【12】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? お蚕さん篇⑩
「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第12回 お蚕さん篇⑩ 上蔟(じょうぞく)
お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。
前回「お蚕さん篇」⑨では、ひとりで晩秋蚕の飼育に励む養蚕農家の花井雅美さんを、強力にサポートする方々をレポートしました。今回は、いよいよ上蔟から営繭(えいけん)へ。お蚕さんが繭を作り始めます。
■5令8~9日目 9月24~25日 手拾いによる上蔟から営繭へ
5令8日目 9月24日(木)雨
5令9日目 9月25日(金)晴
②標準上蔟
9月1日に1㎜ほどの卵から孵(かえ)ったお蚕さんは、新鮮な桑の葉をひたすら食べ続け、体が大きくなるたび脱皮して、最後はさらに食欲旺盛となり、7~8㎝ほどの大きさまで成長しました。
5令になって8日~9日目くらいに、充分桑葉を食べたお蚕さんは食べるのをやめます。体中に絹糸の元となるアミノ酸を溜め込んだお蚕さんたちは、吐糸(とし:糸を吐くこと)して繭を作る(営繭:えいけん)体勢に入るのです。この時期のお蚕さんを「熟蚕」(じゅくさん)といい、お蚕ファームでは熟蚕を手で拾い上げ「上蔟」(じょうぞく)させます。
上蔟前日や当日、その時が近づくにつれ、蚕室の匂いが少し変わるそうです。さわやかな桑とお蚕さんの匂いから、少し湿ったような、ほんの少しツンとするような、蚕室に入った瞬間だけ分かる匂いがするといいます。大抵は視覚や温度、成長などで判断しますが、匂いも少し目安になるとか。
「上蔟」とは、熟蚕を「蔟」(まぶし)という繭を作る場所に入れる作業をいいます。そのやり方にはいくつか方法があり、天候や成長の揃い具合をみて決めています。以下、おもな3つの方法をご紹介します。
①「上蔟ネット」を使って熟蚕を集めるやり方(一斉上蔟)
上蔟予定日、天気がカラッとして日中にかけて温度が一気に上昇するときは、お蚕さんも一気に上がり出す(熟蚕になる)ので、成長に合わせて5つに分けていたグループごとに時間を逆算して「上族ネット」という網を掛け、桑を少し載せます。そこへお蚕さんが登ったところでネットを一気に上げて全ての蚕を別の場所に集め、蔟に入れます。
②桑の枝を使って熟蚕を集めるやり方(一斉上蔟)
桑の枝にお蚕さんを登らせ、登ったお蚕さんを別の場所に一気に枝から払い落として集める方法。
③手拾いで熟蚕を集めるやり方
熟蚕を見極め、1頭ずつ手で拾って集めるやり方。
どの方法を選択するかによって、前日からの準備も変わるので、天気予報を見ながら進めます。今回は、上蔟の日に雨が降り、気温が低くなることが前日に分かっていたので、手拾いする方法を選びました。
手拾いの長所は、確実にギリギリまで食べさせることができること。経過順にしっかり分けていても、雄(オス)のほうが1日ほど早く上がるので、手拾いでない方法(一斉上蔟)だと、雌(メス)を少し早めに上げることになってしまうといいます。
蔟にお蚕さんを入れるタイミングは、早すぎても(若上げ)、遅すぎても(過熟蚕)、お蚕さんだけでなく人間にも負担がかかり、繭の質に影響するので、1頭ずつ熟蚕を見極めるのは、良質な繭を作るのに重要となります。
花井さんは「お蚕さんが繭を作るのは本能なので、どんな育て方をしても生きている限り繭を作りますが、その繭をいただくからには、最高の質に仕上げ、次(糸づくり→染織)につなげたい」と考え、できるだけ手拾いで上蔟を行うそうです。
しかし、手拾いの短所といえば、時間がかかること。そのため手拾いができるのは花井さんのお蚕ファームのような小規模農家だからだそうです。大規模農家だと量的にも、時間的にも、間に合わなくなります。
上の写真は、いずれも適熟蚕です。一斉上蔟か、手拾いかで、上げるタイミングが変わりますが、手拾いの場合、手前の赤い丸で囲ったお蚕さんくらいがジャスト・タイミング。充分に桑を食い込んだお蚕さんは、桑を食べるのをやめ、体が少し縮んで丸みを帯び、尻尾がキュッとしぼんだようになります。そのタイミングで拾うのがちょうど良いとか。
上の2頭も適熟蚕ですが、拾い上げるタイミングとしては少しだけ遅いそうです。お蚕さんは、繭を作る場所を決めるのに少し時間がかかります。そのため拾い上げるタイミングが遅いと、場所が決まる前に蔟を這い回りながら糸を吐いてしまうそうです。・・・・・・うーん。私では、なかなか違いが分かりません。花井さんは、「最初は難しかったけど、目が慣れてきた」って。
それでも経過順に行うとはいっても、万単位で育成しているお蚕さんを拾い上げるのは相当な仕事になります。
そのため、前回第11回でご紹介したように、上蔟には宗さんというベテランと、花井さんのお姉さまが手伝いに来てくださいます。
上の写真は、蔟に載せた熟蚕。
この蔟は丈夫なボール紙素材で出来ているので「ボール蔟」とよばれます。
1枚のボール蔟は156区画(12×13)あり、地域によりますが、お蚕ファームでは春は8割、秋は7割の入居率(←養蚕用語ではありません)を目安に入れます。秋の方が気温が高いので、気持ち少なめに。
蔟を回転枠に取り付け、下の写真のように、蔟が縦になるよう回転枠を横にして上から吊り下げます。1台の回転枠に、10枚の蔟を取り付けています。
お蚕さんは上蔟時、上に上に行こうとするので、お蚕さんが上にたまったら、その重みで回転台がぐるんと回り、上下が反転します。ほー、よく出来ている仕組み!
お待たせしました。下の写真は、恒例のサービス・ショットです。
最上階までやって来た、仲良しのお蚕さん。
みずから繭を作る部屋を決めるお蚕さん。お気に入りが見つかったかな?
ちょっとした壮観です。
上蔟時、回転枠の下には、新聞紙が敷かれています。
お蚕さんは、蔟のなかで足場を作り、営繭に入る前、最後の糞(ふん)と初めての排尿をします。不要な体液と尿を排出し、吐糸に備えるのですが、お蚕さんが一斉におしっこしだすと、ボトボトボトとすごい音がするとか。花井さんはそれを聞くと「場所が決まったんだ」とほっとするそうです。
「アリガトネ」←誰の声?
主なき蚕座を掃除する宗さん。残沙(桑の食べ残しや糞)を掃き集め、手作りクリームや石けんに入れたり、畑の肥料にしたり・・・・・・。
■繭を結ぶお蚕さん
繭を作る場所を決めたお蚕さんは、糸を吐き始めます。そのとき「チカチカチカ」という音がします。花井さんは、繭に耳を近づけていつも聞きます。湿度や温度、気流が適度であれば、力強く一定のリズムが刻まれるような気がするとか。
お蚕さんは約60~72時間かけて繭を結びます。
■9月26日~10月2日 より良い繭を結んでもらうために
9月26日(土)~10月2日(金)
遅れ蚕上蔟
育蚕片付け
立ち虫拾い(蔟に入らないお蚕さんを拾う)
上蔟改善(温度、湿度、気流の調整)など
先に上蔟したお蚕さんが繭を作る一方で、遅れて成長したお蚕さんも次々に上蔟のときを迎えます。下の写真は、熟蚕を拾う花井さんのお姉さま。
熟蚕のなかで、まだ桑を食べているお蚕さんもあり、青く見えるので「青虫」とよばれるそうです。遅れても、あたたかく見守られてる気がする!
上蔟するお蚕さんたちも、みんなが皆、順調という訳ではありません。
上の写真は「立ち虫拾い」。12時間ほどが経過しても蔟に入らないお蚕さんを拾って、別の蔟に移します。すると、大抵はすぐに繭を作り始めます。
ちなみに、弱っているお蚕さんは、以前は藁まぶしに入れていましたが、今は繭を作りやすそうな桑の葉に繭を作ってもらっています。その場合、出荷出来ないのですが、お蚕さんの様子を見て振り分けているそうです。
■営繭時の3大要素「温度」「湿度」「気流」
糸の質に多く影響が出るといわれる営繭(吐糸)時は、「温度」「湿度」「気流」が大切な要因です。吐糸が終了するまでの60~72時間は、できるだけ変化しないよう維持に努めます。
営繭中は湿度を下げるため、昼夜練炭を炊くのですが(下の写真)、昼は外音が30度を超え、夜は15度ほどに冷えるため、冷風機やストーブを追加して、気流を調整します。
昔は養蚕用の気流を測る資材があったほど、営繭中の気流は繭の質に与える影響が大きいそうです。
お蚕さんが吐糸する際は、多量の水分を気体として放出しているため、蔟の中に手を入れると「すごい湿度と温度」だそうです。
吐糸中、湿度が高いと、繭糸の解舒(かいじょ:繭から糸を取るときの状態のこと)が悪くなるので、火器を使って蒸発させ、湿度を下げるのです。
お蚕さんは適温時は休むことなく一定のリズムで吐糸しますが、温度が低くなったり、高くなったりの変化があると、糸を吐くのをやめたり、また吐き出したりと、糸にムラが出て、繰り糸の際に切れやすくなります。そのため、繭質に影響が出ないよう、蔟に風が当たらないように注意しながら気流を回して熱を飛ばします。
このような営繭中の温度、湿度、気流の調整は、上蔟の早口、遅口に合わせ、6日間ほど行っています。
お蚕さんの糸を吐く音を聞きながら経過を考察し、だんだん音が小さくなり、聞こえなくなり、吐糸が完了してから1日ほどおいて全ての火器を消します。この温度、湿度、気流を調整するタイミングの判断は、大変難しいそうですが、しかし今回は「ぴたりとうまくはまった」と、花井さんは振り返ります。やったね!
いよいよ、繭の完成です。
■栗の出荷も
営繭中、花井さんは栗の出荷も行いました。
今年は、例年の半分よりちょっと少ないくらいの収穫量だったそうです。
ここまで少ないのは、台風の影響が大きいのですが、梅雨時の長雨による日照不足と、その後の炎天下による影響もあるとか。
気候による影響は、栗だけのものではありません。桑も同じです。
日照や積算温度など、今年の影響は、来年の春の桑にも響いてくるので、春の育蚕の桑葉が足りるのか、飼育量を減らすのか、それも養蚕農家の思案のしどころです。
毎週月・水・金曜日にアップしている本連載。次回は5月10日(月)です。
繭を収穫する「収繭」(しゅうけん)作業をレポートします。お蚕さんたちは「繭」とよばれるようになります。
*本プロジェクトで制作する作品の問い合わせは、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。