんの上にふるいます。これは、孵化から5令まで、脱皮するたびに行います。脱皮したては皮膚が柔らかいので、菌やウイルスから守るためです。

孵化から3令までの稚蚕期は、とてもデリケートで病気になりやすいため、道具や蚕具、蚕室、建物内などの消毒を徹底し、稚蚕室に入る前には人間も消毒します。飼育者は、飼育前から納豆を食べないとか、味噌を触らないようにすることも基本事項だそうです。思えば『銀の匙Silver Spoon』荒川弘(小学館)という農業高校を舞台にしたマンガで、チーズを作成するときも前日と当日に納豆を食べた人は参加させてもらえなかったな。

最初のお食事「呼び出し桑」

1令 -1 (5)

最初に与える桑は「呼び出し桑」とよばれる、いちばん柔らかい葉を刻んだもの。花井さんが腕によりをかけて育成した桑葉です。

■掃きおろし

1令 -1 (7)

午前10時半、パックから鷹の羽ほうきで、そっと掃きおろします。


1令 -1 (8)

整座。この座にいる約5000頭ものお蚕さんの偏りや、給桑(きゅうそう)のムラを整えます。「みんな、食べてね!」

1令 -1 (12)

16時頃、3度目の給蚕。お蚕さんたちが桑の葉に上がってきてる!小さい黒い粒が糞(ふん)です。おしっこは繭を作る頃までしません。

1令 -1 (20)

周りを濡れ新聞紙で囲います。

日誌抄録を見ると1令~3令までの稚蚕飼育では、温度と湿度が記載されています。それだけ稚蚕期は温度と湿度が重要ということ。1令では温度27度、湿度80%、2令では温度26度、湿度80%、3令では温度25度、湿度80%と、温湿度が一定に保たれているのが分かります。

そのために座の下に防乾紙を敷き、周りを濡れ新聞紙で囲い、下の写真のように上から「バラ」全体にかかるよう防乾紙をかぶせます。さらにエアコンと加湿器を使って、温度と湿度を調整しています。エアコンの周囲は、常にびしょびしょのタルケットで覆い、加湿器は8畳ほどの広さの稚蚕室に45畳用の大型加湿器を使用するなどして対策します。

本格的な稚蚕飼育所では温度と湿度を調整する設備が整っており、また昔は小型の稚蚕用飼育機もありましたが、個人で稚蚕飼育に取り組む花井さんは、みずから工夫して稚蚕飼育に理想的な環境を作り出しています。

1令 -1 (21)

さらに上から黒シートを掛けて、お蚕さんの当座の住まいが完成。箱入り娘並みに大切にされているのですね。 

1令-4 (11)

黒シートは温度と湿度を保持するためと、光を遮るために使います。お蚕さんは光に反応するので(明るい方に寄ってくる、成長に差が出る)、それを防ぐためだそうです。

21時半に4回目の桑を与え、初日の仕事が終わりました。

■中島さんもびっくり

育蚕1日目の日誌を見て、かつて製糸や染織を学んだときに養蚕研修も受けたことがあるという中島愛さんは「すべてが徹底している」と感心しきり。「こうやって徹底してお蚕さんのために働いているから、健康で美しい繭ができるのだと思います」と、後日今回の繭から糸を引いた人ならではの実感を述べています。分かる人には分かるのね。


毎週月曜と木曜にアップしている本連載。次回は4月19日(月)です。ちっちゃなお蚕さん達が少しずつ大きくなってゆくのを一緒に見守りましょう!


*本プロジェクトで制作する作品の問い合わせは、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。


よろしければサポートをお願いします。いただいたサポートは、本プロジェクトを継続させていくために使わせていただきます。