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【6】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? お蚕さん篇④


「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第6回 お蚕さん篇④ 稚蚕飼育「1令2~4日目」

お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。


前回「お蚕さん篇」③では、育蚕の初日「掃き立て」について主にお話しました。今回は、けなげなほどに可愛い1令期の生育をレポートします。

■桑は朝露とともに

お蚕さんに食べさせる桑。「桑を取るのは主に朝。日が昇ってすぐ、朝露が残っているほうが桑の持ちが良い」とのこと。お裁縫の「指ぬき」のように、刃が付いているものを指にはめ、刈り取っていきます。

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2020年の7月は雨が多く、8月は猛暑続きのため葉が堅くなり、「桑はあまり良くなかった」と花井さんは語ります。しかし朝日を浴びた桑の葉は、まさしくフレッシュフードの輝きに満ちています。

壮蚕期(4~5令)になるとお蚕さん達の食べる量が増えるので、朝と日暮れ前の2回、5令期はそれでも足りないので日中にも採取するそうです。しかし日中に取った桑はしおれやすいとか。また、雨で濡れた「濡れ桑」は避け、乾かしてから給桑(きゅうそう)します。

染織担当の吉田美保子さんが「今回染織する絹糸は、絹糸を吐いたお蚕さんが食べた桑の葉っぱまで分かります。どんな場所で、誰の世話になって育った桑の葉っぱなのか。ここまでルーツをたどれるとは、心が震えるような感動を覚えました」と語りましたが、まさしくこの桑でお蚕さんが育ちます。

今回も、花井さんの日誌抄録を掲載していますが、あくまで「抄録」で、仕事はもっとされているのですね。

■1令2日目 9月2日 少しずつグレーに、大きく

【1令2日目】9月2日(水)晴れ(夜雨)温度27度 湿度80%(台風9号)
7:00 整座 → 給桑
14:00 拡座 → 給桑
16:00 給桑
21:30 給桑

「整座」(せいざ)は、お蚕さんの偏りや、給桑のムラを整えること。

「拡座」(かくざ)は、頭数あたりの尺坪(密度)がだいたい決まっているので、成長に合わせて座を広げていくことをいいます。

整座と拡座は、日誌に記されていなくても、毎日行ってお蚕さんの環境を整えています。

下の写真は9月2日14時、2度目の給桑前のようす。「毛蚕」(けご)「蟻蚕」(ぎさん)とよばれる黒くて小さい状態から、白っぽくグレーがかり少しふっくらとしてきています。お蚕さんは給桑ごとに大きくなるというけれど、本当ですね。

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下の写真は、2度目の給桑をしたところ。「拡座」して少し座が大きくなりました。給桑量は、成長に合わせて1箱(20000頭)あたり桑何キロという目安がありますが、気候や温度により、経験上の予測で量を決めています。温度は27度をキープ。気温が高いと食いつきがいいそうです。

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花井さんは何もおっしゃいませんが、下の写真を見ると、彼女のお蚕さんに対する気持ちが伝わってきます。お蚕さんたち、愛されているなあって。

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下の写真は、1令2日目、9月2日の22時頃。この日4度目の給桑を経て、モリモリ桑を食べているお蚕さんたち。

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■1令3日目 9月3日 「眠」に入る前兆

【1令3日目】9月3日(木)曇(夜雨)温度27度 湿度80%
7:00 整座 → 給桑
14:00 給桑
19:00 拡座 → 石灰 → 給桑
22:00 加湿すべて外す

1令3日目となり、ぷっくりと丸みを帯びてきました。午後になって体に艶が出てきました。これは「眠」(みん)に入る前の特徴。「眠」とは、養蚕用語で脱皮を行う前に静止している状態をいいます。眠っているように見えるため、この名があります。脱皮の準備に入ると、食べるのを止め、腹部を糸で固定して動かなくなります。

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下の写真は、石灰を振り注いだところ。蚕座が食べ残しにより堆積していたので、拡座して下に埋もれている蚕(遺失蚕)を上げるために行いました。

石灰はアルカリ性で、乾燥を促す働きをします。各令において、座が蒸れているときや、酸性の菌やウイルスを繁殖させないために、石灰を利用しています。

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■1令4日目 9月4日 「眠」を経て「脱皮」へ

【1令4日目】9月4日(金)曇 温度27度 湿度80%
7:00 責め桑(眠2割)
12:00 8割停止
14:00 拡座 → 石灰(9割眠)

朝7時に行った「責め桑」とは、「眠」に入る頃(催眠期)に、食べ足りないお蚕さんのために桑を与えること。

この時、「眠」に入っているのは2割ほど。ひと桑(ひと口)が足りないと、なかなか「眠」に入らないそうです。「眠に入らないなあ」と思っていても、パラッとひと桑足すと、ひと口かじっただけで、または匂いを嗅いだだけでスーッと眠に入ることもあるとか。なんだか可愛いい。むずがっている人間の赤ちゃんが、おっぱい含んだり、おでこなでられたりしただけで寝入ってしまうのと似てる!

お蚕さんは、だんだんと食べる勢いがなくなり、動きが鈍くなり、体が少しぷっくりとして艶が出てきたら、「眠」に入ります。正午の時点で、8割ほどのお蚕さんの動きが停止しました。

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写真は、「眠」に入ったお蚕さん。眠期が揃わないと、その後の飼育が大変になるので「責め桑」は大事。しかし養蚕農家になりたての頃は、なかなか責め桑のタイミングを計るのが難しかったそうです。

タイミングを見誤ると「責め桑」がしおれる前に早い起蚕(きさん・眠から起きて脱皮したお蚕さん)が残桑を食べてしまい、さらに不揃いの原因となるといいます。

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眠期に石灰を振り入れるのは、座を乾燥させるためと、菌やウィルスを繁殖させないため。そして先に起きたお蚕さんが桑を食べないようにするため。

お蚕さんはある程度乾燥した桑葉を食べません。通常、新鮮な葉と乾燥した葉があれば、新鮮な方を食べます。もちろんおろよい桑(あまり良くない桑。「おろよい」は熊本など九州の方言)しかなければそれを食べます。

起蚕した蚕(脱皮した蚕)を待たせると、乾燥した桑葉をカリカリとかじることもありますが、その程度の量では、よほどの影響(成長の差)は心配しなくよいそうです。そのため、できるだけ乾燥させるのが、お蚕さん達の成長を揃えるためにも必要となるのです。ここで焦って起蚕後、桑付けを早まると不揃いの原因となるので、焦らずに起き揃いを待つことが重要なのだそうです。

「なんか、石灰って、すごくない?」 それが今回最後の私の感想です。「待つ」という姿勢でいる飼育者も。


毎週月曜と木曜にアップしている本連載。次回は4月22日(木)です。スクスクと成長する2令のお蚕さん達を一緒に見守りましょう!


*本プロジェクトで制作する作品の問い合わせは、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。



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