見出し画像

池袋12:30 (真夏)



その煙草の味を変えて見せます。



はあ。


いちごの香りがするかもしれません


へえ。


僕ら三人は困惑している。



僕はそういう変人によく絡まれる。

宗教団体の勧誘ももちろん多数経験済みだ。




彼および、その後に二人いる女性は相手に警戒感を抱かせない為の

あの「ちょうどいい」表情をしている。

その顔は僕もよくやるからわかる。


掴みは最高だ。俄然興味か好奇心が湧いてしまった。



そして、催眠だとか暗示だとかには大変引っかかりやすいと思われる単純な思考構造をしている僕がいま

「そんな事できるわけない」と考えているこの思考こそが既に罠の第一歩だと考えるのが普通だろう。


当時僕が好んでいたLUCKY STRIKEはソフトケースとボックスで味が違い、また少し前に有った戦前と戦中の味を再現した二種類の限定復刻版を大量に買占めて少しづつ大切に吸っていたくらいのこだわりだったので、変わったか変わらないかなんて直ぐにわかる。


こんなTRICKの世界から飛び出してきたような超能力者如きにそれができたら彼らはBAT社に就職したほうが良いだろう。



ここは池袋西口公園。午後一時前。


14時からの練習の為に早めの昼食で満腹になってしまい、本来の目的を忘れ、すでに面倒くさくなっている僕らは蒸し暑い緑と青と白が支配する刺す日差しとコンクリートからの照り返しのなかでまどろんでいた。


西口に来るときは大抵、オリエンタルライスか家系か有名な劇辛ラーメンのどれかだ。

かなり遠くなってしまうが住宅街の奥深くにも、特別なつけ麺を出す店がある。


大抵のつけ麺屋は大盛りが無料なので、若くエネルギィの有り余っている僕らはその誘惑に抗うことが出来ない。

食べきれるかどうかとは別問題だが。


というわけで大盛りにライスまでつけてしまい布袋様のようになっている僕らは重たい機材を持ったまま力尽き、ここで休憩と称して呼吸器官にダメージを与えている時に彼らとエンカウントした。



さて、相手は3人。


男1、女2。


どこの団体だろう。SやRは友人がそれなので手口や教義については知っている。

そういう大きさの団体ではなさそうだ。


みなちょうどいい感じににこにこしている。

この胡散臭さはたまらない。


僕は楽しんでいるが、友人Bは不審がっているようだ。



「今の味を覚えていてください」



はあ。


そうして、彼は目の前で手を組み祈るような形になった。

その行動の胡散臭さは少し弱く、もう少しケレン味が欲しいと重ったのは事実だが、この現実世界は堤幸彦が監督しているわけではなかったので仕方ないと思った。


「もう一回吸ってみてください」



本音を言えば、変わっていて欲しいと願った。

無料でこういう体験ができるの貴重だし、退屈な日常、常識通りのことしか起こらない毎日を破壊してくれる何かが起きてくれればといつも思っているからだ。


日々好奇心をもって自分からなにか新しいものを探求して生きているような

冒険家や研究者のような厚い情熱を持っていれば、これからの人生も楽しく生きていけるのかもしれない。

いまやっている探求といえば、せいぜい蕎麦屋を巡るか、新しいエフェクターを試したりするくらいだ。


そんな事を考えながら深く吸い込んだラッキーストライクはいつもどおりの誇り高い香りと、いつもどおりの力強さで僕の喉を焼いた。



「いつもどおり、ですね。なんか、すいません」



なぜ謝ってしまったのか、彼の不幸な立ち位置に同情してしまったのかもしれない。

共感性の高い僕は、この状態で逆の立場だったら、そういってもらえたら最大限気持ちが和らぐであろうやさしさで事実を伝えてしまった。



その後、友人Bに対しても同様の祈りをささげ、そして同様に味は変わらなかったという。


最後に三人目の友人Cにも彼は声をかけたのだが



「俺は煙草は吸わないんで、すいません」



西口公園の夏の午後は蒸す。

定期的に吹き出す噴水の音、バスのディーゼル音、時折混ざる高級なスポーツカーの激しいエンジン音、バイク。

人々の喧騒。風に乗って聴こえてくるビックカメラの店内音楽。


そろそろ歩き出そう。


サンシャイン60の下まではのんびり歩いて15分というところだ。






果たして彼らが何者だったのかは今もって謎である。

その後の彼らは何かを勧誘してくるわけでも強引にひきとめようともせず、ただ「そうですか」と一瞬悲しそうな顔をしたあと直ぐにまたあの胡散臭い笑顔を見せ、てくてくと次のグループのところに向かっていった。


また別の誰かの煙草の味を変えに行くのだろう。


何かの修行なのかも知れないし、意味の或る行動なのかもしれない。

彼ら以上の異常者達を見慣れすぎてしまった僕らにはかなりまともな人たちに見えたし、なにより、毎週末に薄暗い地下室で爆音と大声を撒き散らすことで小銭を稼いでいた僕らと、どちらが正常か異常かなど論ずること自体が無駄だ。


そもそも貴方は自分が正常だと胸を張っていえますか?

残念ながら僕らはその判断がつかないくらいにはまだ正常だった。

池袋12:45。
真夏の風は不快だ。




おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?