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【26】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 染め織り篇⑤

「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第26回 染め織り篇⑤ブラッシングカラーズ&ずらし

お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。


前回「染め織り篇」④では、吉田美保子さんが経糸(たていと)Aを整経(せいけい)する工程をレポートしました。今回は、縞を構成するもう一方の経糸Bに施すブラッシングカラーズと「ずらし」の作業、経糸ABを合わせる縞割(しまわり)をご紹介します。

■ブラッシングカラーズを行う経糸B

第24回の冒頭写真と同じスタートで恐縮ですが、下は本プロジェクトで制作するデザイン画の一部です。これまで経糸Aの染めや糊づけ、整経を追ってきましたが、今回の前半は経糸Bに注目します。

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A(計16本)の際(きわ)、コバルト(濃い青)に挟まれたBは、経糸12本で構成されます。ブルーやグレーで色づけられている部分を、ブラッシングカラーズの手法で染めていきます。

ブラッシングカラーズについては、第23回の中盤あたりで吉田さんの帯作品とともにお話ししましたとおり、吉田さん命名の経糸を染める技術です。

2021年1月下旬、吉田さんは経糸Bのために酸性染料を調合し、ウルトラマリン、コバルト、ダークグレー、スカイグレー、空色の5色を作りました。

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経糸Bも、前回までご紹介した経糸Aと同じ手順で進めていました。地色はほんの少しベージュとグレー味を帯びた白に染め、糊づけし、整経し、さらに先に進めて機(はた)に巻き取る機仕掛けをしておきました。それを引き出して約6メートル離れたところに設置した小型ドラム整経機のドラム部分を使用して張り、地入れを施してブラッシングカラーズに取りかかります。

下の写真は、裾部分を染めたところ。一般的に、経糸の染め分けには、綛糸(かせいと)を括って浸し染めしたり、摺り込んだりする方法や、大島紬や銘仙のように織機で仮織りしたものを染める方法など、産地や作家さんによって様々な手法が取られますが、このようにピンと張った経糸をキャンバスのようにして彩色してゆくのが、ブラッシングカラーズ特有の染め方です。
まさに「アート畑育ち」の吉田さんだからこそ、染織の常識から飛躍した発想でチャレンジできた技法といえます。

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「キャンバスに描けるように染められる」とはいっても、縫い目に渡って模様がつながる絵羽の着物を制作しますから、やはりデザインは綿密に行われています。下の写真は、第23回「デザインを練る」の終盤でご紹介した「ブラッシングカラーズの指示書」として作成したガイドテープ。

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アップで見ましょう。肩山から下に向かってコバルトを「強」から「中」を経て「弱め」など詳細に記されています。経糸に指示書を照合させながら彩色してゆきます。ここまで情報公開してくれて、ありがと吉田さん。

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経糸は6メートル張れるので、18メートル取った経糸を3回に分けて染めてゆきます。染料を染まりやすくさせる地入れ(豆汁[ごじる]や、ふのりを混ぜた物と同じ働きをする溶液を糸に浸透させること)をして一晩乾かします。翌日6メートル巻き取って次の場所を地入れ、と繰り返し、今度は巻き戻しながらブラッシングカラーズ。染めては乾かして巻き戻す作業を3回繰り返しながら染め上げていきます。

吉田さんのHPからブラッシングカラーズの作業写真をお借りしました。糸の上から、下からと、糸の周囲に渡って染めてゆきますが、模様によって色の付け方も変わるそうです。タッチを変えているということですね。

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下の写真は、ブラッシングカラーズで使用する筆や刷毛。上4本は油絵用の筆。筆のタッチで彩色をしたいときに使います。一番下は摺り込み刷毛で、色を安定して染めたいときに使います。

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刷毛には、ロウ引きしたワイヤー状の糸をぐるぐる巻いて補強しています。大事な道具を長く使えるよう工夫しているのですね。道具は人を語ります。

水の流れを上から見たら、光の加減で底が見えたり、キラキラと乱反射したり、複雑な動きをなして見飽きることがありません。そんな清水をイメージした、ブルーぼかしのバリエーションです。

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経糸Bは「ぐんま200(国産繭)の座繰り糸」364本と、ふっくらとした「真綿紬」184本の組み合わせ。「国産の座繰り糸」という点では今回のプロジェクト糸と同じですが、こちらはよりワイルドに仕上がっている糸だそうです。プロジェクト糸は、お蚕さんが安定して吐糸(とし)できるよう花井さんが温湿度の管理をしたり、中島さんが繭の粒数を安定して揃えて座繰りしたり、節は見つけたら取り除く糸づくりをしたり、様々な知恵と技法を駆使して得た、つるりと輝くような糸が特徴ですが、こちらの座繰り糸は太細の差がある「ワイルドさ」が持ち味とのこと。

糸それぞれに風趣があり、吉田さんは湧き水の流れを表現するBの縞に、ワイルドな糸で色調にわずかな陰影をもたらすことを狙った糸選びをしたということです。奥が深いですな。

■「絣をずらす」ことで表現するものとは?

ここで衝撃の事実が! 私だけ驚いているのかもしれませんが、せっかく整経して仮筬通し(かりおさどおし:次回お話しします)して機(はた)に取り付けたのに、吉田さんはブラッシングカラーズを終えると経糸Bを外し、「くさり編み」にしてしまいました。「なんてもったいない」

経糸Aがまだ組み合わされていないから仕方ないかと、しぶしぶ納得。でも始めからやり直しなの?と素人丸出しの質問に吉田さんは答えてくれます。

「経糸全体をブラッシングカラーズするのであれば、そのまま機仕掛けをし直すと織り始められます。しかし、今回は、水の動きを出すために絣をずらし、かつ経糸Aを縞割(しまわり)してドッキングさせるので、いったん経糸Bを織機から外しました。でも紐を通して綾をキープしているから、糸の順番が狂うことはありません。」(吉田さん)

「綾は織りの命」(第25回)の言葉が思い出されます。

それにしても「絣をずらす」とは、どういうことでしょうか。上の写真に見られる「たゆたうような水の流れ」はとても美しいけれど、「水の動きを出すために」さらに手を掛けるのですね。

吉田さんの創作ノート(第23回)を振り返ると「水の湧き出るリズム」とあります。その「輝くばかりの躍動感」を、経糸Bの縞ごとに「絣をずらす」ことで表現する――これが今回のプロジェクト作品で吉田さんが「優しい色で攻める」と決意した「攻める」ポイントだったのです。

■経糸Bの「ずらし」と縞割のため影山工房へ

2021年2月4日、吉田さんは朝4時半に起床しました。「経糸Bの絣をずらし、経糸ABを合わせる縞割」の作業をするため、経糸を包んだ風呂敷を大事に抱え、静岡県富士宮市にある影山工房を訪れました。

影山工房の影山秀雄さんは、吉田さんが「リスペクトしてやまないこの道の先達」。影山さんの講習会に参加して以来、多くを学ばせてもらっている方で、本連載第24回で経糸の染めに使用していた「カギ手」や竹製の染色棒を作ったのもこの方でした。

「今回挑戦した「ずらし」は、影山さんのお父様である影山利雄さんが考案された、影山工房独自の技法です。それを影山さんご本人から教えていただけるなんて、夢みたいにありがたいことと震える思いでした」(吉田さん)

新境地を求めての富士宮日帰り出張。そのため写真がないのですが、吉田さんは、ブラッシングカラーズの経糸を12本ずつ輪にしてポールにピンと張り、自由に「ずらし」て、水が湧き出るような躍動感を表現しました。

次に、ずらした柄を動かないように紐でしばり、縞割台(しまわりだい)を使って経糸AとBを縞割し、ドッキングさせました。

縞割とは、計画された縞を形成するように、2つ以上(今回はABの2種)の経糸の束から必要本数ずつ、綾を壊さないように抜き取り、別の綾棒に入れ直して順番に配置することをいいます。今回はA16本、B12本を交互に入れ込むのを92回繰り返しました。

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文字が続いたので、ブラッシングカラーズの帯作品を挿入しました。タイトルは「ブルースプラッシュ」。緯糸に「きびそ糸」を使っています。

■横のつながりに感謝して

かつてものづくりの現場は、徒弟制度のように師事しなければ、なかなか教えてもらえないものでした。しかし、吉田さんによれば「横のつながり」が面白くなってきているとか。

絣ずらしや縞割を教えてくれた影山さんもそのひとりで、真剣に染織に向き合うプロには惜しみなく自身の知恵や技術を伝えてくださいます。

今回ご紹介したブラッシングカラーズの技術は、吉田さんが自ら改良を重ねて培ってきましたが、まだまだ道半ばだそうです。それでもここ2、3年で飛躍的な技術革新ができたのは、引き染めとぼかし染め職人の小林知久佐(こばやしともひさ)さんの助言が大きかったとのこと。下写真の方です。

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そのきっかけは、小林さんの高い技術を学びたいと、友禅染の作家さんが教えを請うた研修会に、専門が違う吉田さんが混ぜてもらったことでした。ここで技術的な刺激を受け、有益な助言を得ることができたのです。

「人との出会いによって変わってきている」と語る吉田さん。それは技術だけでなく作家活動にも及んできているとか。

「この研修会で出会った仲間たち、すなわち作り手同士という横のつながりが新しい取り組みに結びつき、タッグを組んで合同の展覧会を開くまで発展しました。それが、今回のプロジェクト作品を発表する場のひとつ「白からはじめる染しごと」展*1です。(吉田さん)

そんな「横のつながり」はこれまでになかったことで、創作活動に大きな示唆を与えてくれる「仲間たち」に感謝しているという吉田さんです。


*1 「白からはじめる染しごと展」は6月26日からの開催を予定していましたが、新型コロナウィルス感染予防の観点から11月に延期になりました。
その代わり、開催予定であった6月26日(土)21時から、本プロジェクトの着物に、コーディネート提案を行うインスタのライブ配信を行います。以下をご参照ください。

https://www.instagram.com/shirokara_kai/


毎週月、水、金曜にアップしている本連載。次回は6月11日(金)です。縞割して準備ができた経糸を機に掛けてゆく「機仕掛け」(はたじかけ)をレポートします。どうぞお楽しみに。


*本プロジェクトで制作している作品を、お一方にお頒けいたします。ご希望の方、あるいは検討をされている方は、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。


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