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【17】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 糸づくり篇②

「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第17回 糸づくり篇②「座繰り(煮繭~整緒)」

お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。

前回「糸づくり篇」①では、養蚕農家の花井雅美さんが育てた繭を受け取った中島愛さんの糸づくりに対する気持ち、吉田美保子さんとの打ち合わせをご紹介しました。今回は、繭から糸を引いてゆく「座繰(ざぐ)り」に向かう工程をレポートします。


■2020年11月2日、冷凍庫から冷蔵庫へ

吉田美保子さんとの打ち合わせを経て、糸づくりの方向性を見いだした中島愛さん。11月3日から行う座繰り作業のため前日の2日に、使用する分を冷凍庫から出し、冷蔵庫に移し替えました。

繭冷凍庫

上の写真は、繭専用の冷凍庫。市販の冷凍庫を繭のためだけに使っているそうです。繭たちは、ここでもVIP待遇でした。

お蚕さんは、糸を吐いて繭を作った後、その中で蛹(さなぎ)になり、成虫となって繭から出てきます。その前に糸を取るため、すぐに糸取りできない場合は成虫が出てこないよう保存処理をします。その方法は、中島さんのホームページによると4つの手段があるそうです。

【繭の保存法】
①冷蔵保存
 繭が生の状態で、冷蔵します。
②冷凍保存 繭が生の状態で、冷凍し、蛹を乾燥させます。使用するときに解凍し、座繰りします。
③塩蔵 生の繭を塩漬けし、粘土で上から固め、一週間ほどしたら取り出し、天日で干してから、常温で保存します。
④熱風乾燥 繭に熱風をあて乾燥させて、常温で保存する方法です。

現在は④の手法、養蚕農家から出荷された生繭が製糸工場で乾燥される乾繭が主流です。花井さんのお蚕ファームでは、近隣に製糸工場がないため乾繭まで行って出荷されていました。中島さんは野村町の研修で、③の塩蔵も経験されたそうです。塩蔵した糸は、少し黄色みがかかり、柔らかい糸になるとか。保存方法にも、それぞれ特徴がありますが、今回のプロジェクトでは、よりお蚕さんが吐いたままの自然な姿に近いと思われる観点から、冷凍保存が選ばれました。

■座繰りの工程は「煮繭」から

11月3日、中島さんは座繰りの仕事に取りかかりました。今回の全量5㎏(着物約1枚分)を1日ですべて行うのではなく、一定量を座繰りで糸を取る作業を2日したら、次の日は綛上げ(かせあげ)をして、綛(糸の束)の状態にする、という工程を1セットとして、その繰り返しを12月1日まで、約1ヶ月かけて丁寧に座繰りの作業を行いました。

冷蔵庫から出した繭に行う最初の工程は「煮繭」(しゃけん)。お蚕さんが吐いた糸は、フィブロインという3角形状の断面をもつ2本のタンパク質繊維が主成分で、その周囲をセリシンという粘着性の硬タンパク質で覆っています。繭を煮ると、このセリシンの一部が溶けることで繭質がほぐれ、糸が引き出しやすくなるのです。

アップ

蓋付きのザルに入れた繭を湯の中に入れ、次にもう少し高温の湯に入れ、15℃ほどの温度差を繰り返して繭の内部まで均等に湯を浸透させ、その後ザルから出して煮てゆきます。煮方は人それぞれ。煮すぎると繭がお湯に沈んでしまい、座繰りするのが大変になるので、初日は特に慎重に、繭を煮ながらよく観察します。

煮繭で気をつけることは「煮すぎず」「硬すぎず」「ほぐれやすく」。時間を計るより、どれくらいお湯がぐつぐつしているか、繭から泡がどれくらいでているかを観察し、蓋をするか、どのくらい浸しておくかを判断します。

■索緒、抄緒、整緒・・・・・・

繭を煮たら、次はたくさんの繭から同時に糸口を見つける作業に入ります。繭の表面をブラシ状のもので軽くこすると、たくさんの糸がからまって出てきます。煮繭がうまくできていれば、すぐに見つかるそうです。

これを「索緒」(さくちょ)といい、本などには「索緒箒」(さくちょぼうき)を使うとありますが、中島さんはキッチン用品として市販されているザル状のおたまで行います。私がこの冬に読んだ時代小説『あきない世傳』(高田郁・角川春樹事務所)では「実子箒」(みごぼうき)とよばれていました。稲穂の芯で作った小さな箒だって。つまり身近なもので良いみたい。

索緒により、糸同士がからまってたくさん出てきたものを、1本の糸になるまで引き上げる作業「抄緒」(しょうちょ)といいます。

抄緒2

上下の写真は「抄緒」をしているところ。

抄緒1明るさ

上の写真で、左手に持っているのは「きびそ」(生皮苧)とよばれる部分です。「きびそ」を取りながら、糸口を探します。お蚕さんが繭を作る足場にするため最初に吐いた糸は毛羽とよばれ出荷前に取り除かれますが、その次の段階で、繭となる表面に最初の糸として吐かれたものが「きびそ」です。

きびそ1寄り

上の写真が、今回のプロジェクトで得た「きびそ」。これだけで、何か芸術作品でも見るかのような迫力があります。これが「生きている糸」なのか、と言う感じ。アップで見てみましょう。

きびそ2

この「きびそ」が、吉田美保子さんなど染織作家さんが織物の風趣を豊かにするために用いる「きびそ糸」の元になります。「きびそ」を紡いだり、特殊な機械で繰り糸したりして「きびそ糸」が作られるそうです。この「きびそ」は現在中島さんのところで保管されていますが、量がたまれば精練して紡ぐことが可能だとか。うん、うん。また未来が見えてきました!

さて、糸づくりに話を戻しましょう。

抄緒でゴワゴワした「きびそ」を引き出し続けると、ツルツルの1本の糸が出て来ます。この引き出された糸口を「整緒」(せいちょ)といい、ハサミで切って「きびそ」を取り外します。この過程を経て、よくやく座繰り機で糸を引き出すことができます。

索緒から整緒に至るまでのポイントは「とにかく完全に1本の糸になるまで繭からきびそを徹底して取ること」だそうです。

「これが中途半端だと、座繰りの最中に、ひとつの繭から何本も糸が出てしまい、太さも変わってしまうし、糸が切れてしまうこともあります。座繰りを滞りなく進めるためには、少し多めに「きびそ」を取って、一緒に煮繭した全部の繭の状態を同じように整える必要があります。」(中島さん)

着物記者歴30年と、おこがましくもタイトルで謳っている私でありますが、このプロジェクトで初めて「索緒」「抄緒」「整緒」という言葉に出会いました。「さくちょ」「しょうちょ」「せいちょ」、次回は「接緒」「断緒」「せっちょ」「だんちょ」という言葉が出てきます。

「緒」って「草履の鼻緒」の「お」、「いつも一緒」の「しょ」と読むけど、「ちょ」とも読むのですね。確かに「情緒」は「ちょ」です。大漢和辞典(大修館書店)や日本国語大辞典(小学館)で調べてみると「ちょ」は漢音でも呉音でもなく、日本の「慣用読み」だって。

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「しょ」から発音が変化したのでしょうが、昔から糸づくりの現場で慣用されたことがしのばれます。辞典を眺めていると、紙の原料になる楮(こうぞ)も、上布の原料になる苧(からむし)も、これら繊維に関わる言葉が「ちょ」の項に並んでいるのに気づきます。そう思うと「情緒」って「心の糸口」ってことか・・・・・・と、つらつらと思い巡らし、美しい言葉だなあと、再認識したのでありました。

座繰り機反対側

毎週月、水、金曜にアップしている本連載。次回は5月21日(金)です。座繰り機を使ってゆっくり糸を引き出していきます。どうぞお楽しみに!

*本プロジェクトで制作する作品の問い合わせは、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。



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